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S級冒険者で金髪美少女な幼なじみと一緒にいるD級冒険者の僕は「女頼りのクソヒモ野郎」と呼ばれています  作者: ふぉーせぶん
無時間性の箱庭世界、あるいはイミテーション・エデン/《2020年3月21日14時21分の東京駅》
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旅のはじまり/キフィナスの過去 4



 辺境の長い旅路。

 その始まりは、ありきたりなものだった。


 灰色の大平原の向こう側にある辺境とは、ダンジョンの外にも魔獣が存在する地域だ。

 村が魔獣に襲撃されて全滅することなど、大して珍しいことではない。

 詩人の歌にもならない、ありきたりなものだった。


 紅蓮の炎が家屋を灰へと変えた日。

 たった二人で故郷から逃げ出した二人の幼い子どもが、村から出てすぐ近くにある次元の歪み──ダンジョンの入り口へと飛び込んだ。

 辺境に暮らす者たちは皆、知っている。

 地上を歩み空を舞う、肝寒からしめる魔獣たちも、この歪みの中には入ってこない。

 もちろん、そこが安全だという保証はない。一時的な避難先として、少なくとも燃える家屋に隠れるよりはマシな場所というだけだ。


 ひとしきり震えて泣きわめいて、もたれあって、頬をこすりあって、抱きしめあって。

 驚異が去るのを待ったのち、裸足の二人は辺境を旅することを決めた。

 始まりはどこまでもありきたりで──しかし、彼らの人生に深い爪痕を残したのだった。



 巡礼の如き旅が始まる。旅慣れない裸足の足の裏に、いくつもの砂利が突き刺さって腫れを作る。

 生まれつき強いメリスと、生まれつき弱いキフィナス。

 かたや常人離れした力を恐れられ、かたや食い扶持の無駄だと蔑まれる。二人を同時に受け入れてくれる場所は、容易には見つからない。

 子ども二人の歩幅は小さく、目印のない旅路には方角もなければ、目的地もない。東に行ったかと思えば西へ。南に行っては北へ戻り、見たことのある景色は迂回する。

 それはまさしく、放浪であった。


 そうして三ヶ月ほど時が過ぎ、二人は気づけば故郷であった廃村に戻ってきていた。

 やわらかな幼児の足は砂利と疲労に削られて、少し血が滲んでいた。



「戻って……きちゃったね。メリー」


「そだね」


 檻のように囲われた木杭はその半ばがへし折れ、竪穴式の家屋群はその痕跡は残れど無事なものはひとつもない。水車小屋、厩舎、食料庫──廃村にあったものは、火竜の吐息によって大部分が灰となり、大鬼の蹂躙によって灰以外が崩された。

 気候が安定しているこの村には保存食という概念がない。家屋に残った食料も皆、暖かな春の陽射しの中で腐り落ちていた。


「……ぼくらが。いっしょにいられるところなんて、ほんとにあるのかな……」


 灰だらけの故郷で、キフィナスが弱音を吐く。


「ある。あるの」


「ぼくなんかが──」


 幼いキフィナスより10cmほど背が高いメリスは、キフィナスをぎゅっと抱きしめ、灰の髪を撫でる。

 抱きしめる力には遠慮がなく、撫でる手つきは乱暴だった。細くしなやかな髪を、ぐちゃぐちゃにするように彼女は撫でる。


「あ、あう。いたい。いたいよメリー、やめ、やめて……」


「きふぃは。きにしなくていいの」


 ぎゅっと抱きついて離さないまま、メリスはキフィナスと一緒に、あの日避難したダンジョンの前まで来た。

 旅路の進路を決めるのは順番制で、今回はメリスの番だったのだ。


「ついた」


「ここは……。えっと、せいいき……だよね?」


「ん。ここが、もくてきち」


 長老にのみ立ち入りを許された"聖域"だったが、彼を初めとする村民たちは、キフィナスとメリスを除いて皆、既に骨か炭に変えられてしまっている。

 廃村になった掟を正直に守る道理はメリスにはなかった。


「いいのかな……、ダメじゃないかな、村長さんは、あぶないから入っちゃダメだっていってたけど……」


「もうはいった」


「それは……、えっと、そうだけど──わっ!」


 メリスはやや強引にキフィナスを次元の歪みへと放り込み、自分もそこに続いた。






「ううん……」


 次元の歪みを抜けた先、眩暈がする頭を抱えてキフィナスが辺りを見回すと、そのまま目を回した。

 三ヶ月前──避難するために入ったときには、恐怖で震えていて、周囲を見る余裕はなかった。


「なに、これ……?」



 まるで見たことのない景色が、そこにはあった。



 ビルの乱立する市街地の中心。目の前に立つ、赤レンガ製の建物。キフィナスは、木と藁で組み立てる住居しか知らない。だからキフィナスは、ビル群を奇妙な形の岩──自然の産物だと思った。

 道路にはまばらに乗用車が停車している。あれがおうちなのかな、だとすると小さめだなとキフィナスは考えた。

 そして、だとすると……、ここは人が沢山いるはずだ。

 何故だか、無根拠にキフィナスはそう思った。


 次いで、土よりもずっと硬く、それでいて滑らかな地面に気づいた。裸足のキフィナスとメリスには、その感触がじかに伝わる。

 風は吹かず、草のにおいもしない。その代わり、どこか粉っぽい空気だ、とキフィナスは感じた。


 人とは自らの物差しによって、世界を測定する動物である。辺境で生きた、教養のないキフィナスもまた例外ではない。

 その見立ての多くは見当外れのものだ。


 しかしながら、そんな無知なキフィナスにも、この世界が自らが過ごした村──どころか、今まで訪ねたどの場所とも違う、なにかとくべつな世界であることがわかった。



「とうきょう」


 そして、ここには生命の気配がない。


「じゅうよじ。じゅうにふん」


 この世界の電光時計はいずれも14:12と時を示し、それが動くことはない。

 生活の痕跡は鮮明に残しながら、主である人間だけを消し去った──連続する時間のうち、たった一瞬だけをカメラで切り取ったような世界がそこにはあった。




「──あっ! め、メリー! ぼくのうしろにかくれてっ!」


 キフィナスはハッと思い立ち、メリスの一歩前に立つ。

 かつて長老は『ここは危険な場所なので大人でも入ってはならない』と説いていた。それを思い出したのだ。


「だいじょぶ」


 後ろに控えたメリスが、キフィナスを撫でながら答える。メリスは、最初からここが安全だと理解していた。

 村長は、このダンジョンの文化を以て村全体を教化しつつ、自らの一族の特権性を確保しようとしていたのだ。生まれつき多くの《スキル》を持ったメリスには、相手の感情を読みとることも容易かった。


「こっち」


 すんすんと鼻を鳴らして先導するメリスに、キフィナスはおっかなびっくりついていく。

 それでも先頭に立とうとするキフィナスは、メリスが予期せぬ方向に曲がるたび、小走りになって彼女を追い抜いた。

 メリスは、そんな一生懸命なキフィナスを眺めながら、目的地へと向かう。


 止まったエスカレーターを降り、地下に潜り……うろうろと右に左に階下に上にと迷ったのち、一行は緑色の看板を掲げた小屋を見つける。


 ──コンビニエンスストアだ。

 嗅いだことのある食べものの匂いを辿り、メリスはここまでたどり着いた。

 駅構内のコンビニには、自動ドアは付いていない。



「ここで。ごはんたべる」


「ごはん……?」


「ん」


 メリスは陳列棚にあった菓子パンの包装を破いた。勢い余り内容物が地面に落ちる。

 メリスは無言で、もうひとつ余計にビニールを破いた。


「あげる」


「あ。村長さんがくれるやつだ」


 年に一度の村祭や、葬儀、婚姻の際などに、村長が持ってきていた謎の食品類。この辺りの獣の肉とは味が違う。木の実でもない。

 その出所はここだという確信の元、メリスはこのダンジョンに戻ってきたのだった。


「おちた方、ぼくがたべるよ?」


「あげる」


「いやぼくが……」


「あげる」


「……あ、うん。ありがと、メリー」


 キフィナスはばつが悪そうに食べ物を受け取るが、口に含んでからはその表情は続かず、『おいしい……』と甘酸っぱい苺味のジャムに頬を緩ませた。


「メリー! おいしいよ! すごくおいしい! きみもたべよ?」


 その表情を眺めながら、メリスは床に落ちた食品を放置し、次々に商品の包装を開けだした。


「えっ?」


 メリスの腕力を受けて、パッケージが弾け、飲み物やインスタント食品、文房具など、内容物が床や棚へと散乱する。

 よく清掃された白い床に、牛乳とオレンジジュースとコーヒーと、多様な飲料水が混ぜ合わさった泥水が垂れ、店舗を際限なく汚していく。


「な、なにしてるの……?」


「きふぃは。たべる」


「あ、うん……」


 メリスは胸元にしまっていた植物の種をひとつぶ齧ると、落としたものには目もくれず、メリスは作業を続ける。


「もったいないよ。怒られちゃうよ」


「たべる」


「落ちたのがやなら、ぼくのを分けるから……」


「いい。きふぃは、たべるの」


 そうして、キフィナスが最後の一切れまで食べるのを見届けた後、メリスはキフィナスの手を取って、そのままコンビニから退店した。

 その不可解な動きにキフィナスは混乱する。


「ど、どうして出たの!? おそうじとか、しなきゃいけないんじゃないかな」


「いい」


「よくないよ……。たくさんあったけど、だからってこわしたりしちゃいけないんだよ?」


「はいる」


「えっ、えっ?」


 そうして、混乱するキフィナスをぎゅっと抱きしめながら、メリスは再度コンビニへとキフィナスを引っ張り込んだ。

 メリスは、いつも自身の行動について説明をしない。それは彼女が、周囲の人間の──すなわちキフィナスの理解力を信じているためだ。


 キフィナスもまた、メリスが自分よりも広くものを見ていることを理解しているので、こうして奇行にしか思えないことにも疑問を抱きつつも従っている。

 果たして、その結果は。



「あれ? なんで……?」



 そこには、破かれたパッケージも、落ちた菓子パンも、こぼれたミルクの嘆きが産んだ泥水もなかった。

 陳列棚に置かれた商品の数は、最初の来店時から一切変わっていない。規則正しく棚に並んでいる。

 突然のメリスの暴力が、すべてなかったことになっている。


「ん。わかった」


 メリスはそう呟いてから、小さな拳をぶんと振るってカウンターの内側の電子レンジを破壊した。

 鉄製の箱は大きくへこみ、取っ手口の蓋は床と突き刺さり、二度と物を入れることが叶わない形状へと変化した。


「え!? あの、ちょっと、メリーっ!? そんな、物をこわしたりしちゃ──」


「め。とじて」


「ダメだよ! なにかを作るのってすごくたいへんな──」


「とじるの」


 キフィナスはしぶしぶ、その言葉に従う。

 すると──。



「な、なんで……?」



 そこには、傷ひとつない電子レンジの姿があった。


「ここは。ものがなくならないばしょ」


 向こうの壁には、14時12分を指す丸時計があった。


「ここは。ときをとめたばしょ」


 まったく変わりのない、14時12分の世界があった。



「ここは。きふぃとめりが。くらせるばしょ」



 静止した時の中で。

 ぺったりとくっついたキフィナスとメリスは、たった二人で、そのまま4年の時を過ごす。


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