第19話 帰っていった来訪者と残された厄介物
慌てて顔を上げて掲示板を見ると、そこには新しいメッセージが表示されていた。
『カウントダウンを開始します。 送還まで4:58』
その文字通り、見ている間にもどんどん数字が減っていく。
「げっ! ガルバンさん、あと5分くらいで元の世界に戻るみたいです」
そう言ってガルバンさんに目を向けると、なんだか小さな光の粒子がガルバンさんの周りに集まり出してきていた。
しかも、どんどんとその数は加速度的に増えている。
「むっ? この光は……。どうやらそうみたいじゃの。ふむ、もっとおぬしと話をしていたかったが仕方あるまい。これはおぬしでもにもどうにも出来ん事なんじゃろ?」
「はい、俺もただ巻き込まれているだけなので。俺ももっと聞きたい事があったのに……」
お隣さんが乱入してきたせいで、話そうと思っていたこと全部吹っ飛んじゃったよ。
くそ~あのオジャマ虫めー!
最初ガラバンさんが現れた時は、がっかり度が半端なかったけど、思った以上に楽しかった。
異世界物あるあるも堪能出来たし、ゲームの歴史に介入出来たのも嬉しかったんだ。
ごめんなさい、★1なんて思っちゃって、あなたは★5のSSRでしたよ。
「ふむ、運命とはなんと面白いものよ。儂の人生はあの罠のせいで幕を閉じたと一度は諦めたが、それが異世界に来て、美味い物を食べ、しかも念願の金剛石の在処も知れたのじゃからな。本当におぬしには感謝しておるよ」
とても愉快そうに顎髭を摩りながら俺にそう語るガラバンさん。
リアさんの時の一方的な感謝とは違い、今度の感謝はちゃんと受け取れる気がする。
なんだか胸が熱くなってきたよ。
リアさんとは、こんな風に別れの挨拶を交わしながら送り返すことが出来なかった。
今度こそ異世界からの迷い人にさよならを言ってお別れ出来る。
本当に感無量だ。
「えぇ、お元気で。縁が有ったらまた会いましょう。って、あの罠は危険ですし、次もここに来れるか分かりませんので、今の言葉を律儀に守ろうとして、また罠にかかろうなんて思わないで下さいね」
「がっはっはっ。分かっておる。元より旅人の出会いは奇跡のような一期一会。そして奇跡などそうそう起きんから奇跡と呼ばれるのだからの。おっ、そうじゃ。さっき言っておった魔道具の事じゃが、おぬしにやろう」
ガルバンさんは、そう言ってリュックの中をゴソゴソと漁り出した。
そして、銀色に鈍く光る円盤状のなにかを取り出す。
大きさは丁度オリンピックのメダルくらい。
そこに細かな装飾が施されている。
それがアダマンタイトで造られた魔道具?
ハイランカーの俺でさえ、その素材から造れる魔道具の存在は知らなかった。
デザイン自体もゲームでは見た事のない物なので、未実装アイテムってことなんだろうか?
「ほれ、受け取れ。これは採算度外視して作った試作品じゃ」
「ありがとうございます。これは、一体どんな魔道具なんですか?」
「おう。それは、おぬしを……ん? おっと、もう時間が残ってないようじゃわい。これはヤバイのう。すまんがこの酒樽をリュックに詰めるのを手伝ってくれ」
あぁ、いいところで! これで俺がどうなるって言うの? ちゃんと教えてくれーーー!
と、文句を言いたいが、確かにもう時間がなさそう。
ガルバンさんの周りに集まった光も最高潮で、全身眩しいくらい輝いている。
カウントダウンの残りも、既に一分を切ってるし、急がないと大切な酒樽を、この世界に置いていってしまう事だろう。
それを恐れてか、さすがのガルパンさんも大慌てだ。
「分かりました。俺がリュックの口を広げますからどうぞ」
「おう、助かる。よいしょっと、お?」
もう僅かな時間しか残っていない事に慌てたガルバンさんが、俺が両手で大きく開いているリュックの口へと目掛けて、思いっきり酒樽を突っ込んだんだけど、その拍子にリュックから何かが飛び出してきた。
それは、なんだか少し細長いキラキラと虹色に光るラグビーボール状の物体。
それが勢いよくコロコロと床を転がっていく。
俺は慌ててそれを掴もうとしたけど、意思を持っているのかの様にスルッと手をすり抜けた。
諦めずに、台所まで這うように追って行くが、何故だかやはりスルスルと俺の手から逃れていく。
「ちょっと、なにこれ?」
「ふむ、それは旅の途中で見付けた鉱石でも宝石でもない、まっこと不思議な物質じゃ。魔法で鑑定しても、ついぞ正体が分からんかった。ここで飛び出したのも何かの縁じゃな。よし、この際だ。そいつもおぬしにやろう」
「え?」
ちょっと、勝手に動く正体不明の物体なんて怖くて要らないのですが。
ただの厄介払いじゃないですよね?
と、四つん這いのままの俺は、後ろを振り返って文句を言おうとしたが、それは叶わなかった。
既にリュックを背負ったガラバンさんが、光りに包まれて部屋の中央で浮かんでいたからだ。
ガラバンさんは優しげな眼差しで、這いつくばったままの俺を見下ろしていた。
はぁ、ここで文句を言うのは野暮って話だ。
俺はその場で姿勢を正して正座した。
「酒を交わしあったら皆兄弟。おぬしも儂の、いや儂らの里の兄弟じゃ。では達者で暮らせよ。さらばじゃ」
「えぇ、ガラバンさんもお元気で」
次の瞬間、部屋中に光が溢れて……消えた。
こうして、二人目の来訪者が去り、部屋には静寂と共に、俺と一つの魔道具……と謎の光る玉が残されたんだ。
「とまぁ、感傷に浸るのは置いといて、さて、どうしよう……?」
俺はそう呟く。
既に掲示板は消え、外部からの環境音も耳に届いている。
まるで先程までの出来事が嘘みたいだ。
しかし、それを否定するものが、今回もしっかり残ってるから現実なんだよなぁ。
大きくため息を吐いた俺は、改めて謎の光る玉に目を向ける。
今は台所の隅でじっと動かない。
さっきは俺の手から逃げるようにすり抜けていたけど、あれは気のせいだったのかな?
形がラグビーボールみたいだから不規則にバウンドしてたとか?
などと、少し現実逃避をしていた俺だが、このまま謎の物体を台所の床に転がしていても、ゴキブリに齧られるだけなので、意を決して光る玉に向かって手を伸ばした。




