30・ほぼ何も考えていない
垂れ目の王女は大きく息を吸い込むと、再び気合いを入れて意地悪な顔をした。
「……そ、それは立派な心構えですこと。つまり、あなたが身をわきまえればいいだけですものね」
「? はい!」
「そうよね。だってクレイルド様は複雑な立場に置かれている方ですもの。お連れする方が足手まといになるなんてことになれば……あなたも困るでしょうし。それともまさか、何も考えていないのかしら?」
ぞくりとするような鋭い気配をまとったクレイルドが、会話に割り込むこともいとわず口を開こうとする。
ティサリアは彼の腕を引いた。
その強さにクレイルドが驚いて目を向ける。
ティサリアは一瞬、しかし強い意思を込めて相手を見た。
(ダメだよ今は!)
そしてすぐ、王女へと笑顔を向ける。
「はい! 王女がお気づきの通り、私はほぼ何も考えておりません! ですがクレイルド王子のことを信じていますし、彼のことは彼に任せるのが最善だと思うのです! 色々と考えておられる王女はいかがでしょうか!?」
王女の顔が羞恥心で歪む。
今までのティサリアへ投げつけていた彼女の主張が、クレイルドを庇っているようで全く信頼していない中身として、ブーメランのように返ってきたと気づいたらしい。
クレイルドは未だ、自分の腕をつかむティサリアの力の強さに何かを感じたのか。
一呼吸置くと、王女へ最低限の笑みを向けた。
「ドーファ王女からそのような評価をされているとは、思ってもいませんでした。私のことは、どうぞお気遣いなく」
そうあからさまに拒絶する。
王女は弁解も別れの言葉もなく、逃げるように馬車に乗り去った。
(上手くいった……のかな)
顔を上げると、クレイルドはただ張り付けただけの微笑を浮かべ、去った馬車の先を見つめている。
口角は上がっているが、目がまるで笑っていない。
自分に向けられる嫌悪には頓着する様子のないクレイルドだが、今はティサリアに危害を加えるものがあれば、何をするかわからないような不穏さを漂わせていた。
(私を守ろうとして、こんなに怒ってくれているんだ……)
ティサリアの中に申し訳なさと、それとは別の気持ちが込み上げてくる。
「そんな顔をしなくてもいいんだよ。私は平気だから。あなたがいてくれたもの」
ティサリアはできる限り明るく伝えると、辺りを見回し、自国でもなじみのある物に目を留めた。
(あっ、この国にもあるんだ!)
「ね、クレイ。いいもの見つけたよ、来て!」
ティサリアはクレイルドの腕を優しく引く。




