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そんなことよりごはん食べたい


「キフィナスさん! キフィナスさ──開かない!」


 僕は誰何することなくドアの前に重石を置いた。

 正確には、メリーに頼んで魔術で作った巨岩でドアを塞いだ。

 「ん」の一言でやってくれた。


 いやー誰だったんだろう。わっからないなー。

 まあ、誰でもいいや。


「ごめんだけどインちゃん。午前中いっぱい、出かけるときは窓から──」


「あのー、キフィナスさん、キフィナスさん! ちょっとお仕事の話があるんです。大したことじゃないんですけど、ちょっとお話聞いてもらえます?」


 ……んー。この声は、レベッカさんかな?


「はじめまして。僕はキフィナスとかいう人は知りません。お帰りください」


「この声あんただろ!」


「いエ。存じ上げまセーン?」


「とってつけたような雑な片言やめろ。それからここを開けてください」


 まさか、冒険者ギルドのカウンター以外で顔を合わせるとは思わなかったなぁ。いや顔見えてないけどね。

 まあ、僕は誰であろうと──これは一切誇張ではなく、本当に誰であろうと。領主様はもちろん、たとえ王様とか神様とかであろうと──いません帰れ、というスタンスは崩すつもりはなかった。

 そんなことよりごはんが食べたいんだよね。


「おにぃ。マズいんじゃないですかね……? あのひと、ギルドの……」


 え。インちゃんまで知ってるの?

 わー。レベッカさんってばほんと顔広いんだなぁ。

 そんなことよりごはんが食べたい。


「ああもうっ! こちとら勤務時間外だってのにめんどくさい! いーからとっとと開けてくださいよ!」


「そんなことよりごはん食べたい」


「ナメてんだろ! おいキフィナスさん! おいっ!」


 ドアがドンドン叩かれる。

 いややめてくださいよー。ここには僕しかいないわけじゃないんですよ。借金取りみたいです。宿屋の人が怯えてますよー。「べつに怯えてはないですよお兄」──あーー。怯えてますねーー。年端もいかない子に気丈な言葉を吐かせるなんてーー。そんなあなたを見て、周囲の人たちはどう思うでしょうか。

 もし貴方が健全な社会的生活を送りたいのなら、そういった乱暴な振る舞いはやめた方がいいでしょうねー。暴力を問題解決の手段として用いるのはやめた方がいいですねーー? 冒険者が乱暴な社会不適合者の集まりだという世間の見方──いや僕は正しいと思いますけど──を更に強化することにも繋がりますしーー。

 あと、僕はキフィナスではないです。人違いなのではーー?


「アンタみたいな回りくどくてめんどくて冒険者に偏見持ってんのは迷宮都市に2人といませんよ! 国中探したって多分いないわ! ああ、もうっ!なんで話するだけでこんな面倒くさいんですかねぇ……!?」


 いや、だってほら。

 仮に僕がキフィナスだったとして──、


「キフィナスですよね?あんたは、いつもメリスさんに引っついてる、キフィナスさん、ですよね!?」


 ──だったとして。僕が話を聞いたら、急いで出ろついてこい、ってなりますよね?

 本官さんが来たときみたいに。ごはんとか食べてる暇ねえよって駆り出されそう。

 なら、最初から話を聞かない方がいい。そうですね?


「そうじゃねえですけど。つーか『先にごはん食べさせて』の一言で済むことですよねこれ? 別に、そのくらいなら待ちますよ」


 え? ほんとに?


「そりゃあ。冒険者にとって、食事は大事ですから。探索を終えた冒険者さんが街のごはん食べたいって思うのは当然のことですし。私だって、ギルドの職員としてその辺理解してるつもりです」


 中規模以上ミドルクラス──1ヶ月以上の探索期間が見込まれるやつ──のダンジョンに携帯する保存食って美味しくないですもんね。

 乾燥してパサついた肉とかすごくマズい。ベルトのバックルとかに使ってる人時々いますよね。備えがあるのはいいことですけど、ちょっと不潔だよなって思います。


「ダンジョンが近い地域だと、ゴブリンの乾燥肉をお守りにする風習があるところもありますからね」


 普通に臭いですよね。


「ええ、まあ……。でも、頭ごなしに文化を否定するのはトラブルも──って、そうじゃないんですよ。はやく開けてください」


「話聞くだけですよ? 僕がここを開けたからと言って、それは僕がレベッカさんのこれからの仕事の話?を無条件で受け入れることは意味しませんからね」


「ほんッと警戒心強いなこいつ……。約束しますよ。冒険者ギルドには、冒険者に対する強制権はありません。あなたたちには仕事を吟味する権利があります」


「まあ『ギルドに対して表立って逆らうと不利益を被るんじゃないか』って危惧からー。本来断るべき、実力のない冒険者が受けたりもしますよねー、その前置きって」


「えー、こちらとしては、実力を付けてほしい、受けてほしいという気持ちもありますので、そこはなんとも……」


 歯切れ悪いなぁ。

 悪事に荷担している人の態度だな、と僕は思った。


「ほんと失礼だな!」


 レベッカさんはいつも僕と相対してると機嫌が悪い。

 何故だろう……?と思いつつ、僕は重石をどかした。

 正確にはメリーにどかしてもらった。更に正確に言うとメリーが無言のまま握り潰して砂粒ひとつの痕跡すら残さなかった。


 そうして、つかえを失った入り口のドアが、ごうと勢いよく開かれる。


「はぁ……。やっと開けてくれましたね、キフィナスさん。それからいつもかわいいメリスさんも。おはようございます」



「はい。実は僕は──キフィナスだったんです」



「知ってたわ。ばかにしてんのか」



・・・

・・



 メリーは食器を簡単に破壊する。

 時々、週に2回くらい、メリーのごはんチャレンジを行うけど、だいたい二口か三口程度で皿もスプーンも破壊される。テーブルが壊れることもある。


「こわれた」


 今回もだめだった。

 スプーンが散弾のように壁(土魔法による補強済)に突き刺さった。


 僕はインちゃんに修繕費、銀貨3枚を渡した。


「はい。確かにいただきました」


「いつもごめんね、インちゃん」


「いえいえっ。むしろこれやるたびにウチの家計が潤うというか、潤いすぎてておかあさんがやらかしたというかですし」


「今日は『いつもの日』だからぁ、汁物は無しにしたのよぉ?」


「はい。ありがとうございます。スメラダさん」


 メリーはスプーンの残骸を持って、ぼーっとしている。

 うーん。じゃあ、やろうか。


「ん。やる。やるべき。やるしかない」


 まあ、君は二言目には『ごはん食べなくてもいい』とか言い出すしね。


「はい。あーん」


「あー」


 僕はふわふわとろとろな焼き加減の、メリーの髪や瞳と同じ色をしたスクランブルエッグを匙で掬って、メリーの口元へと運び──。



「何いちゃついてやがんですか」



 え、なんですか急に?

 今ごはん食べてるんですけど。

 メリーの小さい口が、小鳥のようにスプーンの先を啄む。もきゅもきゅと口を動かして、こくん、と喉を鳴らして呑み込んだ。

 次。僕も一口食べて、それからメリーの前にひょいとスプーンを置く。メリーはぱく、と食べる。

 スメラダさんの料理は絶品だ。舌先でとろけるような卵の触感と、ほんのり感じられる甘味。毎朝これが食べられるってすごいことだ。僕はこの一点でスメラダさんを尊敬している。


 はい、あーん。


「あー」


「そりゃあ、メリスさんはかわいいですけど。さっきから全然進んでないじゃないですか」


「メリーの一口分に合わせないといけないので」


「めり。もっと。たべれる」


 そんなこと言ってテーブル中の食べ物ぜんぶ口の中に入れて頬いっぱい膨らませてたの忘れてないからね。

 あのとき皿ごと食べそうになったでしょ。

 せっかく美味しいんだから、味を楽しもうよ。次は水魔牛グラシュティンのチーズね。

 僕は一口分だけを掬い、メリーの口元まで持っていく。

 ぱくっ。メリーが食いつく。

 楽しい。


「普段からこのペースでごはん食べてるんですか?」


「ええ、まあ。ごはん食べ終えて、髪の毛整えたら、ちょうどギルドが開くくらいの時間になってます」


「一時間以上かかってません……?」


 まあ、それくらい掛かりますかね。

 魔術による保温がありがたいなって。冷めないでおいしい料理が食べれる。

 はい。次はふわっふわの白パンね。指噛まないでね? 骨粉々になるから。

 あーん。


「あー」


「……私、代わりましょうか? キフィナスさんはそっちの、自分のお皿片づけてください」



 え、いいんですか?

 それじゃあお言葉に甘えて──、



「だめ」



 差し出されたレベッカさんのスプーンに、メリーがぷい、と首を横に振った。

 レベッカさんは膝から崩れた。


 ふむ。やっぱりメリーと一番仲良しなのは僕だったわけですね。

 僕は勝ち誇った顔をした。


「くっ……!」



「れべかは。きふぃに。やる」



「……はい? え? どうして?」


 レベッカさんは戸惑っている。

 以前、カナンくんに頼んだやつだね。


「……え? カナン君ってあの、以前ギルドで茶番をしかけてた?」


 はい。料理が冷めそうだ、ってことで。

 みんなで。


「三角形になってあーんし合ったんですか? ……え、本気で?」


 そうですよ?

 まあ、あの時と違って今は保温もあるし大丈夫じゃないかな。

 いやまあ、頼めるなら頼みたいけど。メリー・僕・メリー・僕の頻度で食べてたものが、僕・僕・僕・僕になれば美味しいものをより早く食べられる。


「れべか」


「…………わかりました」


 メリーの催促に、レベッカさんが覚悟を固めた。その声は、いつも柔和な受付嬢のそれにそぐわないほどに堅い。

 そうして、彼女は僕の手元の皿を奪うように取った。

 僕のスプーンが、すっと空を撫でる。



「……勘違いしないでくださいね。ほんとに、これは、メリスさんのご意向に沿っただけでた、特別な意味とか、間違ってもないですからね。あんたのためにやるわけじゃないですから本当に。ほんとに」



 手持ち無沙汰になった僕は、しょうがないからメリーの方のお皿を摘まむ。

 すると嫌そうな顔で、僕の眼前にスプーンが差し出された。

 本当に嫌そう。毒虫とか噛み潰してそう。おいしい食卓で一人だけ毒虫が出てきたとか考えただけでも嫌すぎる。

 そこまで嫌なら別にやらなくてもいいですけど……?


「いいえ。メリスさんから頼まれました。高ランク冒険者なのにぜんぜん手のかからないメリスさんから頼まれたことなら、やりますっ……! 例えそれが、メリスさんに引っつく冒険者やる気皆無万年Dランク厄介男の世話であろうと……!」


 なんていうか、鬼気迫る覚悟みたいなのを感じる。

 そんなレベッカさんの覚悟の元放たれる銀のスプーンは、僕の鼻先に当たったり口元のずっと手前で止まったりだった。

 多分嫌がらせなんだと思う。


「うるさいんですけど? ちょっと、その、慣れてないだけですっての……!」


 あ、いま鼻の頭にぶつかった。

 嫌がらせに違いない。


「よかったねメリー。レベッカさんからあーんされてたら、もう一度顔洗う必要があったよ」


「ん」


「ちょっと首動かさないでくださいよっ! あとしゃべんな!」


 そんな僕らを見て、インちゃんはばつが悪そうに、それでいて楽しそうにしながら口元を隠していた。

 多分これは、不謹慎な笑みを浮かべている。


「ねえメリスさんメリスさんっ。明日から、私もおにぃにアレ、やっていいですかっ」


「よい。きょか。ゆるす」


「やたっ」




 そうして。

 メリーとインちゃんに見守られ、スメラダさんに料理のおかわりとか貰いながら。

 鼻とかほっぺたとか唇とか、カツカツぶつけながら、僕はスメラダさんの料理を堪能した。

 顔はしっかり洗いなおした。




「それにしても。キフィナスさんがベロ回すと、ほんと話が進まないんですけど。これから入る本題では、茶々入れないでくださいよね、ほんと」


「あ、そうですね。僕がべらべら喋って申し訳ないですー。お時間を取らせてしまったようでー。そうですよね。わざわざ時間外に仕事の話しなきゃいけないとか大変ですよね。いやぁ、心中お察しします」


「こいッつ……!」

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