54・ヴァルドラの真意
「はじめまして、私の名前はティサリアです! 好きな食べ物はふわふわカステラ! 趣味は、普段は内緒にしていますが竜に乗ること! 特技は、これも普段は内緒にしていますが解呪とか結界術とかアミュレット製作とか色々です!!」
ティサリアはマイリーンを観客代わりにして、何度も練習した挨拶を噛まずに言い切った。
大満足で見つめると、緋竜はしばし熟考する。
『……聞けば聞くほど、お前が何者かわからない』
「今の挨拶で私が怪しい者ではないと、あなたに知ってもらえれば十分です!」
『竜の巣に転がり落ちた後、恐れも見せず平然と自己紹介を始める者は怪しくないのか?』
「……そ、そう言われてみると……」
『いや、まあいい。気にしないことにしておく』
「あ、ありがとうございます! お近づきのしるしに、こちらをどうぞ!」
ティサリアは背負っていたリュックをおろした。
そこから竜たちが大好きな黄リンゴをひとつ取り出し、一瞬だけヴァルドラの側に近づいて置くと定位置に戻る。
ヴァルドラは何も言わなかったが、顔を寄せてふんふんと匂いを嗅いでから、それを食べはじめた。
洞の中に、しゃりしゃりとみずみずしい音が反響する。
(毒ではないかを確認していたけれど、すごくおいしそうに食べてるし……気に入ってくれたみたい)
元気に自己紹介をして怪しさが増すのは想定外だったが、ティサリアは作戦が予定よりうまく行っていると、手ごたえを感じる。
(クレイに育ててもらっただけあって、ヴァルドラは一般的な野生の竜より人に慣れているし、おしゃべりも返すようになってくれている。だからあと一歩。あと一歩踏み込めれば大切な話ができるはず……)
どう切り出そうか悩んでいると、ヴァルドラからティサリアに質問が向く。
『しかし、初めて見た。竜の言葉をここまで正確に理解できる人がいるのか』
「は、はい! コツがあるので、竜の伝えてくる思念の感覚をとらえるまでたくさん練習しましたが、ほとんどの人はそれで理解できるようになります。ヴァルドラも話したい人はいませんか?」
『……ところでなぜ、お前は俺の名を知っている』
「もちろん、あなたの名前を聞いたからです!」
竜を恐れるアルノリスタで彼を保護し、名付けて育ててくれたのは、ただ一人しかいない。
ティサリアの話が核心へと近づいた証拠に、緋竜は沈黙する。
しかしティサリアは今しかないと確信し、迷わず続けた。
「クレイが私をヴァルドラに紹介したいと言ってくれました。だから私はあなたに会って、挨拶をしたかったんです!」
氷のようなヴァルドラの瞳に苛立ちが浮かぶ。
彼から発せられる威迫的な気配が大気を震わせ、ティサリアの肌をぴりぴりと刺した。
『去れ』
「……そうですよね。竜は近づいて来る生物が自身の力で蹂躙できる場合、自ら去ることはありません。嫌っていたり気分が悪ければ攻撃します。警戒していれば威嚇します。だけど私はクレイから聞きました。彼があなたを探して会いに行ったとき、あなたが静かに去ったことを」
それはとても珍しいことだった。
「竜が弱者を前に自ら去るときは、相手を傷つけたくない理由があるときだけです。あなたは、クレイを傷つけないために、自分から去ったのですよね?」
『それでお前は、クレイを人質にでも取ったつもりで俺を脅しに来たのか? 無駄なことを……何が目的だ』
威圧的な嘲笑をあげるヴァルドラに、ティサリアはひるむどころか、よくぞ聞いてくれましたと満面の笑みを浮かべる。




