40・これからは
いつもは幸せにしてくれるクレイルドの笑顔が、今はひりひりとした痛みのようにティサリアの胸を締め付けた。
(クレイは私のことを気づかって、今も明るく振舞ってくれているんだ。悲しいのはクレイの方なのに……)
黙り込んだティサリアの様子に気づいて、クレイルドは申し訳なさそうに言葉を詰まらせる。
「ヴァルドラとのことは、竜が好きな君に聞かせるものではなかったね。ごめん。俺もどうやって話せばいいのか、よくわからなくて……。昔の話なんて、今まで誰にも言ったことがなかったから」
(言ったことがなかった? 昔の話を? ……今まで誰にも?)
「そんなの……」
愕然としたまま、ティサリアはくるりと背を向ける。
一瞬見えた今にも泣き出してしまいそうな顔に気づいて、クレイルドは後悔に表情を陰らせた。
「ティサリア、俺が無神経だった。本当にごめん」
「違うんです。ヴァルドラの話を頼んだのは私です。私はただ、自分がいつだって家族に守られていたのだと……改めて思ったんです」
それに気づくたび、いつもなら感謝で満たされるのに、今はひとりで傷付いた竜に愛情を注ぐ孤独な少年の姿が胸に迫ってきて、心が悲しみに塗りつぶされていくようだった。
(クレイは、誰も巻き込みたくなかったんだ。みんなを笑顔にするのが好きな人だもの。そういう立場だから当たり前だと言われても、自分に関わって理不尽なことに遭う人を見て、どんなにつらかったんだろう。だから自分のことは全て、自分の中だけにしまっていたんだ。たったひとりで)
「私は……。あなたの強さがとても尊いものだと、私は心から思っています」
「ティサリア……?」
「たとえ竜を嫌う国の王子という立場だったとしても、親とはぐれて衰弱した幼竜を見つけて、あなたが放っておけるはずないんです。もうひとりで自分のことを責めないでください。これからは──……」
ティサリアの胸の底から、驚くほど強い思いが込み上げてくる。
(もし私が、本当にクレイの探している人だったら)
クレイルドに「これからは私に相談してください」と言えたら。
(そんな風に言えたら、周りのためだけではなくて、自分のためにも笑ってくれるのかな)
しかしクレイルドが望んでいるのは自分とよく似た別人なのだと思い直すと、さびしくてたまらなかった。
(結局、私にできることは、クレイの探している本当の人を見つけることだけなんだ)
それはずっと、ティサリアが望んできたことだった。
(だって私は、クレイの笑顔が本当に好きだから。クレイに喜んでもらいたいし、笑って欲しいから。だから何も悲しいことなんてない。笑ってくれるよ。そうなって欲しい。だから私は大丈夫、大丈夫……)
わずかに震えていたティサリアの指先に気づき、クレイルドは腕を伸ばしてその手を包んだ。
「ティサリアは変わらないね」
剣を振り続けて硬くなったてのひらが、ティサリアの冷えた手を温めていく。
「君は本当に……人をよく見ていて、そして自分のことのように胸を痛めるんだ」
クレイルドは繋いだ手を愛おしむように引いて、ティサリアを再び大窓に向き合わせた。
「だけど俺のことで悲しむ必要はないよ。今日は特にいい日だしね。隣に君がいてくれるんだから」
青空から流れてきた風が、悲しみにほてった頬を冷ましていく。
「どうして知っているんですか? 私が落ち込んでいるとき、空を見上げて心を慰めていること」
「ずっと見ていたからね」
「ずっと見ていた? 一体どこで……」




