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【完結】地味顔令嬢は平穏に暮らしたい  作者: 入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆


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56・黄リンゴのパウンドケーキ

 ***


 エイルベイズ邸の談話室に、よく焼けた小麦とバターの香ばしい匂いが満ちている。


 それはヴァルドラも気に入った、あの黄色いリンゴを主役にしようと作ったパウンドケーキから漂っているものだった。


 こんがりとした焼き色のそれはきれいに切り分けられ、断面の生地にはたくさんの角切りリンゴが、熟した蜜のように黄色く艶めいてる。


 ティサリアとテーブルをはさんで座っていたクレイルドは、白い皿にのせられたそれを品のある所作で口に運び、思わず目を丸くした。


「……俺、ここまでおいしいパウンドケーキは、今まで食べたことがなかったよ」


 それはしっとりと柔らかく焼き上がった生地に、甘く漬け込まれたリンゴの風味が爽やかな食べ心地だった。


 果肉の柔らかくしゃりっとした歯ごたえもみずみずしく、いいアクセントになっている。


「特にこのリンゴ。よくあるリンゴのような味なのに、今まで食べてきた中で一番うまいって断言できるのが不思議だな。甘みと酸味のバランスも絶妙だし、噛むときの食感もよくて不思議と癖になる。これならいくらでも食べていられそうだ」


「気に入って頂けましたか? このリンゴはエイルベイズ領内で栽培されたもので、私も大好きなんです」


「へぇ。エイルベイズ領では竜に関わる特産品が多いと聞いていたけれど、果樹も結構充実しているんだね」


「実はこのリンゴも、竜用に改良されたものなんですよ。以前話した竜騎士の友達と過ごした時、竜たちがあまりにもおいしそうに食べるのを目の前にしまして……。そうやって竜や友達と食べた味が忘れられなくて、今でも好きで食べています。竜用というのは、特に竜の健康を助ける栄養素がたくさん含まれているためで、もちろん人にとっても良いものです。安心して召し上がってください」


「うん、本当においしい。ティサリアがこの味を忘れられないというのもわかるな」


 白い皿には、ふんわりとしたクリームと若葉色のハーブも添えてあった。


 パウンドケーキにその舌ざわりのよいクリームを付けると、まろやかな甘みが合わさり、また違った味わいとなる。 


 クレイルドの品の良い顔が大きな口を開け、心底おいしそうに食べている様子が新鮮で、ティサリアはフォークを動かすことも忘れて魅入っていた。


(ヴァルドラが好きなこの黄リンゴを、クレイにも食べて欲しくて作ってみたけど……喜んでもらえてよかったな)


 ふと視線を上げたクレイルドと目が合い、見つめ返される。


 その凛々しい眼差しに、思わず頬が熱くなった。


「す、すみません。ぶしつけに見てしまって」


「いや。俺が食べることに夢中になりすぎてたから。子どもみたいな振る舞いで、失礼だったかな」


「そんなことはありません。私、嬉しかったんです。ずいぶん忙しくされていたようなのに、食べている姿はいきいきとして見えたので」


「それはそうだよ。久しぶりに君と会えたんだから」


 さらりとした言葉に心をからめとられて、ティサリアはますます赤くなった。


「あ、あの……はい。私も……同じです。その、クレイと」


「……え?」


「私も、同じです」


「いや、そっちじゃなくて。その後……」




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