28 ヴォルフガング七変化
そうしてエリノアは、ヴォルフガングとテオティルの力を借りて王太子の行方を追うことになった。
エリノアが、まずは何から着手するべきかと考えはじめると、ヴォルフガングは簡単な話だと鼻を鳴らしてエリノアを上から見下ろした。
「痕跡を追えばいいだけのことだろう」
「痕跡……」
「お前が言う通り、聖剣の偽造と殺人の容疑をかけられた王太子の潔白を証明するためには、第三王子派周辺は探らねばならぬとして──しかしまずは、王太子の身柄を押さえるほうが賢明だろう?」
「う、うん? それはもちろん……」
だからこそ聖剣を偽造したクラウスたちの周辺で王太子を探したいとエリノアは言ったつもりだったのだが……ヴォルフガングの主張はまた少し違うようであった。ヴォルフガングはエリノアの怪訝そうな顔を見て、こいつ分かってねぇなという表情をする。
「あのな、王太子を探すだけならば第三王子を調べる必要はない。直接王太子の痕跡を追えばいい」
「直接……?」
自信満々に言うヴォルフガングに、エリノアはそんなことが可能なのかと困ったような顔をした。
「痕跡って言ったって……」いったい──……と、考えるように俯いたエリノアは。その視界の端に映った魔将のしっぽを見て──ハッとした。まさか、という顔で見上げてくる娘に、ヴォルフガングは、ああそうだと大きく頷く。
「つ──つまり、犬みたいに殿下の匂いを──!」
「っ犬みたいには余計だ!」
エリノアの言葉に噛みつく魔将。その勢いにエリノアが身をすくめている。
「す、すみません……」
「それに俺様が追うのは匂いだけではない! 人間のまとう気が見えると言っただろうが! それを追うのだ馬鹿者め!」
「あ、ああ……便利だよねぇ……本当に……」
犬扱いが不当と怒る魔将から、サッと目を逸らすエリノア。
よくよく聞けば、それらは日毎薄くなっては行くが、能力を高めれば数日前程度の痕跡は追えるらしい。
エリノアはキョトンと問い返す。
「能力を高める、て?」
「まったく……メイナード殿から、あの御仁が蓄えておられる養分を分けてもらったのだ」
エリノアが不思議そうに問うと、魔将は懐から何かを取り出した。
「……葉っぱ?」
それはエリノアの手のひらほどの大きさの一枚の葉だった。
葉脈が赤い血の色をし、葉の全体は黒い。珍しい色の樹葉に、エリノアはそれをしげしげと眺めようと、ヴォルフガングのほうへ進み寄ろうとしたが……それをテオティルが引き止めた。
「テオ?」
「……お下がり下さいエリノア様」
テオティルは、エリノアの両肩をやんわりとつかんで、彼女の耳元で心配そうにそう言った。それからヴォルフガングの持つ黒葉をじっと見る。
「……魔王の魔力ですね?」
テオティルは嫌そうに顔を歪め、エリノアの肩を抱いて後ろに下がらせた。
「へ? 魔王、の……?」
「左様です。しかもあれは今世の弟君のものではなく、おそらく転生前の魔王のもの」
「転生前の魔王の……?」
それをどうしてメイナードが持っているのだろうと一瞬思ったが、睨み合っている聖剣と魔将の険悪な様子にハッとする。
「え、えっと……それって危険なものなの? 特に嫌な感じはしないけど……」
己を守るように抱きしめてくるテオティルの腕を宥めるように撫でさすりながら、エリノアはヴォルフガングに問う。と、魔将は肩をすくめて。
「まあ、肉親の中和が効いているからお前には何てことないだろう。魔王様の魔力といっても、これはほんの一欠片に過ぎない」
そう言ったヴォルフガングは、警戒の色を見せる聖剣に鼻を鳴らし。それから葉を恭しく己の額の上に掲げるように近づけた。と、魔将が瞳を伏せた瞬間、葉はゆらりと黒い影となり、ヴォルフガングの中へと消えていった。
それを見守っていたエリノアは、これから一体何が起こるのかと固唾を吞んで魔将の姿を見守った。影を取りこむと、魔将の逞しい肉体の上で毛並みがザワザワと蠢いた。
「え、な、何……!?」
激しくざわめき、黒煙を立ち上らせるヴォルフガングの身体に、エリノアが唖然とする。
まさか能力を高めるって、今以上に魔物っぽく、そして強そうになるということなのか──と、エリノアはそら恐ろしさを感じて。ただでさえ厳ついヴォルフガングが、魔王の魔力とやらを取りこんでいったいどんなものに変化するのかが、エリノアは少しだけ怖くて──………………
「ってオイッ!」
「!?」
強めのツッコミに強化版ヴォルフガングがビクッと身を震わせた。
こわばらせた眉間の下から黒い双眸がエリノアを見る。
「な、なんだ急に大声を……」
「ぃ、やっ、だって!」
エリノアは、テオティルに後ろから抱きしめられたまま、思わず両手でツッコんだ。
「何が来るかと思ったら──それかい!」
なんでよ!? と──エリノアがツッコんだ先に立っていたのは──
いつぞやの王宮舞踏会の折。エリノアに対するビクトリアの毒舌に怒りまくっていたヴォルフガングの──巨大な──……タワシ態。
毛もじゃの巨躯の上にはちんまりとした三角の耳がふたつ。手足は毛にうずもれている様子。
その姿の──……なんとも言えなさに一瞬エリノアは、言葉を無くして──結果、強化って言うんだったらもっとなんか他にあるだろう! と苦情を申し立てるに至った。
「なんかこれじゃない感がひどい! 怖かったけど! なんか……なんかヴォルフガングの七変化の次は何かなって期待してしまったのに!」
と、タワシなヴォルフガングはムッとして心外そうにいきり立つ。
「黙れ! 馬鹿にするのか!? この肉体は全身の毛の感覚が発達して魔力や気配に敏い俺様の最終形態なのだぞ!? こう見えて脚力も高まってだな──」
「さ、最終形態……タ──タワシが!?」
「タワシって言うな‼︎」
…タワシ、最終形態でした…
お読み頂きありがとうございます。
ヴォルフ。魔将、犬、ウサギ、人、小鳥、タワシ…あと一個ありますね。笑
ひとまずコミカライズ版でヴォルフの人型が見れたらいいなぁと思う今日この頃。




