第25話 えっ? 俺の周りやばいやつ多すぎ……?
「まぁ、喋らないならそれで良いですけど。ところでこの石あげましょうか?」
お隣さんの気が変わってこの物件の裏事情を喋り出す前に、俺の目的を果たそうとお隣さんに向けて石を差し出す。
するとやっといつも通りになったかと思ったお隣さんがビクッと身体を震わせた。
顔もヒクヒクと引きつっているし、どうやらよほどこの石に似た物にトラウマを抱えているようだ。
「い、いや遠慮しておく。いくら偽物だって分かっていてもちょっとな。もし、そんなもの持っていたら同胞から何言われるか分かんねぇし、何より散っていったアイツらに申し訳が立たねぇよ」
なんか深刻な顔しながら一般人なら絶対一生口にしない語句のオンパレードで拒否られた。
一体この人はこの玉に似た物にどんな目に合わされたってんだよ。
知りたいけど知りたくないよ。
もう現実世界でのオカルトは諦めて久しいんだからさぁ、現在あっちの世界の神秘だけでも渋滞しているのに、こっちの世界まで来ると俺のキャパが破裂しそうなんで今更勘弁してください。
しかし、この得体のしれない物を手っ取り早く手放せると思ったのにダメだったか、くそぉ~。
仕方ない、次にあっちの住人が来たら無理矢理押し付けることにするか。
ピンポーーン。
「あれ? 誰か来た?」
俺が次にやってくる異世界人にどういう理由でこの玉を渡そうかと思っていたら玄関チャイムが鳴った。
「ん? 珍しいなタモツんとこに客が来るなんて」
「余計なお世話ですよ! ったく」
確かにこのアパートに引っ越してきてから、家族はもとより故郷の友達も会社の知り合いも家に招いたことなんてないけどもね。
出前も宅配も滅多に頼まないし、そりゃ珍しいですよ。
「はぁーーい! 誰ですかぁ?」
心の中でお隣さんに愚痴を言いながら、俺は訪問者に対して声をかけながら玄関まで歩いていく。
一体誰だろうか? 普通なら新聞や保険の勧誘とか、変な物を売りつけに来るセールスマンとか、某放送局の訪問員とかが思い浮かぶんだろうけど、何故か新聞とかの勧誘やもこの部屋には来たことがない。
今までそんな煩わしい来訪者が来なくてラッキーと思っていたけど、もしかするとここがヤバい事故物件だと言うのが訪問業界では有名なのかもしれないな。
知りたくなかった事実だよ。
しかし、家族や友人も今日やって来るなんて連絡はなかったし、本当に誰なんだろう?
……あれ? そういえば誰かが階段上がってくる音って聞こえたっけ?
いつもは誰かが階段上り下りする度にカンカンカンカンとやかましく部屋まで聞こえて来てたんだけど。
そんな事を考えていると廊下にいる人物が俺の言葉に反応を返してきた。
「あ~保くん。元気かい?」
どこかで聞いたことのある、かた苦しい言い回しのこの声。
いや、どこかと言うか休日以外は、ほぼ毎日嫌になるほど聞いている声だ。
けど、いつものガミガミと急かしまくる高圧的な声色とは若干違う感じ。
そういや昨日の帰りもこんな風に優しかった気が……。
ちょっと待って? まさか本当に……?
「おや、どうしたんだい? キミの上司の出雲だよ。 昨日の君の様子が酷かったからね。心配になって見に来たんだ」
げぇ! マジで上司だよ!
何しに来たんだって……あぁ俺を心配してきたのか……いや余計なお世話だよ!
休日まであんたの顔を見たくないってば。
「あ、出雲課長お疲れ様です。俺は大丈夫なんでそんなに心配しないでください。ちゃんと月曜日には出社しますんでお気になさらず~」
俺は扉を開けないまま廊下にいる上司へ、遠回しにこのまま帰れと言う願いを込めてそう言った。
いや、上司が訪問してきたんだから、社会人として扉開けて挨拶くらいはして然るべき礼儀だってのは分かっているんだけどね。
今この扉を開けると、そこには明らかにヤバイパンクロッカーがデデーンと座っているんだ。
交友関係に文句を言われるのはパワハラじゃね? とは思うものの、お隣さんと俺が友達とか思われるのは出来るだけ回避したい。
それどころか恋人と間違われたりなんかした日にゃ、社内でどんな噂が飛び交うか考えただけでも恐ろしいよ。
何よりお隣さんにも殺されそうだしな。
「なにっ? 今の声、それにその名前……八雲衆の?」
俺の後ろでお隣さんがそんな言葉を吐いた。
ちょっと待って? その言い方ってもしかして俺の上司の知り合いなんすか?
それになんすか八雲衆って、俺の仕事場までオカルトで侵食しないでください。
「ん? 中から聞こえてくるその品のない声はまさかっ? 開けるぞ保くん!」
「やっぱりお前かっ! 櫛名っ!」
なんか上司とお隣さんがお互い切迫した感じで声を荒げる。
お隣さんなんかどこから取り出したのか分からない多分クナイ? そうあの忍者とかが使うやつ。
それを構えて扉のむこうを睨んでんの。
なにこれ~?
俺の了解を待たずにバンッと勢いよく扉を開けた上司は、お隣さんの姿を見るやいなや、こちらもどこから取り出したかわからない細長い針みたいなものを三本握りしめた左手の指の隙間から突き出させて部屋へと飛び込んで来た。
それに応戦して俺の横をすり抜けて飛び出したお隣さんが、細長い針目掛けて横手に握ったクナイを叩きつける。
鳴り響く金属音と飛び散る火花。
幾合かの剣戟のあと、ギリギリと鍔迫り合いを始めた。
……俺の部屋の玄関で。
「くっ、腕を上げたな。永理!」
「そっちこそ。けど、今日こそはどっちが上か思い知らせてやる」
「「いくぞっ!! これで終わりだ」」
なんかまるで時代劇かはたまた武侠劇かのようなセリフを吐いて、お互い決着をつけようとありったけの力を振り絞っているみたい。
ただでさえボロいアパートなのに、こんなところで暴れられたら部屋が壊れてしまう。
あぁ、なんか柱がミシミシ言ってるし、それどころか建物全体が揺れているよ。
ダメだ。このままじゃ。
なんだか驚きよりも、俺を無視して俺の部屋を破壊しようとしている二人に腹が立ってきた。
「なに俺の部屋で暴れてるんすか二人共!! 喧嘩するなら他所でやってください!!」
今まさに雌雄を決しようと最後の一撃がぶつかり合う瞬間、俺は腹の底から力を振り絞って大声を上げた。
その声に反応するかのように二人の動きがピタッと止まる。
そして俺の顔を恐る恐る見てきた。
なんか二人して「やってもうた」って感じの焦った顔をしている。
そして、二人共俺の方に向き直りその場で肩を落として申し訳ないようにもじもじと棒立ちした。
俺の言葉で止まってくれることに驚いたんだけど、まぁ人の部屋で暴れるのはダメなことって言う常識は持っていたのかな?
……既に非常識極まりない人達なんだけどさ。




