65・決意
『先ほど町の魔獣を追い払った後、窓から俺に手を振ってくれた子どもがいた……気がする』
「その子、私も見たよ! 最近は二股の尾を持つ竜が有名になっているんだって。町を襲う魔獣を追い払うから『アルノリスタの守護竜』って呼ばれてるんだよ」
『守護竜……』
「うん。クレイがそう教えてくれたの!」
クレイルドの名前が出てきて、ヴァルドラから動揺が伝わる。
「クレイは竜のイメージが良くなってるって、喜んでいたよ」
『……』
ヴァルドラは黙っていたが、明らかにもじもじしているその様子に、ティサリアは微笑ましい気持ちになった。
(もしかしたらいつか、ヴァルドラが現れても、この国の人たちみんなが歓迎してくれるようになるかもしれない。ヴァルドラが危険だって誤解を受けているのが原因なんだし、それが解ければ……)
「これからも一緒に、魔獣を追い払おうね。私も結界術とか、ちょっとは役に立てると思うし!」
ヴァルドラはわずかに頷くと、照れ隠しのように少しぶっきらぼうな言い方をする。
『だけどティサリア、その守護竜とやらを、クレイが二股の尾をした竜だと言っていたんだろう? どう考えても、それは俺のことだとバレている気がする』
「う、うん……」
『もしかすると、俺の背に乗ってる竜騎士もティサリアだとバレてるんじゃないのか?』
「えっ!? そ、それはごまかしたから大丈夫だよ! 竜騎士は鎧兜を身につけていて、正体不明だって言っていたし。ヴァルドラと知り合いだと思われないように気をつけてるし!」
ヴァルドラは納得していない様子で何かを言いかけたが、ふと東の方角に意識を向ける。
『ん……空から人の気配がする。しかも大勢だ』
「人がたくさん……? そういえば、フォスタリア領空で、飛空船のお披露目パーティーがあるって聞いたよ」
『飛空船? 空飛ぶ乗り物か』
「クレイもそこに行ってるんだって」
『……そうか』
クレイの名を出すといつもは黙るヴァルドラが、今日は歯切れ悪く返事をする。
彼の気持ちの揺れが伝わって来て、ティサリアは思い切って聞いた。
「一緒に見に行かない?」
『お、俺はあいつに会うつもりはない』
「会わなくてもいいんだよ。少し遠くから、こそこそ覗きにいこうよ」
『……こんなでかい体の竜がこそこそしていたら、怪しくないか?』
偉大な竜にも恥じらいはあるらしい。
「怪しいから雲に隠れて、誰にも見られないようにしよう!」
『……やっぱり怪しいのか』
他者を恐れない孤高の竜が、こそこそと覗き見をするとは考えもしていなかったらしく、ヴァルドラは真剣に悩んでいるようだった。
「クレイはすごく背が高いんだよ」
『それは紙芝居で見たから知っている。人の子も、少し見ない間であんなに大きくなるんだな』
「顔もきりっとしてかっこいいよ」
『それも紙芝居で見た』
「声は落ち着いていて、大人っぽいのに優しい人だってわかるよ」
『紙芝居でティサリアの声真似を聞いた』
「この間私が作った、リンのアミュレットをつけてるよ」
ヴァルドラはぐ、と喉を鳴らした。
『俺はクレイに会わない。こそこそ覗き見するだけだからな』
恥じらいは捨てたらしい。
ヴァルドラは大きな翼を一層広げると、白雲の浮かぶ東の空へ、ぐんと速度を上げた。




