48 オリバーとの邂逅
──その瞬間、プラテリア城北門前は光に包まれた。
それは誰もがこれまで経験したことがないほどに強い、眩い光だった。
ちょうど迫り来る敵の胴体を蹴り飛ばしたところだったオリバーは、突然の輝きにギョッとする。同時に大地が割れるような轟音と振動。
(っ、落雷!? こんな近くで……!?)
一瞬足元が揺らいだような気がした。
周囲でも、彼と同じようにハッとした兵たちが顔を上げたが──彼らの視界に押し寄せるのは、少し紫がかった白、白、白……。
世界はあっという間に光で埋め尽くされていた。
「っちっくしょう、こんな時に……!」
あまりの眩さに目がくらみ、何も見えなくなったオリバーは目を開けていることができず咄嗟に腕で顔を覆う。だが、それでも強烈な光に刺された目は、すぐには視界を取り戻せなかった。
騎士はまずいと歯噛みする。この戦場で目が見えぬなど。敵より早く視界を取り戻せれば好機ともなろうが、敵より遅れれば最悪の事態である。
「っくそ……!」
オリバーは目が見えないまま、少しずつ後退した。そんな彼の脳裏にふと、彼の帰りを待つ家族や仲間、敬慕する主君のことが思い浮かぶ。
ブレアと彼の兄、王太子リステアード。彼ら兄弟は、これから先も祖国クライノートが安定し、健全な国であるためにはどうしても必要な存在だった。彼らが倒れれば、クラウスのような輩が勢いを増してしまう。それはけして許してはならないことであった。ブレアや王太子を守ることは、すなわち祖国に住む人々──家族を守ることでもある。
(……俺らはまだまだ必要だぞ……トマス、ザック)
心の中で囚われた仲間に呼びかけ奥歯を噛む。もし──こちらが駄目でも、せめてあちらは無事に脱出していてほしいと祈るような気持ちだった。そんな──時のことだった。
彼が──“それ”を最初に発見したのは……単なる偶然に過ぎない。
(──ん?)
徐々に視界が戻ってくる中で。オリバーは視線の先に、この場に違和感のあるものが立っていることに気がついた。
(な、んだ……?)
はじめは横向きの姿だった。
体型は小柄。一瞬少年兵かと思ったが……違う。地味な色の服は、どう見ても女性物。風になびくスカートが、あまりにも、この場に不釣り合いだった。その裾からは、細い足が伸び、足首が、プルプル震えているのが見えた。
(……民間人……!? こんなところに!?)
そうハッとしたオリバーは。何故と戸惑いつつも、もしそうならば避難させなければと咄嗟に思った。視界はまだ霞んでいたが、周囲を睨むように警戒しつつ対象に駆け寄ろうとして──騎士は突然立ち止まる。
女の手に──直剣が握られているのが見えた。
「!」
それを見たオリバーの目が一気に警戒の色を強める。
武装しているのならば敵である可能性が高い。もしやプラテリア城の使用人が、この騒ぎを聞きつけて駆けつけでもしたのだろうか。オリバーは観察するような視線を彼女に向けて──……
彼の視界がクリアに戻ったのは、このタイミングだ。
ようやくはっきり見えるようになった視界で対象を捉えたオリバーは、相手が敵なのか、ただの迷い込んだ民間人なのかを判別しようとして──……
ギョッとした。
「!? お、前……は…………」
と、言葉を失くすオリバーを、対象が振り返った。
自分を見た……らしい、その者の姿を目の当たりにして、オリバーは思わずのけぞった。
(あ!?)
思わず柄の悪い顔で対象を凝視してしまう。
その民間人は──
何故か、……頭に木箱をかぶっていた。
「……、……、…………」
一瞬、沈黙して相手を食い入るように見てしまったオリバーは──周囲の音でハッと我に返って。いやいや冷静になれと自分に言い聞かせた。
つい驚かされてしまったが、ここは敵地。今は戦闘中である。一瞬の判断が生死を分けるような場面で──混乱している場合ではない。……ないのだが……
その推定、女は──人抱え程度の大きさの木の箱を頭にかぶっていた。
ご丁寧に、前面中央付近の横板を一枚外し、そこで視界を確保しているようで。木箱に空いた隙間の奥は暗く、表情が見えないせいか……はっきり言って、異様に不気味。そしてプルプル震える手に握る剣には──握りの部分にボロ布をぐるっぐるに巻いている。
……ちなみに──
その女がかぶった木箱には、元は武器か火薬でも入っていたのか──『危険』の、文字。
──それを見たものは皆思った。ああ……確かに何かデンジャラスな雰囲気がぷんぷんするな……。
「「「………………」」」
この時点になると、オリバー以外の者たちもその奇怪な娘に気がつきはじめて。彼女を目撃したらしい味方や敵が数人、彼と同じようにギョッとしているのが分かった。
それで頭に箱をかぶった娘のほうはと言えば。彼女はオリバーを見て一瞬ビクッと身を震わせたが……そのあとは、慌てたように、手にしている剣を唐突な動きで天に突き出したり……下ろしたり……。そして「え?」と、いうように剣を見下ろして。そして何が気に入らないのか、地団駄を踏んでいる……。
オリバーたちは──ちょっと……意味が分からなくなった。
娘は、自分の周りが武器を手にした兵士だらけだということにも当然気が付いているはずなのに……いや、まさか木箱に開いた視界が狭いから戦場に気がついていない……なんてことはないだろう。自分を気味悪そうに、呆れたように見ている男たちに、もちろん気が付いているだろうに、そのど真ん中で奇行を繰り返している。……無言で繰り返される、何かの儀式のような動きが不気味で……オリバーたちは、つい束の間戦いを忘れた。
(………………)※オリバー
(え……? なんだあの箱……あ、もしかして、兜の……つもりか……?)※味方①
(民間人が……迷いこんだ……? いや、だが……なぜこんな戦さ場ど真ん中で踊り狂ってるんだ……?)※味方②
(……賊の仲間……? ……にしては……)※プラテリア兵士①
(……と、とりあえず誰かあの変な踊りをやめさせてあっちでやれって言ってこいよ……!)※プラテリア兵士②
(え、いやだ。話しかけたくねぇ、お前行けよ……)※プラテリア兵士③
謎の娘の登場は、戦場に困惑をもたらした。
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