第18話 ちょっま! なに言ってんすか! なに言ってんすか! 大事な事だから二度言いました。
あっ! そうだ! このまま居留守を決め込んだら良いんじゃないか?
じっと黙ってたら、その内飽きて部屋に戻るでしょ……。
「おーーい! 帰宅してから外に出てってないのは音で分かってんだ。大家に言って合鍵貰ってくるぞーー!」
おい! 秒で大家フラグ回収するなよ!
しかも、音で分かってるってなんだよ。
怖ぇぇよ、ヤンデレストーカーかよ。
いや……まぁ、昨日の今日だ。
純粋に俺が自殺でもしてないか心配だったからと信じよう。
こうなったら仕方無いかぁ~。
どっちにしろ、このまま何もしなかったら通報されて部屋に乗り込まれる事は不可避の状況だ。
取り敢えずガラバンさんを紹介して、いま来客で忙しいと言って帰ってもらう……いや、こんな変な生物なんて目撃したら別の意味で通報されないか? ……保健所とか。
俺の身体では玄関の前に立ち塞がっても、扉の隙間全部を覆い隠せる訳ないし、ガラバンさんに隠れてもらうにしても、台所と部屋を隔ててるのは、ガラス戸だから部屋の中は丸見えだ。
なら、ユニットバスに隠れて……いや、それ無理。
ガラバンさんの大樽みたいな図体じゃ、そもそもユニットバスの扉なんか通れねぇよ。
ふぅ、これはもう腹を括るしか無いな。
この広い世の中、頭が人の2倍以上有って、筋肉モリモリの大樽体型ヒゲモジャな小さい人が居る可能性もあるじゃないか。
なんか言われても、こんな体型の人なんだと言い張って保健所への通報はなんとしても回避しよう。
開き直りと勢いで乗り切ってやる!
「えっと、ガラバンさん。なんか隣人が来たみたいなんで、ちょっと待ってて貰えます?」
「うむ。そのようじゃの。しかし、おぬしの隣人は、えらくやかましいのう」
本当にね。
いつもは俺にうるせぇと文句言ってくるってのに、自分は棚に上げるもんなぁ。
「ちょっと、お隣さん。そんなに叩くと扉が壊れてしまいますって」
「おっ居るじゃねぇか、さっさと出て来いっての。心配するだろ?」
あれ~? やっぱり会話出来てる。
おかしいなぁ~? 次元の狭間はどうなってんだろ?
しかし、お隣さんマジで言葉悪いな。
ガチャッ。
「ちょっと立て込んでただけですよ。俺は大丈夫ですって」
「ふ~ん? なんだ昨日あんだけ凹んでたってのに、なんか元気そうじゃん。おっ? おっ? もしかして新しい女でも連れ込んだかぁ?」
俺の顔見た途端、一瞬嬉しそうな顔をしたんだけど、なにかを察した様子で、すぐにしかめっ面して俺と扉の隙間から部屋の奥をキョロキョロと覗き出したお隣さん。
冗談でも止めて! 奥にいるのは樽みたいな体型のおっさんです。
それ見て変な勘違いされたらどうしよう?
「ん~~? あれ? 何だ誰も居ねぇじゃねぇか。あっ、分かった。おいおい、一人で寂しくシコってたんだろ? だから中々出て来なくて焦ってたんだな? おぉ?」
「え?」
お隣さんの言葉に驚いた俺は、慌てて後ろを振り返った。
誰も居ないだって? いや、デデーンとおっさんが居る筈なんだが。
もしかして、今のタイミングであっちの世界に帰ったのか……うん、やっぱり居るじゃん。
俺の目線の先には呆れた顔のガラバンさんがこちらを見ている姿がある。
いくら俺の身体越しに見てるからと言って、あんな人間離れした物体を見落とすとは思えない。
もしかして、次元の狭間の影響で部屋の外からじゃ中の様子は見えないのか?
もし、そうだとしたら、助かっ……、
……って、うぉぉいっ! 誰がシコってるってんだよ!
「ちっ、違いますよ! そんな事してませんって! 外で大声出して変な言いがかりを付けないでください」
「はっはっは~。恥ずかしがらない恥ずかしがらない。若いんだから行き場の失くした熱いパッションはしっぽり発散しねぇとな」
「だから違うって!」
本当に言葉汚いな。
なんで単語が一々おっさん臭いんだよ。
俺とそんなに年齢変わらないだろうに。
「悪かった悪かった。そんだけ元気が有るんなら良いんだ。まぁ、どうしても一人じゃ寂しいってんなら、このおねえさんが相手してやってもいいんだぜ?」
そう言って、お隣さんは人差し指と親指で輪っかを作り、それを激しく上下に動かしながら、舌を艶かしくレロレロしだす。
「ちょっま! なに言ってんすか!」
ちょっま! なに言ってんすか!
思わぬお隣さんの言葉に、脳内でも同じセリフを叫んでしまった。
俺が顔を真赤にして恥ずかしがっている様子に満足したのか、お隣さんは笑いながら「わっはっはっは! じゃあな」と言って、自分の部屋に帰っていった。
くっそ~、絶対俺のことをからかってやがるな。
今朝あられもない格好して俺のベッドを占領してたのも、あれ絶対わざとだわ。
俺の反応を見て、楽しんでやがる。
やっちまった……情けない姿見せて弱み握られてしまったから、もう完全におもちゃ扱いだわ。
俺がブツブツと文句言いながら部屋に戻ると、ガルバンさんが可哀想な物を見る目で俺を見ている。
「あの下品な言葉遣いのおなごが、おぬしの隣人か。まったく大変じゃのう」
本当にね…くそっ。
まぁ、いつもみたいに怒鳴り込まれるよりかはマシなのかな?
……そう思っておこう。
「ピコン」
俺がガルバンさんの同情に、同意のため息を吐いていると、あの電子音が鳴った。




