56 たわしの帰還
「っ、ぎゃぁあああああああっっっ!?」
「⁉︎」
突然カッと目を剥いて。けたたましい悲鳴を上げたエリノア──……の、背後から。ちょうど彼女に声をかけようとしていた白き魔獣がビクッと身体を揺らした。と、未だ剣姿でエリノアに握られたままだった聖剣テオティルが、不思議そうに問う。
『主人様? 大きな声を出してどうされたのですか? 眠らせた者たちをまた起こすのですか?』
おやせっかく術に成功したのに? うふふ勇者様の考えははかりかねますねぇ、でもそれくらいじゃ起きませんよ──と。ほのぼの笑う声を押しのけて。間髪入れず、ヴォルフガングが容赦ない叱咤。
「っ馬鹿者! 突然大きな声を出すな!」
驚かされたヴォルフガングはもふもふの毛並みの中からにゅっと前足を突き出して。なぜかワナワナと震えているエリノアの後頭部を、スパーンッと叩く。犬の肉球から出たとは思えぬ程に、小気味いい音で打ち払われた娘は──その瞬間うっと呻いた。
「い、痛い……」
「敵地でいきなり大声で奇声をあげるヤツがあるか!」
と……その声も十分大きすぎる気もするが……ともかく。怒り顔の巨大なお獣様の一撃を後頭部に受けた勇者は、頭を抱えて振り返る。その顔は蒼白。ちみっと僅かに涙が覗く。エリノアは、憤慨している白きたわしを見ると、へにゃりと表情を泣きそうに歪めた。
「だ、だって──い、い、今……騎士オリバーに……私……か、顔……見られた気がする!」
「何……?」
どうしよう! と、すがられた魔獣は迷惑そうにエリノアを見て。それからエリノアの一番近くで眠ってしまっている黒装束の男、オリバーを見下ろした。
オリバーは横向きに倒れたような格好で。その利き手は確かにエリノアのほうに伸びていた。
エリノアは、ぎゅっとヴォルフガングの柔らかい毛を握りしめる。
「どうしようヴォルフガング……私一生懸命(恥ずかしさに耐えて)変装してたのに、最後の最後でこの人が木箱を取りに来たみたいで……」
「? なんだ木箱って」
エリノアが身バレ防止のために、咄嗟に木箱で変装したことを知らないヴォルフガングはちょっと変な顔をした。しかし確かにエリノアから少し離れた場所に『危険』と書かれた木の箱が落ちていて。その片面に、人の目の間隔にちょうど良さそうな穴が二つくり抜かれているのを見て──まさかあれを被ったんじゃないだろうな……と、魔獣は思ったが……
さておきとヴォルフガング。(※馬鹿らしいのでそのことには言及しないことにした)
「……まあ、眠りに落ちる間際のことであろう? もしヤツが何か言ってきても夢で押し通せ。しつこいようならメイナード殿に記憶を消して貰えばいい」
鼻を鳴らしながらそう言ってやると、先ほどから彼の傍にピッタリくっついて毛を握りしめてくる娘は少しほっとしたような顔をした。
「そ、そうね、うん分かった。そ、そうする……あれ?」
そこでエリノアはハッとして。自分が毛に埋もれるようにして抱きついている魔物の顔を改めて見上げる。
「あれ……? ヴォルフガング戻ってきてたの? 王太子様と騎士様たちは?」
その言葉にヴォルフガングは、今頃かと呆れ顔。
エリノアはポカンとその顔を見上げていたが。ふと心配になったらしい。だんだん両眉の端が下降し、その幼な子のように不安そうな表情に。ヴォルフガングは仕方のないヤツだと内心思いつつ、大丈夫だと娘を宥めた。
「もうあちらは救出部隊の本隊と合流したゆえ潮時と見て戻ってきた」
「そ、そうなの?」
「ああ」
心配そうなエリノアに頷き返しながら、魔物は毛並みをざわめかせて。そのまま身体から埃をはらうようにブルブルと身を震わせると、魔物の身体はいつもの白犬姿に戻っていた。彼はやれやれと言うようにため息をついて言った。
「あらかたの敵は排除したゆえ無事脱出できるだろう。……が、一応連絡にきたグレンをそのまま監視につけている。それで──……」
ヴォルフガングの目が不審そうに周囲で眠らされている男たちを見た。
「お前はこいつらを眠らせていったいどうしたいんだ?」
「あ、ああこれは……」
そうだったわとエリノア。
ここ、プラテリア北門前での行動は彼女の独断。娘が経緯を説明し、彼らを本隊と合流させたいと言うと。申し訳なさそうに上目遣いで自分を見上げてくるエリノアに、犬はため息をつく。
「……なんだ、俺様はまだ働かされるのか……」
「……ご、ごめん……」
お読みいただきありがとうございます。ちょっと短めですが分けて更新します。
このあとはおそらくずっとシリアスが予定されるので…ちょっとでもモフみとのんきを……
本当の帰還と合流は次かな……




