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黒髪ロングなんて面倒な髪型の奴にマトモなのはいない(偏見)



 僕の知る限りで。

 黒髪ロングなんて面倒な髪型してるひとは、およそ全うな人格を持ってはいない。


 セツナさんは指名手配犯の人斬りでお金に汚くて酒乱で乱暴で控えめに表現して人間としては屑の部類に入る。

 クロイシャさんは貧乏人や弱者ばかりをターゲットにしている金貸し(最悪)で僕を二度もやりこめてきた巨悪だし。

 ──そして、極めつけは目の前の悪霊だ。



「あ゛あ゛あ゛あ゛ッ……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……」



 何言っているのかわからない。さっきまでは呻き声混じりの声って感じだったけど、もう呻き声しかないぞ。

 腰どころか膝下までもさもさと伸びた黒い毛も相まって、そいつは僕に、この前行ったダンジョンに出てきた魔獣《けうけげん》を想起させた。


(ほら、いつもの中身のない偏見まみれの陰険クソトークで相手を煙に巻いてくださいよ)


 レベッカさんが隠れてひそひそと──それは目の前の不確定名称:魔獣けうけげんを刺激しないためだろう──僕を煽り立てる。

 いや煙に巻いちゃダメでは? 問題解決しませんけど。

 え、いいの? ああそっか、冒険者ギルドの勝利条件はクレーマーが消えることでしたか。意志の疎通、相互理解ではないと。

 じゃあ存分に煙に巻いていいんですね、よーし。


「はじめまして。僕は六流くらいの冒険者やってるキフィナスと──」


「あ゛ッ……(あ゛)ッ……(あ゛) み……」


 ──ぱしん。と、伸ばした僕の手が弾かれた。


 なんと目の前の毛むくじゃらさん。

 僕の手を払って、物陰にサッと隠れてしまいました。


「あー……。これは、どうしたものかな……」


 僕は考える。

 会話というのは、根本的に、相手に聞く姿勢がないと成立しない。


 騙すことも諭すことも唆すことも、

 煽ることも諫めることも焚きつけることも、

 化かすことも謀ることもけしかけることも。全部、言葉なしでは効果が出ない。


 困った。結構困っている。身振り手振り(ボディランゲージ)で何とかしようにも、相手は僕を見てくれないし、何より分厚いカーテンのように髪が被いを作っている。どこ向いているのかすらわからない。

 ……あー、それとメリー。メリーさん。その握りこぶしは、なんだい? ほどこう。とりあえず、ほどこうね。ほら。

 何をするつもりだったのかな。


「潰す」


 やめてね。命は大切にしようね。

 この髪に対して、こういった反応されることとか別に慣れてるからさ。石投げられなかっただけ遙かにマシだよ。


「きえれば。かいけつ」


 行方不明者を作るのはやめよう。

 それをしたら、今度が君が怯えられるだろ。


「めりは。いい」


 よくない。

 僕のことなら、別にいいんだよ。


「だめ」


 だめじゃないです。僕がダメだ。

 君はいつもそうやって暴力で解決しようとするけど、そういう姿勢はよくないよ。このままだと人間のくず(セツナさん)みたいになっちゃって僕以外誰も──。


「なーにをイチャイチャしてるのか。キフィナスさん、やくめ。メリスさんのちっちゃい手ぇ握ってないでパパッとお話してください」


 あ、レベッカさんがいたんだった。

 ほら、ダメだよメリー。わかった?


「……」


 ほら。おへんじ。


「……。ん」


 はい。よくできました。


 ……あー、拗ねてるなメリー。あとでごきげん取らないと。

 まあでも──多少強引にでも意識を向かせるっていうのは、悪くない手だ。


「さて……」


 冒険者ギルドの社屋の陰に、髪の毛が隠れている。

 僕は、ブーツの踵をカツカツと鳴らす。

 規則正しい靴音。弓のように上体を反らしてステップを踏み、靴音でリズムをかき鳴らす。


 かッ、かッ、かかッ、かッ──。


 つま先で大地を舐め、

 足裏で土を踏み固め、

 踵で地面を弾き叩く。


 かッ、かかッこッ、かかッ、こン──。


「えっ!? えっ!?」


 僕の後ろでレベッカさんが驚いている。

 惑わせたいのはあなたじゃないんだけど──よし、髪の毛おばけの注意をひけた。


 その瞬間。

 僕は地面を蹴って飛びかかり、


「キフィナスさんっ!?」


「──こんにちは、そこの化け物のひと。ところで冒険者とは、『話が通じなかったら魔獣』という乱暴な括り方で魔獣と《生物資源キャトル》とを区別しているのご存じですか。ここはひとつですね。お話ができるかどうかによって、あなたが魔獣かどうか、判断させて貰おうかなーって。思うんですけど」


 体を壁に押さえつけながら、耳元で──ほんとに耳元かなこれ?髪の毛でよくわからない──ぺらぺらと囁いた。


「あ゛っ……あ゛っ……」


 毛先がぷるぷると震えている。

 ……感情が見えないな。これは怒りか?

 この灰髪に対して、嫌悪感を持っている相手だ。まあ、そうだろうなって感はある。

 僕は人の嫌がることを進んで行う人格者なので、こういう反応にも慣れている。それが?べつに?なにか?


 しかし、表情を伺うにはこの髪邪魔だな……。

 僕は髪をかき分けようと手を伸ば──。


「ひゃっ♥」


 ──ぶにっ。

 ぶにっ? え。なにこの感触。

 というか今の声だれです?


「……」


 僕が視線を落とすと。

 ……どうも僕の腕が、相手のふくよかな胸に触れていた。

 僕は無言で、髪をかき分ける。


 黒いすだれをかき分けた先には、少し厚めの、血色の悪い唇と、つぶらな黒い瞳があった。

 その目は潤んでいた。



「まるで僕が悪者みたいだなぁ」


「悪者でしょ! どう見ても! 何やってんですか!? ほんと何やってんですか! セクハラか!」


「いや、これは違くて……」


「現行犯じゃないですか! 妙な動きをしたかと思えばひとの胸さわりにいくって何やってんだほんと!」


 ……言われてみれば、客観的な立場からだと僕の今の行動やばいな。

 突然奇妙な行動に走って女のひとを泣かせてしまっていることになる。

 ……うーん、どうにか弁解しよう。レベッカさんに見られたのは問題だ。


「いや、違うんですよ。今の僕の行為には明確な目的とそれから不幸な事故があってですね──」


・・・

・・



「──つまりですね。誤解なんです。僕は故意にやったわけじゃないんです。あれは不幸な事故だったんですよ。人間の行動って必ずしも意図したことばかりじゃないじゃないですか。例えば──」


 僕は髪の人を壁に押しつけた体制のまま、15分、20分と息もつかせぬまま喋り続けた。

 その間に、冒険者ギルドは開室時間となり、基本的に不規則な生活をしているとはいえ何人かの冒険者はそこに足を運んでいた。

 入り口のすぐ横に、表情の見えない長い髪のひとと、その人を壁に押しつけている僕と、なんか熱心に僕の片腕を引っぱってるメリーと、そのまた隣にいるレベッカさんがいるわけだ。

 好奇と奇異の目線に晒されながら、僕は喋り続けていた。


「失敗というのは誰にでもあることで、それを認め、許してあげることこそ成長の礎と──」


 ……そろそろかな?

 僕はレベッカさんをちらりと見る。


「……こいつの中身のない長口上を聞いてたら、なんか、よくわかんなくなってきた……」


 よし。レベッカさんは脱落だな。

 よしよし。ここで一番厄介な人(目撃者)がいなくなったぞ。

 後は被害者を丸め込んで、被害届を憲兵に出させないようにすれば……。



「お? キフィナスくん。何してるんだ?」



 憲兵アネットさん……!!



「ええとですね、話せば長くなるんですが──」


「君の場合本当に長いじゃないか……。おや、レベッカ・ギルツマン女史。こんにちは。何をしているんだ?」


 アネットさんが背中に下げた槍の石突を引きずりながらこっちに来た。

 やばい……。やばいやばい……。


「こんにちは、マオーリアさん。何を、というとちょっと込み入ってるんですが……」


 レベッカさんはそれから、えーと、うーんと、と悩み込み、



「キフィナスさんがそこの女性の胸を触りました」



「なんだと」



 あっ。

 終わった。



「キフィナスくん。わたしは、悲しい……。悲しいよ。きみはだいぶひねくれてて、順法精神がなくて、手段を選ばないところがあったけど……。君は、本当は誰かに優しくできる、いい子だと思っていたのにな……かなしい」


 僕の腕に、冷たい金具が、かちゃんと取り付けられた。

 的外れだ。誤認逮捕だ。まず、僕のことをぜんぜん理解してないところからして誤認だ。

 いやほんとこんなことで捕まりたくない。ほんとに。


「いやだから違うんですってこれは」


「正しさを判断するのはわたしの──本官ら、官吏の仕事だぞ」


 ……手錠って、ひんやりしている。

 それは、僕の心の温度に少し似ている。

 頭はパニックで熱くなってるのに、心の方はどんどん冷えていくんだ。


「……そもそも、違うというなら、君がいま、メリスちゃんのおっぱいを触ってるのはどういうことなんだ」



 ……え? なにそれ、何の話ですか?

 メリーにそんなものないでしょ?

 確かにメリーはさっきから僕の手を掴んで引っぱって、胸のあたりにガリガリこすりつけてますけど……。

 まるで目的が見えなかったんでそのままにしてたんですけど、多分これ拗ねたメリーの報復で、僕の手をやすりがけしてるのかなーって。今も痛いし。



「さっき?」


「ええと……20分前くらいから?」


「……その間、君はずっと、そこの……個性的な髪方の女史を壁に追いやりながら、無表情なメリスちゃんのことをあいっ……こ、公共の場で何をしている゛の゛かっ! 破廉恥ハレンチな゛っ!」


 え、何が……?何の……?


「来な゛さいっ!」


 あっ。ちょ、ちょっと待ってください。

 肝心なことを伝え忘れてました。

 引きずらないで、ちょっと、ちょっとだけ。


「おまえを被害者女性と会話させるわけないだろっ。ほらっ──」


「僕が、今まで薬草を摘んでましたっ!」


 僕がそう叫ぶと、黒い塊はぬるっと動き、僕の裾を掴んだ。

 そうして、呻き声混じりの、か細い声で。


(あ゛)いと(あ゛あ゛)モジョ(あ゛あ゛あ゛)(あ゛)作れ(あ゛あ゛)ない(あ゛あ゛)……」



「……もじょ? すまない。本官、聞き取れなかった。何を言っているのだ?」



「無実、の訛りでしょう多分。きっと『僕は無実です』って言ってるんじゃないでしょうか」



 ああっ本官さんの引っ張る力が強くっ!


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― 新着の感想 ―
[良い点] そんな事はない! 黒髪ロングは可愛いのだぞ!キフィナス君! [一言] アネットさんいつも振り回されてるなー? いやこれもキフィナスに構って欲しいのか...
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