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侍女なのに…聖剣を抜いてしまった!  作者: あきのみどり
三章 潜伏勇者編
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48 エリノア 、魔将のプライドを守るため奔走する

「…………」


 モンターク商店の中。

 倉庫で仕事をしていたブラッドリーは、怪訝な顔で固まっていた。

 彼の目の前では――


「グ、グレンー、グレンちゃ〜ん、おいでおいで〜」


 猫なで声を出しながら倉庫内をうろうろしているのは――彼の姉。

 その手にはなぜか生魚が握られていて……その姿はあまりにも不審。


「…………姉さん……いったいどうしたの? そんな魚ぶら下げて……」

「ご、ごめんブラッド、ちょっと待ってて! グ、グレンー! 出ておいでー!」

「?」


 話しかけて来た弟を魚を持った手で制し、エリノアは店内を必死で猫捜索。

 生魚を突きつけられて止められた魔王が戸惑っている。

 と、傍の棚の上からトンッと黒猫が降りて来た。


「ちょっとぉ姉上ったら……なんなんですかその愉快な悪巧み感はぁ……」


 黒猫は「嫌いじゃないなぁ」とか言いながら、ニヤニヤしてエリノアのほうに近づいて来る。


「は! グレン!」

「はい私ですよ。で、なんですかその生臭ぁい貢物は。猫に魚とは、何やら安易すぎてもはや怪しいということにお気づきでないところが姉上らしくて私は好きです――……よ?」


 と、グレンがキョトンとした顔をする。

 彼の青い瞳が怪訝そうに見つめる前で、エリノアは――彼に向かって大きく腕を広げて立っていた。


「さ、」

「……え? な、なんですか……?」

「おいで! ほらお魚あげるから!」


 買ったばかりだから鮮度もいいのよ! ――と。真顔で言うエリノアにグレンが引いている。


「……まさか……姉上……私を抱こうっていうんですか……?」


 これまでは、グレンが無理やりエリノアの膝に乗ることなどはあったが……彼女自ら進んでこの小悪魔猫を抱こうとするようなことはなかった。


「え、キモい……何アレ……」

「……(……姉さんがまた変なことやりはじめた……)」


 魔王を呆れさせ、魔物を引かせるエリノア。しかし彼女は、真剣な顔でグレンを手招いている。

 その様子にグレンは思い切り三角の耳を後ろに倒して。


「……陛下〜! 勇者がおかしな企みをー……あっ……」

「……」


 グレンがそう言ってブラッドリーにすりよった瞬間、その小さな身体を少年がつまみ上げた。


「……これでいいの? 姉さん」

「えー陛下―」

「ブラッド! ありがとう!!」


 ブラッドリーがグレンを抱き上げたのを見ると、エリノアはホッと弟に笑顔を向ける。

 その微笑みにブラッドリーが照れた瞬間――エリノアは、今度はスカートの後ろに挟んであった何かを彼に差し出した。


「え……? 何これ……」

「抱っこ紐よ。急いで作ったの」

「は?」


 エリノアの口から出た馴染みのない道具の名前に、ブラッドリーが戸惑いを見せる。


「悪いんだけど、ブラッドしばらくこれでその子を抱っこしておいてくれない?」

「……え……」

「え♡」※グレン

「お願いよブラッド……お仕事も忙しいのは分かるんだけど……これには私の恩人のプライドがかかってるのよ! 私もあとで仕事手伝うから!」

「う、うん分かった……」


 愛する姉に上目遣いに懇願されたブラッドリーは、戸惑いながらも了承する。

 少年魔王は大人しくエリノアに斜めがけの抱っこ紐をつけられて――その中に嬉しげに丸まった黒猫をそっと収めた。するとエリノアは、安堵した顔をして……


「……これでよし……よろしくねブラッド! 絶対その子、逃さないでね!?」


 お願いよー! と、言い残すと――姉は店を走り去って行った……

 残されたブラッドリーは……憮然とした微妙な顔で立ち尽くす。


「…………」

「陛下〜♪ えへ。あったかぁい♪」


 黒猫は袋状の抱っこ紐の中でゴロゴロ言っている。




 さてこちらはトワイン家前広場。

 ブラッドリーの愛犬(?)ヴォルフガングとリードが戯れはじめてから、もうすでに結構な時間が経っていた。

 諸々を誤魔化すために身体を張っていたヴォルフガングは――現在リードとボール遊びに興じていた。

 モンターク商店でグレンをブラッドリーに押しつけて来たエリノアは、それをハラハラと見守っている。


 エリノアがブラッドリーに抱っこ紐をつけてきた訳が、これだ……

 くだんの魔将は――慣れないことをしすぎたせいか、何かのリミットでも外れたようにテンションがおかしなことになってしまっている……


「あ! ノア! なあ親父なんだって?」

「う、うん、おじさんはリードに昼休みとっていいよって……でもあのリードそろそろ……」


 リードが戻って来たエリノアに気がついて。彼女の元へ駆け寄って来た……が、すぐに大型犬ヴォルフガングがそこへドシーンッと乱入する。口にはボール。頭突きで投げろと催促されたリードは、嬉しそうに目尻を下げて白犬に応じる。


「わっ! 分かった、分かったってヴォルフ! こいつ〜今日は本当に積極的だなぁ」

「あ、あ、あ……ヴォルフガング……そ、そろそろやめなよぉ……!」


 エリノアは引きとめたが、どこかグルグルした目のヴォルフガングはその制止を振り切って。リードと共に、アグレッシブに走り去ってしまった……


「ああぁあああ……ヴォ、ヴォルフガングーッ!!」


 残されたエリノアは地面に膝をつき、手を突き出して嘆いている。

 無理にでも止めてやりたいエリノアなのだが――モフモフの毛で分かりにくいが、ヴォルフガングはその下にかなりの筋肉を備えている。

 あの力に引きずられてしまえば、この平均以下しか体力のない娘では、とても魔将を止めることができなかった……


(な、なぜこんなことに……)

 

 エリノアは呻く。


 ――はじめはもちろんこんなふうではなかったのだ。

 ヴォルフガングは、エリノアと聖剣のためにゼイゼイ必死な顔でリードと遊んでいて――

 しかし――エリノアは気がつかなかったのだ。ある時点からそれが徐々に変化して……いつの間にか、魔将の目が爛々とした輝きを放っていたことに。

 もはや……ヴォルフガングの耳には、エリノアの制止は届かない。


「ど、どうしたらいいのアレ!? どうしたら……」


 走り去って行った先で、リードの投げたボールを嬉々としてキャッチして遊んでいる白犬の姿にエリノアが困り果てている。

 一応、魔将の自尊心を守るため、小悪魔グレンはこちらに来ないよう対策したが……

 傍目には楽しそうな青年と犬の戯れにしか見えなくとも、これは――おそらくヴォルフガングの本意ではない。

 多分魔将も混乱してのこと。間違っても、犬の本能が目覚めちゃったんだね……なんてことは思ってはいけないのだ。そんなことを彼に言ってしまったら、後々彼のプライドがどんなに傷ついてしまうことだろう……!


 エリノアは真剣に悩んだ。


(…………これ……もしかしてそっとしておいた方がいいんだろうか……見て見ぬふりをしてあげた方がいいやつ……?)


 ヴォルフガングがリードと戯れようがそれは別に悪いことではない。

 しかし……エリノアはあのプライドの高そうな魔将の自尊心が心配で……


「…………や、やっぱり止めよう。今度は私がヴォルフの助けにならないと……!」


 決意したエリノアは、もう一度ヴォルフガングを止めに走ろうと足に力をこめて――


 と……

 離れていた場所でボールを投げていたリードが、ふとヴォルフガングを見ながら不思議そうな顔でエリノアに声をかける。


「……それにしても……さっきのヴォルフ、絶対に人の言葉をしゃべったと思ったんだけどな」

「え!?」


 リードのセリフに、エリノアはギクリと肩を震わす。


「……そ、そんなこと……ないでしょ……だ、だって、ヴォルフガングは……犬だよ……? そんな、人の言葉なんて……」

「でもあの声は普通の鳴き声とはちょっと違ったふうに聞こえなかったか?」


 問われたエリノアはブンブンと頭を横に振る。

 リードは納得できないのか、「そうかなぁ」と首を傾げている。だが……しかし。それでも、エリノアはゴリ押しするしかないと、ハラハラした顔でヴォルフガングを見た。


 二人の傍へボールをくわえて戻った白犬魔将はそれをリードの足元に落とすと――こわばった、不自然な顔で青年にスリスリ額をすりつけている。そして――どういう仕組みなのか……

 喉が……

 ゴロゴロ……鳴っていた……


「なんだなんだ……この甘えん坊め、可愛いなあヴォルフ!」

「…………」


 リードはものすごく嬉しそうで気がついていない。が……どうやら魔将は甘え方を間違っている。

 ――混乱のせいか……それとも普段からいろいろなものに変化するせいなのか……

 どう見てもあれはグレンの真似だな……とエリノアは哀れむような目でヴォルフガングを見た。

 可哀想に……彼の甘えスキルの低さが窺える。


(ヴォルフ……犬は……犬の喉はゴロゴロ鳴らないようっ! ……ふ、不憫……不憫だわ……)


 これは――早よう止めなあかん……っっっ!! ――と、痛感したエリノアは……ボールを投げようとしたリードの腕をガシッと止める。


「あ、あのリード……! そろそろ……ヴォルフガング興奮しすぎて疲れちゃう……」

「? でもかなり嬉しそうだぞ? まだボール投げて欲しそうだし……しっぽも振って喉もゴロゴロ……て、あれ? 犬も喉を鳴らすんだっけ……?」

「ぎゃ! リード!!」


 ふとそのことに気がついたらしいリード。考え込もうとする彼の腕へエリノアは飛びついた。


「ノ、ノア?」


 エリノアは青年に取りすがって。彼をヴォルフガングから引き離すように自分のほうへ引っ張ると……引き寄せられたリードは驚いて。微かに頬を赤らめている。

 しかしエリノアは必死の形相だ。下では目がグルグルした白犬が、『遊べ遊べ、ボールを投げろ』と、無言の圧をかけて来るしで……そんなうっすらした青年の頬の色味など、判別する余裕はなかった。

 リードの腕をがっしり掴んだエリノアは、お尻にヴォルフガングの頭突きを受けながら……切に訴えた。


「ほ、ほどほ……痛ッ、な、何事も程々が大事でしょ、ね、リード!」

「え……でも……こんなにヴォルフが俺と遊んでくれることあんまりないし……」


 一瞬照れたような顔をしていたリードは、エリノアの言葉を聞くとしゅんと寂しそうな顔をした。それを見たエリノアは慌てて口走る。


「じゃ、じゃあ――私が代わりに遊んであげる!」

「え……」



お読みいただき感謝です。


ヴォルフ……ごめん…

今回初めて♡を使いましたが……使えるんですね…知らなかった…


誤字報告してくださった方ありがとうございます!

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