13 騒動最中のトワイン家。魔将メイナード、自宅防音中。
王宮からの帰り道、ずっと緊張していたエリノアは。家の前でその姿を見た時──不安と安堵が入り乱れ、感情が噴き出してしまった。
思わず涙が溢れ出て。
両手を広げ、可愛い弟へ駆けよろうと──……
「ブラッ──!」
──したのだが。
突進しかけた瞬間に、その姉の勢いを遥かに上回る熱烈さと素早さで弟に抱きつかれてしまった。
「ぅぉうっ⁉︎」
「姉さんっ! よかった! っおかえり‼︎」
「ぐ……っ、た、ただいま……ブラッド……」
ブラッドリーの腕の中に硬く閉じこめられるエリノア。(※ちょっと苦しそう)
「心配してたんだよ! ああこんなに泣いて……! びっくりしたよ急に王宮に泊りだなんて……! ああ、よかった姉さんが無事で……」
弟の心の底から案じるような言葉を聞いて、エリノアの瞳がいっそう潤む。
「本当によかった……」
「ブ、ブラッドぉ……」
エリノアは涙ながらにひしっと弟の背中に腕を回した。ブレアや王太子、ハリエットたちが心配で。国や王宮がこれからどうなってしまうのか考えると苦しかった。帰宅の道中、ずっと己がこの先できることを必死に考えながら歩いて来たもので──とても気持ちが重たくて……。でも、それでもこうしてブラッドリーが傍にいると勇気が湧くわ! ──と、エリノアは有り難くて──……。
……が。
弟がさらりと漏らした次の言葉でエリノアの涙は止まった。ブラッドリーはしおらしい顔で言う。
「まあ……僕はさっきまで王宮に忍び込んで姉さんの背後にはいたんだけど……」
「…………え……?(い、いたの?)」
殊勝な顔で、当然のように言われ、エリノアがギョッとする。
弟はさも当たり前のような顔をしているが──もちろんそれは王宮への不法侵入である。……まあ、すでに魔物たちが、王宮でエリノアのストーカーを散々したおしていることを考えると……今更と言えば……今更だ。
心配顔で己の頬の涙を指でぬぐう弟に、エリノアは引きつっている。
「ブ、ブラッド……? あの、心配してくれるのは有り難いのだけれど、ルールは守らなくちゃダメよ⁉︎ 私を追いかけて侍女たちの更衣室に入りこんだり……してないでしょうね⁉︎」
魔王といえど、弟にまっとうに育ってほしいエリノアは、まさか侍女たちに迷惑をかけるようなことはしてないだろうなとヒヤリとしたが……
ブラッドリーは大丈夫だよと、薄く笑う。
「まあ、姉さん以外の人間を見てもなんとも思わないけど、一応節度は守ってるよ。姉さん以外にはアリ程度も興味がないけどね」
「…………ブラッド……女性をアリに例えるのもアウトよ……」
やめなさい……と。その偏りきった言い分に呆れて。思わず真顔で突っこむエリノアに、ブラッドリーは、それよりもと続ける。
「姉さんは忙しそうだったし……王宮では話しかけられなかったから不安で……大丈夫? 疲れてるよね? 枕がいつもと違うから眠れなかったとか……寝巻きも借り物でダボダボだったし……朝食もあんまり喉を通ってなかったでしょう? あ! すぐご飯にしようね!」
「だ──大丈夫、それは……うん……」
思ったよりも随分しっかりと弟に見守られていたらしいと察して、エリノアが、微妙そうに言葉を濁す。
本当は、今、エリノアの心中は焦りと不安でいっぱいで。過剰に心配する弟に負けて戸惑っている場合ではないのだが……
ある意味、弟がいつも通りすぎて。少し気が抜けてしまった。
王宮も城下町もあんなに大騒ぎになっているというのに、弟はそんな人間たちの騒動にはカケラも興味を持ってはいない様子。……というより……姉のことが心配すぎて、他はどうでもいい感が甚だしい……。家の中も外の喧騒とは隔絶されたように静か(※メイナードプレゼンツ)で、彼の配下たちも、いつも通りに過ごしていたようだった。
まあ、魔物である彼らは、人間や王族たちの争いごとになど、興味はないのだろう。
「え、えーっと、」
しかしとエリノア。彼らのペースに流されてはいけない。
(……ブレア様……)
心の中に、今も王城で王太子のために懸命に働いているだろうブレアの顔を思い浮かべると──自然と身が引き締まる気がした。
彼らのために、自分も何かできることを探したいのだ。そのためにも、ひとまず今ここで確認すべきことがある。
エリノアの視線が弟から離れ、家の中にその姿を探して彷徨った。
「ブラッド、心配してくれてありがとう、私なら本当に大丈夫。それで──……テオ、は……?」
魔物たち伝手に、一応彼の無事は知らされていたが、それでも姿を見るまでは心配で。
と、弟は、少し嫌そうな顔をしながらも、姉の心配を理解したらしい。聖剣は台所にいると教えてくれた。
「姉さんがマリーたちに言付けた通り、ずっとコーネリアグレースに見張らせていたから、無断で外には出ていないはずだよ」
「あ、ありがとうブラッド! ……テオ!」
弟の言葉にほっとしたエリノアは、その名を呼ぶ。
と、炊事場のほうから晴れやかな返事が返ってくる。
「はいー。あ、お戻りですかエリノア様」
相変わらずのほほんと現れた美青年は、エリノアを見ると、陽の気全開で微笑む。その、昨朝別れた時と同じテオティルの笑顔に、エリノアが深く安堵のため息をこぼした。
「よ、よかったぁぁ……」
「おかえりなさいませ」
「テ、テオ!」
「!」
エリノアは、なんとかブラッドの腕から脱出すると、テオティルの傍に駆けよった。
どうやら人間態の聖剣は、コーネリアグレースの手伝いをしていたようで。エリノア手製のエプロンを身につけて、手には布巾を握っていた。
「お疲れ様です、エリノア様。大丈夫でしたか? 心配いたしました、エリノア様が随分不安そうな気配を送っていらっしゃるもので……」
主人と特別なつながりを持つ聖剣は、遠く離れていても、王宮でのエリノアの不安や緊張を読み取っていたようだ。でも、とテオティルはにっこり微笑みながら胸を張った。
「私は我慢いたしました! エリノア様のお言い付け通り、ちゃんと女豹殿と一緒に家に待機しておりました!」
「ああ! 偉いわテオ!」
誇らしげに言うテオティルにエリノアが抱きつく。
国が偽の聖剣事件で揺れている今、もし、このトンチンカンな聖剣がエリノアのもとに現れでもしていたら、きっとエリノアの精神状態は大変なことになっていた。
本当によかったと安堵したエリノアが褒めると。ちゃっかりしたテオティルは膝を折り頭を差し出して、エリノアによしよしと頭を撫でてもらっている。
その後ろで……ブラッドリーは激烈に不満そうである。
お読みいただきありがとうございました。
…いました。




