87 コーネリアグレースの聖剣対策と証拠隠滅
「…………」
「…………」
そんな勇者と魔物っ子たちの様子を後ろから白い目で見ながら……グレンは母に問う。
「…………なんで……」
「しっ! 黙ってなさいグレン」
「だけど……」と、恨めしそうなグレンにコーネリアグレースは真面目な顔で言う。
「お黙り。あれは聖剣対策なのよ。あんな傷だらけで主人が帰って来たら、さすがに聖剣坊ちゃんがうるさいかもしれないでしょう? でもね、テオ坊はとりあえず勇者の精神状態を重視するから、ああやってマリーたちに懐柔させておけば安心なの。いいじゃないの、エリノア様死ぬほど嬉しそうよ」
「…………」
確かに、子猫たちを襟巻きのように首元に引っつけたエリノアは壮絶に嬉しそうだ。
子猫たち捜索の疲れもどこへやら。擦り傷だらけの顔で終始ニコニコし通しである。子猫たちは子猫たちで、エリノアがそう無闇に女神の印や聖の力を振り回すようなことはしないと分かったのか、少しだけ警戒を解き、母親に命じられるままエリノアの肩にくっついている。……まあ、ちょろいと思われただけの可能性もままあるが。
グレンは膨れっ面でフンッと鼻を鳴らす。
「……なんなのさ、あのデレデレした顔……勇者のくせに魔物に魅入られてアホじゃない!?」
「……マリーたちにエリノア様を取られて手持ち無沙汰だからって文句言うのはおやめ。お前があのお役目をできるならお前に任せますよ? でも無理でしょう?」
「……うー……」
真顔の母に、お前にマリーたち以上の愛らしさが演出できるの? と、問われたグレンは悔しそうに唸る。そんな嫉妬まる出しの息子に、コーネリアグレースが呆れ果てている。
「……おバカすぎて叱る気も起きないわ……お前の日頃の行いが悪いからエリノア様にデレてもらえないのでしょう? 自業自得ですよ」
「そんなことない、絶対私のほうが可愛いのに!」
見る目がない! と、叫ぶ……そんな兄を……
三匹の魔物っ子たちは、エリノアの肩からしらっとした目で眺めている。
そうして自宅へ戻ったエリノア。そんな彼女を出迎えたテオティルは……主人の散々な有様に一瞬、形の良い眉を大きく持ち上げた。コーネリアグレースたちは、そんな聖剣の様子をエリノアの後ろから固唾を吞んで見守って……
が…………
やはりテオティルはテオティルだった。
一瞬エリノアの傷や破れた服に悲痛な顔を見せたテオティルではあったが──傷だらけでも、両肩からモフ……と、頬を、こ丸いふわふわの尻に包まれた勇者の顔は、蕩けるように幸せそうで。案の定、テオティルはすぐにニコッと笑う。
「おやエリノア様、随分わんぱくなさってきたのですねぇ」
のんきなテオティルは思った。傷だらけで満足そうなんて、なんて勇壮な主人だろう。ああ、しかしどうせなら私を振るって下さればよかったのに。
「戦場(?)での傷は名誉の証……次は絶対にご一緒させてくださいね」
……エリノアがどこかで何かと戦ってきたとでも思ったのか……テオティルはしみじみと言う。やはり……聖剣の精神は感覚が人とはまるで違うようだ。
にこにこ主人を誇らしげに見るテオティルに、女豹婦人とグレンがため息でつっこみを我慢している。
「……うざいー……」
「……つっこんだら負けよ……どうせテオ坊はなんとも思わないんだから労力の無駄だわ。……ま、聖剣がトンチンカンで幸いよ。世話するエリノア様が微妙に気の毒だけど」
さてともかく。こうしてテオティルは傷だらけのエリノアをニコニコして出迎えた。
もしここでエリノアがぐったり疲れた顔をしていれば彼の反応も違っただろうが……そこはコーネリアグレースの目論見通りである。
テオティルは、子猫たちのふんわりまるい毛もじゃの尻に囲まれたエリノアの頬に手を伸ばす。
すると子猫たちが聖剣を嫌ってパッと逃げて行き、エリノアが「あ」っと寂しそうな顔をした。
「ん? どうしたのテオ?」
エリノアは不思議そうな顔で、己の頬を両手で包みこんだ聖剣を見る。と、テオティルはにっこりと笑って──
次の瞬間、エリノアの身のうちから淡い光が漏れ出した。
光は驚くエリノアの身体をなでていって。あっという間に彼女が負っていた擦り傷や打撲痕を治癒させてしまう。その光景を目にしたエリノアは驚いて言葉もないが、背後ではコーネリアグレースがホッと息をついていた。
「……良かった、証拠隠滅の第一段階無事完了ね……」
当然ながら、エリノアをあの格好のままにしていては、彼らの君主ブラッドリーがヤバい。
と、グレンが目を細めて母を見上げる。
「いいのかなぁ〜、母上ったら。陛下に嘘つくような真似して」
「お黙り! お前にだけは言われたくありません。いいのです。どうせエリノア様だって陛下にいらぬ心配はかけたくないとお望みのはずです。ほほほ、あの馬鹿正直でこうるさい白犬がいなくて本当によかったこと」
もしヴォルフガングがここにいたら『姉を案じる陛下に怪我の報告をせぬとは……』などと言って、この証拠隠滅を渋っただろう。
だが、エリノアが子猫たちを探し回って怪我をしたのもまずいが、そのうえ子猫たちがリードにまでちょっかいを出したことを知れば、ブラッドリーは彼女の娘たちを消すというかもしれない。流石にそれだけは防ぎたい母である。
「……お前……ちょっとモンターク商店に行ってリードちゃんの様子を見ていらっしゃい。メイナードを送りこんだから大丈夫だとは思うけれど……念には念を入れなければ」
「ええ?」
母親の命令にグレンは面倒臭そうに不満を漏らしたが。コーネリアに愛用の棍棒で脅されて、しぶしぶ家を出ていった。そんな息子を見送ったコーネリアグレースは、では次は証拠隠滅第二段階だとばかりに素早くエリノアに忍び寄り──
唐突に、彼女の服をガバッと脱がす。
「へ……はいっ!?」
テオティルに傷がしっかり治っているのか丁寧に丁寧に身体を点検されて、やや辟易気味に身を引いていたエリノアは……いきなり己の服が消えたことにギョッとする。
下着姿で慌てて振り返ると、女豹婦人がエリノアの服を手に微笑んでいる。実に嫌な予感のする美しい顔で。
「え……? あ、あのコーネリアさん?」
「さぁて……それではエリノア様。お風呂に参りましょうか? お召し物もいただきますわね、このコーネリアグレースが魔界随一の裁縫能力を駆使してきれいに繕って差し上げますわ」
えっ? と、エリノア。
「で、でもまだ家が散らかっているし……」
マリーたちの捜索を優先させたがゆえに、自宅内はいまだ荒れ果てた状態のままだ。
掃除をしたらどうせまた汗をかいてしまうのだから……と、主張する娘に、証拠隠滅を急ぐコーネリアグレースは……
「お前たち」
「?」
はきっとした声でコーネリアグレースが呼ぶと、部屋の隅でテオティルを睨んでいた子猫たちがピッと三角の耳をそば立てて母を見る。
「さ、お前たちも一緒においで。エリノア様と一緒に湯に浸かりなさい」
「……へ……?」
その言葉にぽかんとするエリノア。
子猫たちは、はーいと声を揃え、ぽんぽんぽんと風呂場のほうへ駆けて行き──それを見たエリノアが、唖然と言葉を詰まらせる。
「え……? そ、そんな…………あ──あんな可愛い子たちと……一緒に……お風呂!?」
それはどんな天国だ、とエリノアが大袈裟な衝撃を受けている。
「え? え? そ、そんな、ゆ、許されるんですかそれは!?」
そんなことしたら私……マリーちゃんたちのちっちゃい可愛い肉球とかにも触っちゃうかも……いいんですか──!?
……と……なぜか恐れ慄くような顔で迫りくるエリノアに、婦人はほほほと淑やかに笑う。
「ええもちろんです。エリノア様、うちの子たちを洗うの……手伝ってくださいますわよね?」
ニコーッと口の端を持ち上げるコーネリアグレースの顔は……いかにも企みに満ちていたが──……
もちろん世話好き娘エリノアが、その提案に異議を唱えるはずがなかった。
お読みいただき有難うございます。
婦人は…こうしてトワイン家の平和を守っています。
次話は…お風呂シーンを書くか、省くか迷ってます(´∀`)マリモっ子たちとお風呂楽しそうだけど…話の流れが悪いかと。でも絶対可愛い。笑
評価、ブクマ、ご感想ありがとうございました…! コミカライズ版単行本の売れ行きにハラハラしすぎで色々手につきませんが、おかげさまでなんとか更新頑張れていますm(_ _)m感謝です!




