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はあどぼいるど


 妖魔のたぐい(セツナさん)を追い払い、善意あふれる善良な活動──ただし、ちょっとした暴力は伴う──を終えた僕は、メリーの付き添いでダンジョンを何件かハシゴして、薬草採りをしていた。


 これから、再び薬草採りを僕の日課にできる。それどころか、薬草を採っているだけで働いたと見なされる立場が手に入った。これはもう左うちわだ。とてもいい。

 僕はうららかな春のやわらかな午後の日差しのような、そんな穏やかでのほほんとした、かつ生命活動が無条件で無尽蔵に保障された生き方をしたい。生活に必要なお金は、ぜんぶ今までとこれからのメリーの稼ぎでなんとかしたい。僕のその目標に一歩近づいたのを感じる。

 ただ、これを人前で言うと、なんか『舐めてンだろ』とか『コイツはよぉ』とか言われるんだよね。

 僕には、ぜんぜん、まったく、これっぽっちも心当たりがないんだけど。


「ふう……。ちょっと休憩しよっと」


 僕はぐっと身体を伸ばした。節々が痛む。

 この痛みは、薬草採りに由来……してない。いつもの、メリーに付き添ったダンジョン探索が原因だ。


 いつものような強行軍。目をつけられていないダンジョンのコアを、どんどん壊して回る。

 だけど、どうにも今日のメリーはいつもよりずっと、僕のことを道具かなんかだと思っていたように感じる。僕は探索中ずっと抱き上げられていた。

 具体的に描写すると、丸く折り畳まれて、メリーの細い腋に抱えられていた。


「あんぜん。あんしん」


 まあ、安全ではあったよ。安心でもあったさ。

 僕の全身の痛みを除けばね? ひょっとしたらメリーは生物学とか解剖学とかってあまり詳しくないかもしれないんだけど、人間の関節の可動範囲ってそこまで広くないんだよ?


「できる」


 メリーはそう言うと、両脚を180度開脚し、ぺたんと地面にお股を着けた。それだけで地面が揺れた。

 そこから、前屈して上半身をお腹まで折り曲げた後、後屈で背中ごと地面にくっつける。メリーの上半身が接地した箇所は、もれなく陥没している。


「わぁーーすごいねーー。ちょっときもちわるいくらい関節が柔らかいんだねー。でも僕それできないんだよー。これは僕が灰髪だからとかじゃなくて多分普通の人もそうだよ。ついでに言うと、こんなとこでやるのも控えてほしかったかなー」


 ──なにせ、今は薬草を掘り返してるわけだからね。土の上でそんなことしたら、服とか髪とか汚れちゃうだろ。

 ああもう。綺麗な金色の髪にも黒土がべったりだ。

 メリーの全身を汚す、水分をよく含んだ土を僕は拭う。ああほら、むずがらない。髪の毛のところ落とすから大人しくしてて。



 ……うん、ダメだな。全然泥んこだ。これはインちゃんに洗濯してもらおう。


「まがる。まがった。むりじゃない。しょうめいしゅうりょう」


 『無理じゃない』じゃないんだよ。無理じゃない?君以外。


「きふぃは。おいてくの。だめってゆう」


 ああ、うん。そりゃあそうだよ。

 ──だって、僕は君を、ひとりぼっちにはしたくないからね。


「ん。めりも」


 何しでかすかわかったものじゃないし。


「めりも」


 あの。君ほどじゃないからね?


「めりも」


 ……メリーはけっこう頑固だ。

 メリーは無口で無表情だけど、無感情というわけではない。

 僕はため息をついた。メリーはどうも、ちびのくせに自分を僕のお姉ちゃんとか認識してるフシがある。

 そのため、この『どっちがより厄介か』という議論は日暮れまで続くものと思われた。そして多分、根気だとメリーの方が僕より強い。

 これは今、特に議論とか関係なく、ふっと思い出したんだけど。僕は薬草採りで忙しい身だった。


「あー休憩終わりっ。僕は薬草採りに戻るよ。だから、ここは保留としようか」


「かち」


「僕はね。議論に対して勝敗っていう概念を持ってくるのはまずどうかなーって思うしそもそも別に負けてないよ。僕は負けてません。ただ薬草を採る方が優先順位が高いからね。いやーー残念。残念だね」


「かち」


「よくないと思うね。これ以上の問答は不要です」


 僕は負けてない。別に負けてないので、いまだに勝ちとか負けとかそんな低いレベルのことに拘っている幼なじみを無視して、草を取ることにした。

 さて、中腰だと腰を痛める。右膝を地面に付けて、もう片方の膝は立てる。だから僕の膝も、メリーのように泥で汚れている。

 かがんだ僕は、地面にぼさぼさ生えている草を、根本から引っこ抜く。

 どうもこの《薬草》とか言う身も蓋もない胡乱な名前の草は、根っこにこそ薬効があるらしい。ただ、ギルドで規格が定められているわけじゃない。あの髪の毛お化けが僕の採った薬草を求めたのはこれが一因なんじゃないかな。よく知らないけど。

 僕は草をぶちぶちと毟る。


「ぐえっ」


 僕は思わず声を上げた。

 座り込んだ僕に、メリーがぎゅっと抱きついて、ぺったりとほっぺたを合わせてきたためだ。

 抱きつく力が強すぎる。いつもお腹だから、肩は逆に慣れていなくてびっくりした。

 痛いし邪魔だから離れてほしいんだけど……。あと全身泥まみれだし……。


「おかえし。おあいこ。おそろい」


 メリーさんは自分が泥まみれなの意図してやったの……?

 いたずらに洗濯物を増やすのはよくないと思うんだ。


「いんは。よろこぶ」


 いやそれはどうかなぁ……?

 インちゃんそんな特殊な嗜好は持ってないと思うけど……。


「におい。かぐ」


 …………ん、んー?なんだってー? よく聞こえなかったなぁー。あ、言わなくていいから。聞かなかったことにするよー。

 インちゃんはスレてなくて、なんていうか、僕の癒しみたいなところがある子だからね。


 僕は無心で足下の草をむしった。



・・・

・・



 ──僕の背後に、なんか、巨大な武器を背負った人がいる。

 すさまじいプレッシャーが背後にある。


 ここは治安が悪くて開発が進んでない空き地とはいえ一応は街中で、僕は穏やかに草取りをしてる最中で、突然こんな鉄火場の渦中に放り込まれても困るなと思った。


「ふっふふ~ん♪」



 後ろから、ご機嫌な鼻歌と、ぶおんっ……、ぶおんっ……と、大きなものが風を薙ぐ音がする。

 絶対やばい。まともじゃない。いくら冒険者って言っても、街中で巨大な武器を提げていることはあっても(その時点で問題だけど)振り回すことはしないものだ。

 意を決して、僕は振り返る。



「ふ~ん♪……まあっ♪ お久しぶりです、愛のひとっ」



 ぶおん、と。

 大鎌が、僕の目前で薙いだ。

 思わず腰ぬかした。


 スリットの入った修道服から、白い太ももが覗いている。

 町人なのに冒険者ギルドを出禁になったアイリーンさんだ。おそらく、前代未聞だ。

 やっぱりやばい人だった。


「……お久しぶりです。アイリーンさん」


「アイリですっ♪」


「アイリーンさん」


 愛称で呼ぶほど仲良くなった覚えはないですのでね。

 それはそうと、その大鎌はなんですか?


「はい。わたくし、薬草を取りに来たのです」


 ……誰かを処刑するでなく?


「まあっ! そんなことはいたしませんっ。わたくしは、救貧院の子どもたちのために、薬草を摘んでいたのです」


 子どもたち、か。

 あの子たちは元気ですか?


「はい。毎日、元気いっぱいですよぅ」


 それはよかった。

 彼らが、よりよい明日を選べればよいと。僕は素直に思う。


「でも、まだ『神のうち』ですから。何かあってからでは、大変なのです。ですので、わたくし、薬草を摘んでいたのです」


 ……そうですね。

 幼児の死亡率は、相応に高い。

 子どもが10人いたとして、流行り病いか何かで、4人か5人は死んでしまう。

 王国では、栄養に関する知識は庶民まで十分に降りてきていない。


 今回のアイリーンさんの心がけは真っ当だった。

 真っ当だったけど……どうして、そんな大きな、なんか禍々しい鎌を?


「もちろん。刈り取るためです」


 なるほどー。

 じゃあ、僕はこれ、指摘しないといけないな。



「全然刈れてないですよ。アイリーンさん」



 なにせ、彼女が振った鎌の軌道は、しゃがんでいる僕の顔と同じくらいな高さのわけで。

 薬草は、そんなに背が高くない。


「あれぇ? おかしいですね……」


 おかしいのはあなたの不器用さですね。

 まあ、ちょっとの切れ端はあるみたいですけど。こんな葉の端っこをつまんでどうするつもりです?

 向いてないからやめた方がいいですよ。時間の無駄です。


「ですが。たとい無駄でも。やらねばならないのです」


 はあ……。


「あー、ぼく急用を思い出しましたー。冒険者って結構忙しい身分なのでー」


 僕はメリーの肩を叩いて、くるっときびすを返す。

 急用を思い出した。何せ急なので、荷物をまとめている暇はない。用事の内容はまだ考えていないので、思いついたら教えます。

 僕はむしってた雑草をその辺に放置する。


「愛のひと? お忘れですよ?」


「適当に処分しておいてください。急用なので」


「……いただいても、よろしいのですか?」


「僕は処分をお願いしただけです。どう使おうが、僕の関知するところではないです」


「はあどぼいるど……っ」


 アイリーンさんは、小さくもごもごと何か呟く。


「じゃあ。僕はこれで。それから、薬草は病気にはそこまで効きません。病気になってから治すんじゃなくて、そもそも、病気にならないようにした方がいいですね。お肉とか野菜とか、色んなものをよく食べたり……って長くなるな。どうも僕は話が長いってよく言われるんですよね。急用が急用なので、失礼します」


「あ、愛のひとっ! わたくしのために、ありがとうございますっ!」


「別にあなたのためではないです。笑えるほど向いてないので、今度は子どもたちでも連れてきた方がいいですよ。それでは」


 追いかけられてもカッコがつかないので、僕は廃屋の壁を蹴って、まだ大鎌を持ったままのアイリーンさんの元を去った。






「やくそう。とりなおし」


「ああ、うん。急用だからね。どんな用かは……ええと、思いついたら教えるよ」


「ん」


「薬草採り、またつきあってもらうことになるけど……いいかな?」


「いい」


「あとついでに、迷宮作物とか採ってこようかなって。ついでにね。ついでに」


「ん。わかた」


 今日はカボチャのひとつでも、救貧院に忘れにいこうかなって。







「わっ! 今日はお二人ともどろんこですね! おつかれさまです。おかえりなさいっ」


「うん。ただいま、インちゃん」


「部屋着に着替えたら。あとでそれ、回収しにいきますね。お風呂もわかしときますっ」


「うん。いつもありがと。……ところでさ、インちゃん」


「何ですか? お兄」


「…………嗅ぐの?」


「ぴぁぇっ!? な、な、ななっ、なにいってるのかよくわっからないですよーっ!?」


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