52・恋の香り
「ティサリアと過ごせて、私も楽しかったよ。それに私はティサリアのご両親にも感謝しているんだ。ティサリアを我が領へ滞在する提案は、私と淑女の教育を共に受けるだけではないと承知しながらも、嫌な顔一つせず出してくださったのだから」
「嫌な顔どころか、みんなは私が帰ったら竜について色々聞いてきたよ。マイリーはメイドのみんなをつかまえては竜騎士ごっこをしたがったらしいし、お父様は私が見てきた竜について質問してメモしていたし、お母様はリンの竜鱗を眺めてはうっとりしていたし」
竜の鱗は幼竜の成長過程で取れるのが一般的で、稀に良い状態で剥がれることもある。
それは持ち主だった竜の美しさと魔力を宿した希少な宝玉として、とても価値の高いものだった。
ティサリアは偶然にも、ほとんどが金色ともいえるリンの竜鱗の内、彼女の尾の辺りにわずかにきらめく紺色の鱗が剥がれる瞬間を見たこともある。
『私の竜鱗、ティサリアが拾ったのよね。ずいぶん昔のものだし、失くしたりはしていないの?』
「まさか! 私の部屋に飾っているよ。見ていると私を守ってくれるような気がして、心も元気になるし」
「それは気のせいではないだろうな。最近開発している魔力測定器の試用でリンの竜鱗を調べたが、紺色の部分は特に、心身の毒素を排出して、治癒能力を高める効果が確認されたんだ」
「そっか。リンの鱗は、そんな素晴らしい力があったんだ。持っていれば、本当に調子が良くなるってことだよね……」
ティサリアが真剣な顔をして黙り込むのを見て、リンは見透かすような眼差しを向けた。
『いいわよ。ティサリアの大切な方なら譲っても』
「……えっ! ど、どうして私の考えていることを……!」
『簡単よ。ティサリアからは、お相手を案じる恋の香りがするもの』
「わわっ! 私、知らずにそんな情報を垂れ流して……! だけどそれって知ってしまうとすごく恥ずかしいような……一体どんな香りなの?」
『……ふふ』
「わ、わわわわ言ってよ! それはまき散らして許される匂いなの? もしかしてダメなやつ!?」
ティサリアが無自覚で振りまいているらしい謎の香りに動揺していると、ケリスも不思議そうに頷いている。
「リンの……竜の感覚器官は特殊なんだな」
『感心している場合なのかしら。ケリスだってそろそろ、そのような香りを振りまいて、私をうっとりさせてくれてもいいと思うわ』
「……それは聞かなかったことにするよ。さぁ二人とも、そろそろ遊んできたらどうだ」
ケリスが話を逸らすとティサリアは我に返り、令嬢には似つかわしくないリュックから持参した兜を取り出す。
「そうだね。リン、早速行こう!」
ティサリアが騎乗用の兜をすぽりとかぶると、ケリスは豪快に声をあげて笑った。
「ティサリア、今にもリンと飛び立ちたい気持ちはよく伝わったが、早く着替えてくれ。兜と令嬢のドレスの組み合わせのインパクトが強すぎて、このままだと私の腹筋が悲鳴を上げそうだ」
「はっ」
ティサリアは兜とドレスを身にまとった怪しい姿のまま、急いでそばにある更衣室に向かった。




