74 勇者はちょろかった
「な…………っなんて事なのっ!」
唐突に、エリノアは声をあげた。
天井を仰ぎ、その頰にはポロポロと涙がこぼれ落ちていく。
ワナワナしたその手が握り締めているのは、ナイフとフォーク。
目の前のテーブルには温かい料理が並んでいて……その中からチキンに添えられていた芋を食べて。それでエリノアは泣いているのだった。
「お、お、おいしぃ……おいしいよブラッド!」
いつの間にこんな料理まで作れるようになったのとエリノアは感涙している。
──あのあと。
どうして急に魔物が三匹もこちらに現れたのかと聞きたがったエリノアだったが。いくら聞いてもブラッドリーは笑うばかりで何も教えてはくれなかった。
それよりもご飯を食べようと急かされて。
とても心配したエリノアだったのだが……
手を引かれて居間までいくと──そのテーブルの上には、ブラッドリーが作ったという食事がずらりと並べられていたという訳だった。
驚くエリノアに、ブラッドリーはシチューはリードに習い、チキンやマフィンはコーネリアグレースに焼き方を教わったんだよと嬉しそうに言って。
──途端、エリノアの涙腺は崩壊した。驚きと感動で、心配事など吹き飛んでしまったのである。
エリノアはボロボロ、ボロボロ泣いている。
「大きくなったね……おぉきくなったのねっ、ブラッドっ」
こんがり焼けたチキンにシチュー、マフィン……何を食べてもエリノアはその都度泣く。
どうやら食べながら、小さな頃のブラッドリーのことでも思い出してるらしい。
ほとほと涙をテーブルの上にこぼしながら、大きくなったね、ありがとうと繰り返す姉に、ブラッドリーはくすぐったそうに笑っていた。姉を喜ばせたいと思って夕食作りに挑戦したが、こんなに喜んでくれるとは思わなかった。ブラッドリーも嬉しくて嬉しくてたまらない。
「姉さん……ちょっと落ち着いて……そんなに泣かないでよ」
子供のように泣くエリノアの頬をハンカチで拭って。それからブラッドリーはエリノアにパンを差し出す。
「これも食べて。ゆっくりだよ。喉につまらせないでね」
「うん、うん……こんなにおいしい料理が作れるようになったなんて……しかも私の……私のためなんて……」
「!」
パンを受け取るやいなや、エリノアは、あなたは天使よ! と、ブラッドリーの頭を抱きしめた。
「こんなに素晴らしい弟が他にいるわけがないわ!」
「ちょ……姉さんったら……」
危ないなあと口では言いながら、ブラッドリーの顔は照れっと嬉しそうである。
──と、そんな幸せいっぱいの姉弟の様子を、壁のそばから微妙そうに見つめる者たちがいた。
三匹のマリモ……いや、子猫たちはあどけない声で順に言う。
「ははうえー」
「なんだかあのゆうしゃ」
「ちょろそう」
「し! おやめ!」
すぐさまそれをコーネリアグレースがいさめる。
「滅多なことを言うものではありません! 魔王陛下を“天使”だとかのんきで頓珍漢なことが言える人間はあのお方だけなのよ!」
敬いなさい! と婦人は変な教育を娘たちにほどこしている。
まあこれも……ここで暮らすには必要な教育であるのかもしれなかった。
……と、食後にやっと落ち着いたエリノアは、その事実に気がついた時ギョッとして目を剥いた。
「え!?」
前回の騒動の疲労からやっと回復して姿を現した白犬ヴォルフガングは、三匹を見ながら、まあと渋い顔で言う。
「あの小娘たちは力もそう強くはない。さほど害はないとは思うが……」
「ヴォルフガング、で、でも……」
「まあ、来てしまったものは仕方がないだろう。現状戻す術はないぞ」
「で、でも……あんなおちびちゃんたちをテオティルのそばにおいて大丈夫なの!? 一応魔物なんでしょう!? 病気とかになるんじゃ……」
不安そうに己の肩を揺するエリノアに、ヴォルフガングが目を細める。無意識かもしれないが……幼いとはいえ魔物の仔を案じるなど、勇者のくせになんとお人好しなのだろうと呆れているらしかった。
「……やれやれ。まあ、お前が小娘らを害しようと思わなければ、聖剣に滅されることはないのでは?」
そう言ってやると、エリノアは心外だと言わんばかりに眉間にシワを寄せる。
「何言ってるの! あんな小さい子たちを害しようなんて思うわけがないでしょ!」
「……」(※ヴォルフ。魔物なのになぁと思っている)(あれが育ったら女豹婦人みたいになるのになあと思っている)
と、そんなエリノアに……ニンマリ口の端を持ち上げた何者かが忍び寄る。
「……ですわよねぇ」
「ぎゃ! コ、コーネリアさん……」
ブラッドリーと台所で夕食の後片付けをしてたはずの婦人が急に現れて。エリノアが一瞬飛び上がる。エリノアがおそるおそるコーネリアグレースを見ると……婦人は哀れっぽい顔で彼女を見た。……明らかに芝居だが。
「エリノア様……まさかあたくしの可愛い娘たちをこの家から放り出せなんて……おっしゃいませんわよね!?」
「!? だ、で、でもだって……」
婦人に迫られたエリノアはうろたえる。
そうなのだ、要するに、また増えてしまった小さな魔物三匹をコーネリアグレースはこの家に置いてくれと言うのである。もうこれ以上家に住人、しかも魔物が増えるのなんか絶対にごめんだと思ったエリノアだったが……コーネリアグレースと共に現れた三匹の、もこもこ並んだ可愛らしい顔にじっと見つめられると──
このお人好しの娘は弱いのだ。
「だ、だめだ! 断るには可愛すぎる!」
どうしたらいいんだとワナワナ頭を抱えるエリノアを、三匹のマリモたちは心の中でやっぱりちょろそうだと思っている。コーネリアグレースはたおやかだが、どこか勝ち誇った笑顔でエリノアを見た。
「ね? お願いですエリノア様。だって外には放せませんわ。まあ我が娘たちはこう見えてかなりしぶといですから独り立ちさせてもようございますけど……街は大変なことになると思いますわよ」
「うっ……」
と、そこへ黒猫がスライディングで駆け込んで来る。現れたグレンは鋭く異議を唱えた。
「姉上ダメですよ! 街なんかどうでもいいではありませんか! 妹たちを置いたりしたら、この家はおしまいです!」
「おバカ! お前たち、やっておしまい!」
コーネリアグレースが号令をかけると、マリモたちはいっせいにグレンに飛びかかって行く。驚いたグレンはビヨンと飛び上がって、それから一目散に逃げていった。子猫たちはグレンを追って駆けていく。
「来るなばか!」
「あにうえ」
「あそんで」
「あそんでー」
グレンは、ヤダァ! と、叫びながら外に飛び出ていった。
「…………」
それを呆然と見送るエリノア。
──そして結局、この娘には、あの可愛らしい三匹を外に放り出せなどとは言えなかったのである……
お読みいただき有難うございます。
都合により、時間がないのでチェックは後ほど。
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ブクマ、評価などもうれしかったです( ´∀`)感謝です。




