第13話 そして、それは突然に……
「出来るだけ早く帰りたいですが、ずっと仕事が忙しくて今日も遅くなると思います。退屈が紛れるか分かりませんが、テレビ点けときますね」
「て、てれび? てれびとはなんですか?」
俺の言葉に、声を弾ませて目をキラキラさせているリアさん。
自分の知らない異世界の情報に興味津々と言った様子だ。
「見たら驚くと思いますよ」
俺はそう言って立ち上がり、パソコン台の傍らに置いてあるリモコンを手に取って、電源ボタンを押した。
「わっ!! 黒い石碑と思ったら、人が! 音が! す、凄い! しかも絵じゃなくて動いてる……中に人が居るの? いや、そんなまさか……」
お~、何か思ったより『タイムスリップした人にテレビ見せた場合』の反応をしてる。
テレビの裏に回って確認してるし……って、「ちょっ待って! 画面を叩かないで下さい。壊れちゃいます」
ふぅ~この子ってば、なに気にすぐ手を出しがちだよな。
さっきも次元の狭間にパンチしてたし。
「リアさんの世界に例えて解りやすく説明すると、その板は幻影魔法を応用した魔道具みたいな物と考えて下さい。別の場所で保存された風景をその板に投影しているんです」
俺の解説は思ったより、リアさんの世界で的を射た例えだったらしく、「なるほど~、これは先日魔術学会で理論発表されたトリメギトスの遠望球を、更に発展させた所謂完成形と言うやつですね?」と目を輝かせながらテレビを見入っていた。
ごめん、その遠望球ってのが何か分からないから同意出来ない。
けど、そんなに気に入ってくれたのなら一安心だ。
これで俺が居なくても退屈しないでしょ、あとでリモコンの使い方でも教えてあげるか。
◇◆◇
あれから少し早めの朝飯を食べ、風呂に入ってさっぱりした俺は、部屋の中の設備について一通りの説明を行った。
テレビの付け方、水の出し方、火の付け方、風呂の沸かし方。
その度に、あれこれと質問されたけど、時間に余裕が無いし、詳しい話は帰ったらしますと言って、簡単な解説だけに留めた。
「じゃあ、そろそろ俺は用意して仕事に行きますね」
そう言って、俺は洗面所も兼ねているユニットバスに籠もり服を着替える。
ブラック過ぎるうちの会社だが、一つだけ良いところは、内勤しか無い日は背広を着る必要がないところだな。
今日はクライアントに出向く案件もないし、動きやすくて楽な柄物Tシャツとハーフパンツにしよう。
「じゃあ、行ってきます。ご飯は棚にカップ麺の買い置きがありますので、お腹減ったら好きに食べてて下さい」
「先程食べたお湯を入れるだけで完成するとても美味な携帯食ですね! ありがとうございます! それでは行ってらっしゃいませ。タモツ様」
あ~~いいなぁ、誰かからの『いってらっしゃい』。
しかもリアさんみたいな美人に言ってもらえるなんて感無量だよ。
まるで新婚さんみたいじゃないか。
「あっ、そうだ! ちょっと待って下さいタモツ様。少しでもお仕事のお手伝になればと、とびっきりの補助魔法をお掛けします。『ストレングス』『インテリジェンス』『クイック』『デクステリティ』『バイタリティ』『ラック』!」
「補助魔法? って、うおっ、おっ、おっ……」
す、凄い! 次々と唱えられる呪文に合わせて、立て続けに俺の中に不可思議な力が湧いてくる。
こ、これが補助魔法というものか!!
回復魔法も凄かったけど、これは身体の根本から作り変えられていく感じがする。
これなら、どんな困難が襲って来たとしても乗り越えられそうだ!!
「ふぅ~、ちょっと張り切っちゃいました。魔力をいっぱい込めましたので丸一日は効果が持つと思いますよ」
「ありがとうございます!! これならトラックが襲ってきたとしても、異世界転生するようなヘマはしませんよ」
「?? とらっく? て、転生?」
「あぁ~これも元気いっぱいを表す慣用句です。気にしないで。では行ってきます!」
「はい、行ってらっしゃい」
そう言って元気ハツラツで会社に向かった俺だが、その日の業務は一言で言うなら『無双』。
全ての身体能力がモリモリに底上げされた俺は、溜まりに溜まっていた案件を片っ端から片付けていった。
その様子に同僚だけでなく、いつもガミガミと煩い上司までも目を丸くさせて驚いていたくらいだ。
まぁ、それだけ頑張った理由は、家で待つリアさんのためだな。
今日こそは定時で帰るぞ。
そして、ショッピングモールでご馳走を買って、二人だけのパーティを開く。
そう考えると、仕事する手が止まらなかった。
とうとう待ちに待った終業時刻。
追加で仕事を増やそうとする上司を振り切り、さっさとタイムカードを切った俺は会社を飛び出した。
背後から上司が「彼女でも出来たかコノヤロー」と怒鳴っているが、そんな言葉も聞く耳は持たずにショッピングモールまで走っていく。
彼女だって?
なに言ってんだよ上司のやつ! リアさんはあくまで……あ~姪? 妹? そんな感じ。
だって既に幼馴染の彼氏が居るみたいだし、そんな高望みはしていないての。
ご馳走と言っても、所詮安月給なのでお惣菜パックばかりだ。
それを2人分にしてはちょっと多いか? って量を買い込んだ俺は意気揚々とアパートの前まで帰ってきた。
いつもなら陰鬱と見上げる、外に張り出た二階廊下へと続く、塗装の剥げた鉄製の階段。
だけど今日は違う。
だって、俺の部屋にはリアさんが待ってるんだから。
俺は階段を駆け上がると、部屋の前まで廊下を軽やかにスキップしながら向かう。
そしてワクワクしながら扉を開けて、部屋に飛び込んだ。
「え……?」
飛び込んだ先の光景を見て俺は絶句した。
思わず手に持っていたご馳走の詰まったレジ袋を手放す。
それはぐしゃりと音を立て、袋の中から幾つかのパックが台所に散らばった。
部屋には誰もいない。
ガランとした狭い俺の部屋、そして途轍も無い違和感があった。
いや、言葉を間違えた……違和感ではなく、これは既視感だ。
そう昨日までと同じ俺の部屋。
令和の時代に今どき存在するのかと思う土壁は経年劣化から薄汚れ所々ひび割れており、部屋を支える柱は茶色を超えてどす黒く色褪せている。
どこか壊れていると言うわけでもないけれど、なぜか心底落ち着かない俺の部屋だ。
あの出来事は夢だったのだろうか?
辛い残業の毎日を送る俺に、願望と言う現実逃避が見せた楽しい夢。
それを証明するかのように、今朝俺が出勤した時も部屋の中央に浮かんでいた青く光る伝言板も消え去っていた。
あれだけ何も聞こえなくなっていた外からの環境音も、今は耳に届く。
あぁ、違う。
俺は夢を否定する物が幾つか残ってる事に気付いた。
俺の身体に残っている魔法の痕跡、明かりが灯ったままの部屋、点いたままのテレビ、朝二人で食べたカップラーメンの器も台所の隅に置いてあるごみ袋の中に存在していた。
それに、朝より器が増えている……お昼もちゃんと食べたんだな。
よかった、どうやら俺は狂った訳ではないようだ。
彼女は確かにこの部屋にいた。
そして、元の世界に帰ったんだ。
それは喜ばしい事なんだけど、心の中にぽっかりと穴が開いたようにとても寂しかった。
一緒にいたのはたった数時間だけだったんだけど、とても楽しかったんだ。
彼女に対する恋とか、そんな感情ではないと思う。
現実と向き合うために捨て去った、思い出達に、久し振りに出会う事が出来たから……、それが懐かしくて嬉しかったんだ。
いや、そんな感情もリアさんと一緒だったからなのかな? よく分からないや。
俺はその場で膝から崩れ落ちて、嗚咽を漏らし動けなくなった。
暫くすると、俺の嗚咽にイラついたのか、隣の部屋の奴が怒鳴り込んできた。
けれど、俺の涙でぐちゃぐちゃになった顔と散乱している総菜パックを見た途端、どうやら彼女に振られて逃げられたと勘違いしたのだろうか?
なんだかとても優しく慰めてくれたので、そのまま二人で総菜を肴にして酒を飲み明かす事にした。
翌朝床に転がったまま目が覚めると、何故か俺のベッドを隣人が占有してあられもない姿で爆睡していた。
起こすのも面倒臭いので、そのまま放置して会社に向かったのだが、二日酔い+いまだ喪失感から回復出来ていない憔悴した俺の顔を見た上司も、何故かとても優しく、それがとても気持ち悪かったのを覚えている。
しかも、「今日も定時でいいよ。それに明日は休みだ。今から私と飲みに行くかい? 傷心の保くんを慰めてあげよう」とか言い出したので、丁重にお断りして帰る事にした。
そして、今俺は自分のベッドの上で寝ころび、ただぼーっと天井を見上げている。
あ~退屈だ、けれどゲームをしようにもやる気が起きない。
だって、現実逃避じゃなく本当の不思議を体験したんだ。
その埋め合わせをゲームなんかで補える訳がない。
あ~そう言えば、リアさんから幾つか聞いた俺の知らない異世界の情報。
あれってゲームに出てくるのかな?
明日は休みで、別に予定もないんだ。
一日かけて探したら、一つくらいは見付かるかもしれない。
リアさんと繋がった痕跡、それを探る事を思い付きベッドから起き上がった。
そしてPCの電源を入れようとすると、「ピコン!」。
突然、またあの電子音が部屋に鳴り響いた。
第一章 終わり
今回の話は少し文字数が多くなりましたが、第一章の最終回となります。
二章からは様々な人物との出会いの話になっていきます。
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