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エピローグ・鎮魂歌に再演はない



 灰の世界、大平原にて。



「説明もなしにこんなバケモン押しつけるとか恨むぞあいつ……!」



 Sランク冒険者にして近衛騎士のレスターは、数名の同僚を連れ立って、王都に歩を進めようとするカルスオプトを止めていた。

 押しつけた知り合い──メリスはと言えば、突如物理法則を無視した動きで胴体へ突撃し、大穴を開けたはいいが、再生した鉄の魔獣の体内へと取り込まれた。


「レスター……っ! 勝算があると言っておきながら、貴様っ……!!」


「仕方ないだろ! 俺が来るまで、メリスが一人で止めてたんだよ! 俺はあいつに助太刀しようとだな!」


「こんな大魔獣をひとりで止められる奴がいるか冒険者ッ! 法螺なら酒場で吹いていろ!」


 同僚のミハエルが、レスターに悪態を吐く。

 その声にも一切の余裕がない。


「辺境にはっ……、魔獣が出ると……、聞く、がっ、まさかっ……ここまで、強いとは……」


 と、肩で息をする騎士グヴェフィル。

 彼などまだいい方で、既に気力・体力を使い果たし倒れ込む者もいた。



 彼らは先遣隊として、王国に迫る魔獣の脅威を測るため、大平原に来ていた。

 最初に志望したのはレスターだ。解決にメリスたちが動いている以上、大勢で動いても仕方がない、という打算もある。

 しかし、そんな楽観的な予想に反し──レスターたちは必死だった。



 魔力で形成した氷の刃によって、幾重にも生えた大足のうち、ほんの二本が縫い止められている。近衛騎士、ミハエル・シ・アダマントの手によるものだ。

 しかし、その程度でさえ、いつ破られるかわからない。


 巨大な質量とは、ただ、それだけで驚異なのだ。


「持たせる……ッ!! 《クシナヘギノヒ》!」


 レスターは何千本もの光剣を顕現させ、カルスオプトの足を斬ろうとする。

 光剣の一本一本が、竜の首を落とせるほどの、必殺の威力を持つ。

 しかし、カルスオプトの表面に傷をつけることはできても、これを両断するには至らない。


(足りない……っ! それなら、万だッ!)


 レスターの気合い一合、豪雨のように光の剣が降り注ぐ。

 気力と体力を一度に吸われ、意識を漂白させられるところを──、


(俺がここで耐えないと、姫の身が……!)


 なんとか、気合いと根性で持ちこたえた。

 しかし、持ちこたえたのはレスターただ一人。歩を止めるために死力を尽くした騎士たちは、次々に倒れていく。

 ……だが、それでも巨躯の鋼鉄は止まらない。


「よもや──」



 次の瞬間。


 カルスオプトは音もなく崩れ落ち、

 鉄塊はほどけるように分解された。


「ん」


 そこには、目を回して倒れているキフィナスと、そんな彼を愛おしげに抱き抱えるメリスの姿があった。


 1万1058本の光剣と、マイナス273℃の氷柱、滞留する魔力の残滓──周囲すべての非生物を、その右手の中に、たやすく握り潰しながら。


「きふぃ。えらい。えらい」


 メリスは、左手で彼の頬をぺたぺたと触りながら、じっと見つめていた。



* * *

* *

*



 吟遊詩人の演奏が終わると、そこにあったのは歓声──ではなく、困惑だった。


 奏でる音は豊かで、技巧が凝らされていることは聴衆にもわかる。

 しかし、取り扱うテーマに現実感がない。


 辺境を走る魔獣が、実は魔獣ではなく。

 今では迷信とすら思われていない錬金術による産物で。

 しかも、それが世界救済の方法を探るために構築されたときた。


 酒の席でも笑い飛ばすような与太話。

 しかし、笑おうとするには、あまりにも真に迫るような演奏だった。



「さァて──おや。皆々様、酒を呑む手が止まっていらっしゃる。語り部冥利に尽きやすが、どうぞどうぞ、グラスに注いでくんなまし」



 詩人の声で、日常へと引き戻される聴衆たち。

 その内のひとりが、詩人に銅貨を渡した。

 演奏の質はよかっただけに、何もよこさないことは気が咎めたのだ。

 そこに続いて、酒場の人々は皆、ぱらぱらと小銭を渡す。


「ありがとうございやす。でンは。あたしは、これにて」



 ──ステラはそれを聞いて、二階の窓から外に飛び出した。

 吟遊詩人は語ることが生業だ。この人物に尋ねれば、自分の滞在目的である情報収集が進む、と考えたのだ。

 入り口の前で、詩人とはち合わせる。



「先ほどの演奏、聴いていたわ。とてもお上手でした」


「へえ。あたしは、こいつでおまんまを食っとりヤすので」


 詩人は、包帯で目を塞いだ妙齢の女性だった。

 その奇抜な服装に構うことなく、ステラは会話を続ける。


「吟遊詩人と言うからには、王国の動静には詳しいのでしょう?」


「いやぁ、どうでしょう。なにぶん、王都に戻ったのはごく最近でありんすから。ま、風の噂の出どこは多く、酒の席では口に羽が生えるもンです。あたしが知ってることなんざ、まア……、あそこの家の奥さんが、そっちの家の旦那さんと睦んどることくらいですかね?」


「それだけ知っているなら十分よ。私は、ここ最近の王都についてと……、少し前に爆発した、ロールレア家について知りたいの。お代は弾むわよ?」


「左様で。ですがあたし、死人とお上の風聞は垂れ流さないと決めてるんでさア。どちらも関係者に目を付けられると痛い目を見イやすからね。浮き世を渡るだけならば、ぴかぴかのきンは必要じゃァありゃンせん。あたしがそれを欲しくなったら、クロの姐さんに頭を下げでもしますよ。それに、オームの旦那には、目をかけていただいた恩も──」



「私は、ステラ・ディ・ラ・ロールレア。これ以上ない関係者よ」



「──成程。旦那が愛されていた、二人のお子さんの片割れでござんしたか。こいつも因果ですかねぇ……」


 そう言って、詩人はうんうんと唸りながら、


「とりあえず、場所を変えやしょう。駆け込み宿ならぬ押し込み宿の前でするような話じゃありやせん」


「いいけれど……。ただ、この宿から離れると、泊まる場所がなくなってしまうのよね」


「……伯爵家のご令嬢が、こんな宿をお使いで? ははあ。お嬢さんは、聞いていた通りの無鉄砲でいらっしゃる」


「……それで。語っていただけるのよね? 詩人さん」


「ええ、ええ。語らせていただきやしょう。喉が枯れても語りやす。この身が朽ちても語りやすとも。旦那が──オーム・ディ・ラ・ロールレア・ソ・デロル様が、推し進めてきた、この世界のための大業を」



* * *

* *

*



 僕が目を覚ますと、目の前にメリーの顔がどアップだった。

 あとほっぺたが妙に痛い。なんていうか、巨人に強引にこね回されたみたいな、そんな痛みだ。


「……うう。ダンジョン酔い、慣れたつもりだったんだけど……」


 ダンジョン内で歌とか歌うもんじゃないな。いや、ほんとに。喉がらがらだし。多分煤とかいっぱい吸った。すごい体に悪かったと思う。

 いやーー参考になった。もう二度とやらない。


 何せ、こんなこと、もう二度とないだろうからね。

 あの雲より高い要塞は、僕の歌なんかのために、その全存在を賭けていたわけで。何事ってなるし。何だそれってなるし。

 …………それなら、まあ。これくらいなら、してもいい。



「ようやく目覚めたか、キフィナス」


 あ、お久しぶりですレスターさん。

 ええと、その制服……、まだ近衛騎士、続けられてる感じですか。


「ああ。お前のお陰でな」


「いや、僕は何もしてないですよ。近衛騎士になれたのも、続けられてるのも、レスターさんの努力のお陰でしょう。それはそうと、メリーを剥がしてもらえますか」


「すまん。俺には無理だ。あいつ、セツナより話が通じん」


 え、いや、それは流石に侮辱ですよ。

 確かにメリーは口下手で人見知りなところがあるかもしれないけど、いくらなんでもセツナさんより酷くはないです。

 僕は幼なじみを弁護します。


「人見知り……? お前以外とコミュニケーションを取る気がないだけだと思うが」


 いやいや、そこまで酷くないですよ。

 受付のレベッカさんとか、憲兵のアネットさんとか、最近はロールレア家のお二人とも仲良しですし。


「ん。みるめ。ある」


 ほら。

 メリーも仲良しだって。


「言ってないが」


 仲良しだよね?


「ん。きふぃがゆなら。なかよし。なかよしする」


 ほら、仲良しです。


「……ああ、思い出してきた。お前らと話してる時のこの感覚……。ま、それはいい。確認するが、さっきまでの鉄の魔獣は、もう打倒できたってことでいいんだよな?」


「ええと……」


 魔獣というと──カルスオプトか。

 ……多分。もう、二度と現れることはないだろう。

 そうだよね、メリー?


「ん。だいじょぶ。みれん、ない。きふぃが──」


「はい。メリーが、内側からなんとかしました」


「そうか。流石だな。それなら、俺はその辺でノビてる、頼れる先輩方を連れ帰るとしよう。《エイシラセドヒ》」


 レスターさんは、虹色の板を何もないところに突然出現させ、その上にぐったりしている同僚を雑に載せた。


「ゆっくり旧交を温めたいところだが、こちらも忙しい身でな……。また会おう。キフィナス、メリス」


「ええ、また。近衛騎士様と一冒険者風情がいつどこでまた会うのかは知らないですけど」


「……お前も変わらんな、キフィナス。いや、しかし。数年ぶりとはいえ、お前を介さないと会話もできないとは思わなかったぞ」


 え、でも、カルスオプトをお任せする時、しっかり説明とか──。


「貰ってない。俺含め、全員必死だった」



 ……ええと、メリーさん?



「なに」


 顔近いよとか、そろそろどいてとか、ほっぺた妙に痛いんだけどとか、まあ、君に色々言いたいことはあるんだけどさ。


 とりあえず、報連相って大事だと思う。





 そうして、レスターさんは一足先に王都まで?多分王都まで。戻っていった。

 灰の大平原で、僕らは二人っきりになる。


 ……懐かしいな。もう、ずっと前のことだけど。僕らは、ここを旅していた。

 王都に着くまでの想い出は、だいたいろくなものじゃなくて、それでもメリーがいつも隣にいてくれたから、振り返ってみれば何てこともなくて──、


「きふぃ」


 ん、なんだいメリー。なんだか不満そうだけど。

 言いたいことでもあるのかい。それなら、僕も言いたいことあるよ。

 いや、僕はね? 君はもうちょっと人とのコミュニケーション頑張れる子だって──。


「とめたのは。きふぃ」


 あー……、うん。カルスオプトの話? そうだけど。

 でも、メリーが来てくれなかったらどうなってたかわからないよ。

 オルゴールがコアだ、なんて死ぬまで気づかなかったと思うし。君が来てくれてよかった、って素直に思う。


「れすたに。せつめいすべき」


「別にいいでしょ」


「だめ。きふぃ。がんばた。えらい。ほめられるべき」


「いや、いいよ。誰彼構わず褒めてほしいとか、思ってないし」


 誰かからの信頼って、やっぱり荷物になるからね。

 僕は非力で体力がないから、荷物は軽い方がいいんだ。


 それに、僕がやったことと言えば、ただ、墓標で鎮魂歌を歌っただけだ。

 それを『近衛騎士が止められない要塞型の大魔獣を倒した』なーんて受け取られたりしたら、僕はむしろ困ってしまう。


「べつに、僅かでいいんだよ。僕のことをわかってくれる誰かが、ほんの僅かでもいてくれるなら。僕はそれでいいんだ」


 その上で、そのひとが僕のことを褒めてくれるなら。

 それだけで、僕は何よりも誇らしい気持ちになれる。

 それならば、ちょっとくらいなら痛くても怖くても、ほんのちょっとなら我慢してやろう──なんて思えるくらいにはね。





     第二章『世界救済機構カルスオプト』/了










 ……あの、メリー。メリーさん?

 ところで、その、つかぬことをお伺いするんだけど。いいかな。


「ん」


 その手元の録音石、なんだい。


「きふぃのうた。えいきゅうほぞん」


「やめて?」


「くばる。いっぱいくばる。じゅうおくまいくばる」


「やめて? ほんとやめて? 王国の総人口を超えないで?」

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― 新着の感想 ―
[良い点] メリスのキフィナス一直線が可愛い [気になる点] ステラお嬢様に不安な影が... [一言] 只者じゃなかったなあの吟遊詩人さん?
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