39・過去の記憶
「では、ヴァルドラの話の続きを教えてもらえますか? クレイルド王子との出会いや、今はどうしているのか」
(ヴァルドラの話は、ただ私が気になるだけだけれど。もしかしたらその過去の話に、クレイの想い人の手がかりだってあるかも……)
ティサリアが少し緊張した眼差しを向けると、クレイルドは遠い城下を眺める。
「ヴァルドラはよく懐いて、あっという間に元気になった。体も徐々に大きくなってきて……俺も子どもながらに、別れの時期が来たと悟ったよ。竜を凶悪害獣だとする国の王子といて、幸せに過ごせるとは思わなかったから」
そこでヴァルドラを巣立たせようと外へ連れ出して放してみたが、うまくいかなかった。
「ヴァルドラは翌日になると、時計塔の頂上に戻っているんだ。俺はまた顔が見れて嬉しい反面、ヴァルドラの滑空する姿が大きな鳥の影ではないと、いずれ誰かに気づかれるのは時間の問題だということもわかっていた。そんな時、俺は他領の視察に赴くこととなったんだ」
ヴァルドラと長く離れるのは初めてで不安だったが、飢えないようにと傷みにくい食べ物を多めに置いて、自由に屋上から飛び立てるようにもしておいた。
自分が帰った時、いつも真っ先に迎えてくれるあの姿がいなくなっていたら安堵するのか、それとも寂しさが押し寄せてくるのか。
他領ご自慢の騎士隊の訓練を視察しながら、そんなことを思って空を見上げていたクレイルドの視界に、飛翔するオオワシのような影が現れた。
クレイルドはすぐに、それが数日現れなかった自分を追ってきたヴァルドラだと気づく。
「嬉しそうに向かってくるヴァルドラを狙撃しようとした弓騎士を前に、俺がどうしたか……想像つくだろ?」
すでに周囲の者も一目置く、卓越した身体能力を身に付けていたクレイルドは、視察先の騎士を次々と気絶させていった。
突然狂ったかのように暴れだしたクレイルドと、相手が王子のため手荒なことも出来ない騎士たちで、その場は騒然とする。
その光景を見たヴァルドラは、クレイルドが襲われていると勘違いしたらしく、激高に凍てつく息吹をまき散らしながら迫り、周囲は一層混乱状態になった。
「俺がしてきたことは結局、ヴァルドラのためにならなかった。あいつが魔力を込められた矢をいくつも受けて、尾も裂かれて……ようやく逃げていった後ろ姿が、今でも目に焼き付いてるよ」
その後に大規模な竜討伐が行われたと聞かされたのは、クレイルドの謹慎が解けてからだった。
(『同じ過ち』って、このことだったんだ……)
ティサリアはドーファ王女との一件で、クレイルドが普段の姿からは想像もつかないような、冷たく燃えるような怒りをあらわにしたときのことを思い出す。
(この人は……守ろうと決めた相手には、見ているこっちが心配になるくらい、本当に一途なんだ)
「ヴァルドラのことは、誰にも相談しなかったのですか?」
「そうだね。俺が竜を助けたという事実は、誰にも知られたくなかったから。俺と関わったばかりに立場の弱い者が処罰されたり、罪を着せられたり……。よくあることだ、慣れろと言われたけれど、俺は嫌だから」
クレイルドは誰も責めなかったが、その言葉には彼と周囲の価値観の軋轢が滲んでいた。
(そっか。さっきの解雇された子だけじゃなくて、きっと他にも……)
ティサリアは今回が気軽な来訪とはいえ、王家に関わる他の人物と顔を合わせる機会が全くなかったこと、そして護衛の者たちがクレイルドの立場を案じて浴びせる小言の理由に思い当たる。
(護衛の二人は、クレイのまっすぐな誠実さを心配していたんだ。だから揉めごとを回避した私に、あそこまで感謝してくれた……)
「わかった気がします。護衛の方たちの、あなたを尊敬している理由が」
「あいつらが俺を尊敬? 俺、いつも呆れられたように、口やかましくガミガミ言われてるんだけど」
クレイルドは困惑したように首を傾げていたが、ティサリアの視線に気づくとすぐ笑顔を向けた。
「だけどもしそうなら、それは俺がティサリアに会って変わることができたおかげだよ」




