56・黄リンゴのパウンドケーキ
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エイルベイズ邸の談話室に、よく焼けた小麦とバターの香ばしい匂いが満ちている。
それはヴァルドラも気に入った、あの黄色いリンゴを主役にしようと作ったパウンドケーキから漂っているものだった。
こんがりとした焼き色のそれはきれいに切り分けられ、断面の生地にはたくさんの角切りリンゴが、熟した蜜のように黄色く艶めいてる。
ティサリアとテーブルをはさんで座っていたクレイルドは、白い皿にのせられたそれを品のある所作で口に運び、思わず目を丸くした。
「……俺、ここまでおいしいパウンドケーキは、今まで食べたことがなかったよ」
それはしっとりと柔らかく焼き上がった生地に、甘く漬け込まれたリンゴの風味が爽やかな食べ心地だった。
果肉の柔らかくしゃりっとした歯ごたえもみずみずしく、いいアクセントになっている。
「特にこのリンゴ。よくあるリンゴのような味なのに、今まで食べてきた中で一番うまいって断言できるのが不思議だな。甘みと酸味のバランスも絶妙だし、噛むときの食感もよくて不思議と癖になる。これならいくらでも食べていられそうだ」
「気に入って頂けましたか? このリンゴはエイルベイズ領内で栽培されたもので、私も大好きなんです」
「へぇ。エイルベイズ領では竜に関わる特産品が多いと聞いていたけれど、果樹も結構充実しているんだね」
「実はこのリンゴも、竜用に改良されたものなんですよ。以前話した竜騎士の友達と過ごした時、竜たちがあまりにもおいしそうに食べるのを目の前にしまして……。そうやって竜や友達と食べた味が忘れられなくて、今でも好きで食べています。竜用というのは、特に竜の健康を助ける栄養素がたくさん含まれているためで、もちろん人にとっても良いものです。安心して召し上がってください」
「うん、本当においしい。ティサリアがこの味を忘れられないというのもわかるな」
白い皿には、ふんわりとしたクリームと若葉色のハーブも添えてあった。
パウンドケーキにその舌ざわりのよいクリームを付けると、まろやかな甘みが合わさり、また違った味わいとなる。
クレイルドの品の良い顔が大きな口を開け、心底おいしそうに食べている様子が新鮮で、ティサリアはフォークを動かすことも忘れて魅入っていた。
(ヴァルドラが好きなこの黄リンゴを、クレイにも食べて欲しくて作ってみたけど……喜んでもらえてよかったな)
ふと視線を上げたクレイルドと目が合い、見つめ返される。
その凛々しい眼差しに、思わず頬が熱くなった。
「す、すみません。ぶしつけに見てしまって」
「いや。俺が食べることに夢中になりすぎてたから。子どもみたいな振る舞いで、失礼だったかな」
「そんなことはありません。私、嬉しかったんです。ずいぶん忙しくされていたようなのに、食べている姿はいきいきとして見えたので」
「それはそうだよ。久しぶりに君と会えたんだから」
さらりとした言葉に心をからめとられて、ティサリアはますます赤くなった。
「あ、あの……はい。私も……同じです。その、クレイと」
「……え?」
「私も、同じです」
「いや、そっちじゃなくて。その後……」




