盲目の魔人
ダンジョンに入って最初に見えたのは、金色の世界だった。
僕はまず、下品だなって思った。それから、こんなところで暮らしたら三日で目をやられそうだなって思った。
ついで思ったことは、
「なんだか、気分が落ち着かないな……。このダンジョン、まるで王都と鏡写しだ」
「ん」
メリーは聞いているのかいないのか、いつものように、こくりと頷いた。
彼女の足下は大きくへこみ歪んでいる。純金は、僕の爪でも簡単に傷がつけられるほどに柔らかい物質だ。メリーの爪なら触れただけで引き裂ける。そんな鋭い爪を覆う靴下と靴を履いて、てちてちと歩いていても地形を大きくへこませる。すごく歩きづらそうにしている。隣の僕もいちいち地面が揺れて歩きづらい。
「よいしょっと……」
僕はメリーの細くて滑らかな腋の下にぐっと手を入れて、後ろからだっこした。
ずっしり重い。
メリーはちびだけど、重心を移動したりしないからダイレクトに体重が来る。だから重い。まあ身体に力が入ると弱っちい僕は吹き飛ぶんだけど。
脱力したメリーはだっこした僕の胸の中でぶらーんって垂れ下がっている。なんか野良猫捕まえてるみたいだなって思った。
それはそうと。僕がいた頃に、こんなダンジョンがあったとは聞いてない。
つまり最近生まれたダンジョンなんだろう。こんな街中にあって、誰にも気づかれないということはないはずだし。
右を見ても左を見ても金目のもの……というか金しかない。仮に冒険者の進入を許したことがあるなら、この辺りの建物は既にぼろぼろに削り取られているはずだ。
状況に違和感がある。つまり厄介な案件だ。僕は気を引き締める。
「まじんのせい」
「……えっ?」
「いつもは。おしろの。おくにある」
ああそうだよね、これ純金だし、やっぱこんなの国で囲い込んで管理するタイプの──いやいや。いやいやいや。そういうのほんと先に言ってよメリー。もうちょっと先に言えなかった? 言えなかったか。じゃあしょうがない。
でも魔人って……あの魔人だよね? ダンジョンでばったり出くわすやつ。あるいは、昔、王都にいた頃に時々見た、妙な思想で肉体改造してたカルト教団の連中。それがステラ様の近くにいるってことだよね?どっち?
いやどっちでもいいや。区別の必要を感じない。だってどっちも危険だし。
気を引き締めるとか引き締めないとかの話じゃないんだよな。魔人って僕みたいな低ラン冒険者は絶対知らない存在だしともすれば職員の人でも知らない。箝口令しかれてるからね。
「ごめんメリー。ちょっと降ろす」
ぱっと手を離したメリーが金の中にずぶずぶ沈んでいくのを見届けずに、僕はそのまま走った。足を地面に降ろす度、カッ!カッ!とカン高い音が立つ。
……もう、罠がどうとか足音がどうとか言ってられない。状況は切迫している。
僕がシア様に要求した報酬は、迷宮都市デロルのやんごとなきお二人の笑顔だ。なにせ伯爵様だからね。それは今カツンカツン踏んでるピカピカした地面よりも価値がある。
急ぐよ。そりゃ急ぐだろ。僕は怠け者でひねくれ者で臆病者だけど、だからこそタダ働きをする気はないんだ。
舗装された石畳を模した金の床を蹴って、ステラ様を探す。
純金は柔らかく、つま先を地面に降ろす度に足跡がつくくらい──そうだ、足跡だ!
周囲を見回した僕は、ひとり分の小さな足跡を見つけた!
それを辿り──裏路地から、声が聞こえた。
「人道主義は大変結構ですが、資源にゃ限りがあるンで──」
すん、と。
僕の身体の熱が、冷たくなる音が聞こえて。
気づいたら、罠を見つけたり色々便利な長い棒を、喋ってるクソ野郎に投げつけていた。
「ど、どうしてここにいるのっ!?」
こんにちはステラ様。
いやー。どうしてと言われると。心配した妹さんから、あなたをお迎えするようにって言われたんですよ。
ここはダンジョンです。あなたのような立場の人が、潜るべきではありませんね。
「あなたは今朝、国の外に出たって……」
……今朝? あー……なるほど。
まあいいや。ほら、不審者は放っておいて帰りますよ。
「イヤ乱暴なご挨拶で。お兄さん?」
「いやー申し訳ない。冒険者は頭が悪いから挨拶の作法とかわからないんですよ。ただひとつ言えるのは『下手くそな吟遊詩人には石を投げても許される』ってことかな」
「ソイツぁおっそろしい。あたくしたち詩人にとっちゃ、いっちゃん恐ろしい決まり事でござんすね」
僕は手元の《魔法の巾着袋》から爆発礫──あ、いま持ってきてないんだった。
……あー、ええと。今僕が持っているのは……ポケットにあるのはーー、くしゃくしゃになった地図だけだな。
右のポケットも左のポケットも、石ころのストックは入ってない。……火かき棒、なんで投げちゃったんだ?
「今、あたくしはオームの旦那の後継者であるお嬢様とお話をしてるンですよ。空気を読んじゃア貰えませんかね、ニィさん」
「空気って吸うものですよ? 見えないものが見えるというなら、その眼球は不良品なので取り替えた方が賢明だ。お近くの施薬院までどうぞ?」
「あたくしゃ盲てるンで。お兄さんのご配慮には感謝いたしやすが、こいつァお医者のセンセに治せるモンでもありゃアせん」
「そうですかーー。見えるものも見えないんですね。そりゃ良かった。でもまあ、語ってもらっといてなんですがね。
あんたの言葉やパーソナリティには、砂漠の砂の、たったひと粒ほどの興味もないんだ」
僕が要求するのは、ただひとつ。
「黙れよ。誰かの選択する権利を奪うことを正当化した、その腐った思想を口から垂れ流すな」
僕は貴族様ってやつが好きじゃない。
正確には、美辞麗句をゴテゴテ並べ立てて不必要なくらい過剰に修飾したさわりのいい言葉をお題目に掲げることで誰かを害することを正当化するどころか美徳だ善だと誇大妄想的に思いこんだ貴族的なくだらない吐き気を催す思想を持った連中が嫌いだ。そんな害毒を集めてまとめて煮凝りにして潰して焼いて固めたような思想を吹き込もうする輩は大っ嫌いだ。
つまり、僕はあんたが嫌いで嫌いで仕方がない。
……誰かのために行動できる、ひたむきでまっすぐな、少し眩しいくらいの子を、嫌いにさせようとするあんたが嫌いだ。
「男前ですねェ、お兄さん。しかし、あたくしにも自己弁護のひとつやふたつが許されてもいい。あたくしゃ、そこのお嬢様に乞われて、オームの旦那についてお話をして差し上げようと思っただけなんでサ」
「聞くに耐えない演説家の人でなし。先日僕が殺した。以上」
「ウソはいけやせん。手を下したのはお嬢様方です」
「っ……」
ステラ様が明らかに動揺した表情を見せる。
──きっと、こいつはこれからの話の流れで、どこかでこの話題を出そうとしてきたはずだ。
「いいや? あいつを死に追いやったのは、僕の選択だ。僕が殺した」
甘い甘い甘いんだよ。言葉の破壊力を高めるのは、相手の心をへし折るのは、一番重要なのはタイミングだ。その言葉は本来、溜めて溜めて溜めてから出すはずだった言葉だ。
必殺の刃は致命的な急所に振り下ろさなければ意味がない。薬草とかいう胡乱な草を接種すると絶命していなければ傷口が塞がる。それと同じだ。
薬草は心には作用しない。けれど、僕は言葉を重ねて、たった今切られた傷口を浅くすることができる。
「それにね。正当防衛、という考え方がありますよ。そいつが命を狙ってきたのなら、それに対して抵抗をする権利くらいはあるはずだ。誰だって自分の命は惜しいですからね。それじゃあ仕方ない。『ぶっ殺したい』って選択と『ぶっ殺されたくない』って選択肢がぶつかったら、そこはもう強さで決定するしかない」
誰だって惜しい。僕だって惜しい。僕だって、生命活動の継続という項目が大事なものリストの中で常に二番か三番目くらいにある。
まあ、僕は自分から危害を加えた側なので、この考えには当てはまらないけれど。
ステラ様とシア様は別だ。抵抗しただけだ。
「オームの旦那にとって、娘さまの命が一番大事でしたよ。ンだからこそ、間引かねばならなかったンです。後を継ぐ者のために」
大事なものがどうって話なら、自分の心臓でも差し出せばいいだろ。一番大事なものを間引く? 姿を隠してネチネチ動いて優劣計って片方を殺すって態度が、大事なものに対するものか?
違うだろ。そんなわけがない。
「ステラ様とシア様を大事にしてたんじゃない。単に、『自分の後継者』ってカッコ書きの枠組みを大事にしてただけだろ」
まあ──もちろん、事実は知らないけどさ。
僕は目の前にいない個人の名誉のひとつやふたつくらいは平気で毀損できる。そいつが死んでるならなおさらだ。
死人に口はないのだから、せいぜい遺された人間にとって都合のいい存在であってくれ。
「ええ、ええ。後継者は大切ですとも。家を百歳千歳と続けるために、家長とは何よりも尊重すべきでございましょう?」
「この国の法律にそーんな記載ありましたー? ぼく趣味なんですよねーそういうの読むの。まあ王侯貴族様のご気分ひとつでいかようにもねじ曲げられる、紙にこびりついたシミ程度の価値しかありませんけどね。うーん、でも尊属殺を肯定するような文言はあったかなぁ? ないですよ。ない。じゃあ、それはあんた個人の価値観でしかない。それを誰かに押しつけることが許されるなら、僕も『家族なんて人生で一番最初に出会うことになる他人だし、期待しすぎるものでもない』。『責任なんてものは適当なところで投げ出していい』。『人は自由に生きるべき』。といった価値観を押しつけてみることにしましょうかー。ステラ様?」
「ぁっ……」
僕はステラ様に問いかける。反応はある。
返事を待たずに僕は言葉を重ねた。
「更に言えばですね。そもそも人でなしには人権がないんじゃないかな、と僕は思うんですよ。だって人間じゃないんですから。
あれは魔人だ。あんたと同じで」
──ここで攻撃対象を、今話してる魔人なにがしにシフト。
ゲス野郎の話題はこのくらいで十分だ。
「おンや。随分とお耳がよく聞こえるんですねェ。盗み聞きでもなさってたんで?」
「いや? 僕はたった今ここに偶然足を運んだばかりなんですよ。だから何を話してたのかは知らない。興味もない。単にあんたが魔人だって知ってるだけだ」
「はあ。あたくしの素性なんざ、重要じゃアないでしょう。あたしゃ、そこにおわす偶然出会ったお嬢さんにですね。ロールレアの家の、お世話ンなったオームの旦那について問われたんでサ」
「偶然出会った? はは、ははは! 偶然出会った相手を、こんなとこまで連れてくるのか」
僕は相手の言葉尻を捉える。
先に『偶然』というワードを出したのは僕だ。乗ってきた。釣れた。
僕はけらけら笑った。
「あんたの《権能》は、時間操作だろ」
そして、唐突に無関係な憶測を投げる。それをいかにも、以前から知っていた、周知の事実だと見せかける。
まあ……、もちろん根拠はある。ステラ様は、僕が王国を離れたのを今朝だと言った。
おかしい。既にあれから三日ほどは経っている。カルスオプトから先、僕のスケジュールがとんでもないことになるぞ。彼女の時間感覚は明らかに狂っている。
まあ、とはいえ根拠はそれだけだ。ひょっとすると認識阻害とかかもしれないし、あるいはステラ様が時間感覚に大変ルーズなのかもしれない。
考えられる限り、一番厄介そうなものは何かで決め打った。
「だから偶然なんかじゃない。意図して引っかけたんだ」
相手の言葉尻を捉え、不確かな憶測を並べる。
そんな砂の楼閣の上に、ハッタリの嫌疑をかぶせる。
目の前の目が見えない女が時間操作とかいう超能力を持っていることと、ステラ様を最初から狙っていたことは、論理が繋がっていない。
別にそれでいい。
「……へえ。口が回るたア聞いておりましたけんども。なッかなか、どうしてお喋りでございやすね。あたくしのお株が奪われちまわ」
僕の勝利条件は、ステラ様を連れ帰ることだ。
要は魔人の女の信用を毀損することにある。目の前のこいつが、話し相手として信用がならないとステラ様に認識させることにある。都合のいいことに、なぜか僕は相手を貶めるのに慣れていた。人生ではあまり役に立たない慣れだった。
……しかし、僕の問いかけには乗らない、か。肯定しても否定しても、揚げ足取ってあげつらって煽ってあざ笑うつもりだったんだけど、そんなに甘くはないらしい。
「でも、どう答えようと僕の勝利条件には関与しない」
べこん……、べこん……、と、地中から音が響く。
「……何です?このやッかましい音は」
「さーて。なんでしょうね? 両目で見てみるといい」
その音はどんどん大きくなる。近づいてくる。
地面がぐらぐらと大きく揺らぐ。
べこん…………。
べこん……。
べこん。
べこっ
金色の地面に突如大波が立って、
金髪の幼なじみが飛び上がった。
黄金建造物が次々ねじ曲がった。
「あー先に謝りますごめんなさい!」
「きゃっ!?」
僕は咄嗟にステラ様を抱きしめて──そのまますっ転んだ。
圧力で生まれた黄金の巨大な波が、眼前まで迫っていた。絶対危ないだろって気持ちとステラ様の魔眼なら溶かせるかなって打算がない交ぜに働いた結果だった。転んだのは単純に地面が揺れてたからだ。僕は体幹も普通人より弱いのだ。
しかし抱きしめたせいでステラ様の視界を奪ってしまった。更に言えば金が溶けるほどの温度をこんな距離で出されたら死ぬしかなかった。はっきり言って僕のやったことは無駄である。
「《全能者》……!?」
波を前にして同じく飛び上がった魔人は空中のメリーを見据えてそんな名で呼びやが──うわっぷ! 痛い! ちょ、ステラ様、ステラ様いるから!!
……僕はまばたきするまでは宙にいたはずのメリーに背中から抱っこされていた。金の波は建物にぶつかり、次から次へと倒していった。
さっき僕がやったのとだいたい同じ体勢だった。違う点があるとすれば明らかにメリーの背が足りなくて僕は地面に足をつけたままだし、僕の腋の下に入った腕は僕の肩を破壊することに貢献した。多分壊れた。いや壊れてはいないかもしれないけど脱臼した。してないかもしれない。でもとにかくすごい痛かった。
で、何が一番問題って全然びくともしないところね。僕はステラ様を抱っこしてて、メリーは僕を抱っこしてる。メリーが僕のことを離してくれないせいで、僕もステラ様を離せない。
ぜんぜん無駄だから離してあげてほしいんだけど……。
「はわっ……」
ステラ様が鳴いた。彼女の体温は、僕らよりもずっと高くてぽかぽか温かい。……温かいではない。僕はいま、魔人の前にいたはずだ。
あー締まらないな。ぜんっぜん締まらない。
ただ、まあ、なんというか……。
「僕の勝ちです」
僕は勝利宣言をした。
僕は極めて良識的だと近所でも評判なので当然ほんとこういうの良くないなって思うんだけど、良くないなって思うんだけど『ダンジョン内での暴力』は問題解決手段として無類の強さを誇る。
ダンジョン内でのトラブルは、なかば治外法権と化している。なまじ力を持った人間同士なのでエスカレートしやすいのだ。だから、まあ、一部の熱心なひとを除いて、死体が出たりしない限り基本的に冒険者周りが原因で憲兵は動かない。僕らはしばらくデロルから離れるつもりはないけど、一般的な冒険者って街の出入りも結構激しいからね。
だから、ダンジョンで殺害事件が起きた際には、失踪届を出されてはじめて捜査が開始されるわけだけど。その頃にはダンジョン内でしっかり骨ごと分解されてしまっている。ダンジョンは天然自然のゴミ箱だ。エコロジー性が高い。
いや勿論、連続失踪事件とかやらかせば捜査班が組まれるけど。けどまあ……その手腕はお察しだしね。科学的捜査とかできないし、だいたい任意同行と質問だ。
ダンジョン内とは、暴力のリスクが限りなく低くなるほんとゴミのような環境なのだ。ついでに空気も悪いし。今すぐ帰りたい。
──帰りたいんだけどさ。ダンジョン内にメリーがいる時点で僕の勝利は揺るがないんだよね。
もちろん、重要なのはどう勝つかだ。メリーの力をちらつかせるのは恫喝であって、可能な限り取りたくない選択肢になる。
しかし相手は魔人だ。僕ひとりの力じゃどうにもならないし、多分ステラ様にも荷が重い。僕は弱っちいので勝利の手段を選ばないこともできた。
さっきまでの僕の口から出ていた言葉は、結局メリーが来るまでの時間稼ぎに過ぎない。なんか足場が不安定でゆっくり歩いてたからね。いつもの調子で歩くと、多分ダンジョンが崩壊する。メリーの認識だと、自分の身体がなんか沈んでたからちょっと飛び上がって顔を出しただけなんだろう。でも、それだけで黄金都市はもうめちゃくちゃだ。あそこに見えるタイレリア王城のコピーなんかいつもよく目立つ尖塔が根本からへし折れている。これ国で管理してるダンジョンって話だったよね?つまりテロでは?というかすごい悲惨なんだけど……。あーでもバレなきゃいいか。僕らがやったってバレなきゃいいな。いい。よーし話を戻そう。
「今すぐ失せろ。見逃してやる」
繰り返しになるが、必要なのはどう勝つかだ。
僕は女の子に抱きつきつつ抱きつかれながら、目の見えない魔人にキメ声で語っ──、
「……だめよ。キフィナスさん」
僕の胸の中にいた女の子は、未だに震えている。
……帰りましょうよ。ね?
僕は耳元で囁く。ぴく、とステラ様が震える。囁き攻勢は効いている……。
「いいえ。……私は。知らなきゃいけないことがあるから、ここにいるの。お父さまが……父、オームが。何を目的にしていたのか。家の者たちが、どのくらいその思想に通じていたか。知らなくてはいけないのだわ」
世界は時々まぶしい。そう思う瞬間が、時々、まれに、ごくたまにある。
そのまぶしさを正面から直視できるだけの素直さは、今の僕にはもう残っていない。目が潰れてしまいそうになる。
そんな僕でも。悪意を以てその輝きを陰らせようとする輩を、より強い悪意を以て退けるくらいのことは、してもいいかな……なんて。思っていたりする。
しかし。
僕の胸の中の、体温の高い、年下の女の子は。
そんな悪意と対峙しようとしている。
「キフィナスさん。……もう少し、このままでいてもらっても、いいかしら。あのひとの語りが終わるまで」
誰かの選択を、僕は尊重する。
例えそれが、……痛みが伴うことだと、わかっていたとしても。
僕は答える代わりに、ほんの少しだけ、腕の力を強めた。




