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【完結】地味顔令嬢は平穏に暮らしたい  作者: 入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆


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33・はんぶんこ

「ごめん。さすがにそれは、かわいすぎて。言葉が……」


 クレイルドの思わぬ返事に、ティサリアの方こそ言葉がでなくなった。


 やはり沈黙が落ちる。


 おかしい。


 とてつもなくおかしいことになっている。


 なおも無言でいるクレイルドの方を見ることが出来ず、ティサリアは助けを求めるようにクロワッサンに手を伸ばした。


(そうだ、食べ物……食べ物があるってすばらしい。おいしいし、口がふさがっていれば会話をしなくても変じゃない)


 食の恵みに感謝しながら、目の前にあるクロワッサンに意識を集中する。


 先ほどの屋台のクロワッサンには色々なフレーバーがあった。


 ティサリアが選んだものは、生地の上面に白い粉砂糖とアーモンドのスライスがちりばめられていて、降り注ぐ快晴の日差しに照らされながら、新雪のようにきらきら輝いている。


 そこから漂うほのかなバターの香りに、忘れていた空腹感のまま頬張った。


 さくりとした食感が一瞬、その後はしっとりと軽く柔らかい。


 噛むと香ばしく焼けた小麦の生地と、表面に輝く甘い粒子が合わさった。


(おいしい!)


 さりげないアーモンドの風味と相まって、軽快な歯ごたえも楽しい。


 機嫌よく食べていると、ようやく落ち着きを取り戻しつつあるのか、クレイルドが声をかけてきた。


「俺のと違うね」


 クレイルドのクロワッサンは上面にチョコレーがコーティングしてあり、そのトッピングに砕かれたカカオがまぶされている。


「あっ、そうでした。友達と食べる時の癖で、違う種類を買ってしまいました。好みも聞かずにすみません」


「友達と? こういう感じでよく食べるの?」


「そうですね。その友達が屋台好きで、時折誘われて一緒に食べたりします」


「ああ、だから違う風味の物を買って、分けて食べるのか。はい」


 クレイルドが自分のクロワッサンを割り、当然のように渡してくるので、ティサリアは慌てて弁解する。


「い、いえ! すみません! 王子と別のものを買ったのは、そのような無礼な意図ではなくうっかりしていて……!」


「だけどこれ、絶対うまいよ。食べる?」


「で、ですが……」


「食べたくない?」


「それは……」


「食べたいね?」


「……はい」


 返事をした口の中に、クロワッサンがひょいと入って来た。


「!」


 ふさがれているため、まともに声を出せないティサリアの口の中で、コクのあるカカオの風味が広がる。


 ティサリアのクロワッサンと同じく、練り込まれたバターのさっくりしっとりとした軽い感触の生地だが、こちらはチョコレートのほどよい苦みが甘みと絡まり、濃厚な味わいがあった。


 目じりを下げながら、しばしその贅沢を楽しむ。


 その様子を、クレイルドは何か思案しているかのように、じっと見つめていた。


「ティサリアの友達ってどんな人?」


 クロワッサンを堪能し終えたティサリアの目が、きらりと輝く。





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