84・出会いの答え合わせ
クレイルドは持ってきていたバスケットを開けると、そこから円柱の缶を取り出した。
それは父が遠出すると手土産に買ってくる、クッキーなどが入ったお菓子缶に似ている。
しかし蓋が重ねられて密閉されているため、中身は全く分からなかった。
クレイルドはそれを、ティサリアのそばに来て渡した。
「開けてみてくれる?」
ティサリアは受け取った缶をテーブルの上に置くと、緊張しながらその蓋を取る。
その瞬間、ふわりと甘い香りが漂ってきて、ティサリアの胸は痺れるように震えた。
(そんな……)
ある確信に胸が高鳴ってくる。
それをなだめるように深呼吸すると、ティサリアはおそるおそる中を覗き込んだ。
そこには黄色くまるい形をした、どこかかわいらしい雰囲気のカステラがある。
ふっくらと焼き上がった生地からは、触れずともわかるしっとりとした、あの柔らかさが伝わってきた。
「……ふわふわカステラ!」
それは人生で一度だけ出会い、ティサリアにあの幸せな気持ちを教えてくれた食べ物だった。
「これは、あの……!」
聞きたいことはたくさんあるはずなのに、なかなか肝心の言葉が出てこない。
「ど、どうしてこのことを知って……!! ううん、どうやってこれを持ってきてくれたの!?」
「俺が作ったんだよ」
平然と答えるクレイルドに、ティサリアは目を丸くして言葉を失う。
「このカステラはお菓子作りを趣味にしていたギルバルト殿が、竜騎士団長を引退された後に考えた、竜用のおやつだよ。あの時はまだ竜のイメージが悪かったからね。ギルバルト殿が『私の趣味を殿下にだけお伝えします』って、こっそり教えてくれたんだ」
「ひいお爺様が!」
「だからヴァルドラに作って持っていったんだよ。だけどあいつは逃げてしまったから、帰ってから俺とギルバルト殿で食べたんだけれど……結構うまいだろ? だからギルバルト殿の邸館で静養中に、俺が自分好みに改良して作ったりもしていたんだ」
「じゃああのメイドの子に、ふわふわカステラを持たせてくれたのはクレイ?」
返事の代わりに、クレイルドは気まずそうに目を逸らす。
その横顔が、あのときカステラを差し出してくれた、いつかのメイドの子と重なった。
「ま、まさか! フリフリのメイド服を着て、無言無表情でふわふわカステラを持ってきてくれた、あの可憐な美少女は……!!」
「変装するのに手ごろなものが、あれしか見つからなかったんだ」
「な、なるほど」
(そっか。クレイは人目を忍んで静養中だったから、本人だと知られるわけにはいかなかったんだろうけれど)
クレイルドが初めて会ったときの話を、どうにも言いたがらなかった理由がこれだと、ティサリアはようやく理解する。
「だけどとても似合いすぎていて、かわいすぎて、今まで全く気付けなくて……その、ごめんなさい」
「……うん」
(だけどクレイは、ひとりで泣いていた私を励まそうと思って、したくない格好をしてまで持ってきてくれたんだよね)
ティサリアは改めて、自分の知らない所でクレイルドに支えられていたのだと気づき、胸が温かくなった。
「クレイ、あのとき私のことを見つけてくれて……本当にありがとう」
その言葉に、クレイルドは少し表情を和らげて頷くと、自分の作ったそのカステラに目を向ける。
「俺にとってこのカステラは、ヴァルドラが逃げていったあと自分で食べた、苦い思い出の味でもあるんだよ。だけど泣いていたティサリアが、本当においしそうに食べてくれてから、君に初めて会えた大切な思い出に変わったんだ。もしよければ、また食べてくれる?」
「はい、もちろん!」




