再生巫女看護師は業務中1
ああ、体力限界……このまま居眠りしそうだよ。
帝立医療院付属病院からオダーウエ聖竜騎士団の本部につながる渡り廊下を歩きながらめまいを感じて額を押さえて立ち止まった。
あの術は私の体力と精神力を削りまくるんだよね……脂肪は削ってくれないんだけどねぇ……
渡り廊下から庭を眺めると庭師さんが庭木の剪定をしているのが見えた。
休みになったら戦神の神殿にたまには帰らないと……でもなぁ……
ため息をついて頭を上げてあるき出した。
『疲れているようだな愛しい我が巫女』
エウリール様の脳内通信が絶妙なタイミングできた。
『無理せず、辞めてなら巫女業に専念するがよい』
赤いモコモコ髪の筋肉美丈夫な戦神様が眉をひそめてるのがなんとなくわかった。
ありがとうございます、やめません、神殿にこもったら……恐ろしいよ、もっと太ること請け合いです。
『そうか……しかし……いや、この世より去れば我が腕に……』
エウリール様がブツブツなんか目をどこかに彷徨わせ始めたので脳内通信を切ることにした。
では、失礼します、他のエウリール様の巫女にも脳内通信してしてあげてください。
『ファリシア? 我を見捨てる気か? ファリシア〜、あ、姉上、我は別に巫女を……』
何か圧倒的な力でエウリール様が離されて気配が消えたのがわかった。
姉上って地母神オーラダー様だよね、たぶん離してくれたんだよね、オーラダー神殿にあとでおまいりしとかないとね。
エウリール様の執着に少し寒気がした。
視界が戻ってくる。
渡り廊下の柱によりかがるように座り込んでいて庭師さんが慌ててかけてくるのが見えた。
大丈夫ですと慌てて手を振ると庭師さんがちかくまできてまたあんたかぁと呆れた顔をされた。
これまでも脳内通信のせいで良くフラフラしたり座り込んだり倒れたり士てるので割りと有名人らしい。
きちんと体調管理してください、看護師の不養生ですよといいながら人のいい庭師さんは仕事に戻った。
私が不養生なんじゃなくて、エウリール様の脳内通信が唐突すぎるだけだもんとつぶやきながら前を見ると早足でこちらに近づく見覚えある制服の若き筋肉質のそこそこイケメン騎士が見えた。
ファリシア看護師と声を上げたその騎士はこの間、ウエルサ騎士の止血をしてたオヤルル騎士だ。
「ウエルサはどうですか? 」
「大丈夫ですよ、一週間もすれば退院できるんじゃないですか? 」
可愛い彼女さんにクッキーをあーんされててデレデレしてたよ。
あのあと帝立医療院附属病院に入院になったウエルサ騎士がどれくらいで復帰できそうか様子を見に行ってたんだ。
かなり血液を失ってたけど、さすが騎士の基礎体力で回復も早そうだった。
「附属病院に何か御用ですか? 」
「ファリシア看護師を迎えに行くように医師に依頼されました」
オヤルル騎士が手を差し出した。
ああ、力を使ってフラフラしてるの医務室のみんなにバレてたか……
「ありがとうございます」
手を無視して脇を通り向けると少しふらついて支えられた。
「大丈夫ですか? 」
「すみません」
手を離してもらおうとつかむと握られた。
「この手がウエルサを助けてくれたんですね」
「……ウエルサ騎士の基礎体力のおかげだと思いますけどね」
ムニムニと揉まないでほしいとおもいながら答えた。
騎士の基礎体力がなければ再生術を思いっきりぶっこむなんてしない、本当は繊細に少しずつやるもんだけど、緊急事態だったから出た許可だ。
もっとも、これができるから私は騎士団に配属になってるんだけどね。
「失礼しました、ウエルサを助けて下さりありがとうございます」
オヤルル騎士が手を離して胸に手を当て礼をした。
「私の職務ですから」
「それでも、あいつがまだ騎士をできるのはあなたのおかげですから」
あわてる私にオヤルルが微笑んだ。
「な、仲がいいんですね」
なんか動揺しそうになって私は去年栄転してきた地方神殿の聖騎士から目をそらした。
「あいつも地方出身で……バカにされ……愚痴ったり……まあ色々と……」
オヤルル騎士が目の端で苦笑してるのが見えた。
「団長と相談……」
「これで黙らせますから」
オヤルル騎士が拳を少し持ち上げた。
それは、それで問題が……いるんだよね、帝都出身ってだけで優越感持つバカが……私もちっちゃい頃、ここに来た頃やられたよ。
私、山奥の村出身なんだよね。
「怪我をしないでくださいね」
「そういえばあなたもエウリール神の再生巫女でしたね」
そういいながらオヤルル騎士が私を見つめた。
「ええ、まあ。」
なにさ、その再生巫女って……なんか再生された巫女みたいじゃないか。
「オレがお仕えしていた神殿にも高位の巫女がいて……あなたと雲泥の差でした。」
オヤルル騎士が私の顔を見た。
ど、どういう意味だろう?
ま、まあ高位の巫女なんて地方にそうそう居ないし……いてもあれだ、帝都に呼ばれる可能性も高いしね。
中位とか下位の巫女なら結構いるけどね。
「その高位巫女って? 」
場合によっては、神殿本部に問い合わせ? 偽装とかじゃないよね?
「華奢な美人ですよ、外見は、でも中身は……」
オヤルル騎士がいいよどんだ。
あーそういうことから……つまり、その巫女が美人なので巫女イコール美人だと思ってるんだ、雲泥の差ってこういうことだよね。
男なんてみんな同じだよ!
そのときはそうなんとなくムカついて高位巫女の素性を問い合わせなかったのが後々の間違いだったんだよね。
「そうですか、太っていて申し訳ありませんね、いそがしいからもういきます」
「そう言う意味ではないです」
なんとなくムカついて早足で先に行くとオヤルル騎士がついてきた。
「もう、良いです」
「ファルシア看護師、なにか誤解してないですか? オレが言いたいのはですね」
さらに速度を早めてもオヤルル騎士が付いてくる。
「べつに言い訳しなくて……いい……です」
ああ、息苦しい…倒れそう。
男なんて兄ちゃん達以外、いや兄ちゃんたちもエウリール様模スレンダー美人が好きなんだぁ〜と内心ぐちゃぐちゃおもいながら医務隊詰所の扉が見えたので勢いよく開けて飛び込んだ。
荒い息のまましたを向きむせこんだ。
「どうしたんだい? セリカちゃん」
看護助手のダルテアおじさんがあわてて駆け寄って背中をなでてくれた。
「ファリシア看護師、誤解だ」
オヤルル騎士が鬼気迫る勢いで追ってきたのが見えて小さく悲鳴を上げるとダルテアおじさんが眉を上げて扉を閉めてついでに鍵をかけた。
「いったいなにがどうなってるんだい? 」
ダルテアおじさんが私を近くの椅子に腰掛けさせた。
扉が禿しく叩かれ、ファリシア看護師誤解だとオヤルル騎士が叫びながらドアノブを回している音がする。
「いきなり自分の出身の神殿の巫女の話しだして……華奢な美人なんだそうです」
どうせデブですよとおもいながらメモをポケットから取り出した。
そうなんだ、オヤルル騎士君も地雷踏んだねぇと奥の大型通信機の画面でレントゲンの確認をしていたらしいゼゼルハス医師が椅子ごとくるりとまわった。
「ウエルサ騎士は回復傾向ですが、退院まで一週間くらいかかりそうです」
「ご苦労様、ダルテア君はセリカちゃんに水分を……ピアサール君、外のうるさいのと話つけてきて」
ウエルサ君もバカ見たよねといいながら、ゼゼルハス医師は椅子を戻して、レントゲン画面から指示書を作成画面に切り替えた
騎士たちの体力と傷病にあわせてトレーニングするから必要な作業だけど……相変わらず入力早……トレーナーとの多職種協働するからスピード勝負〜とか普段からふざけて言ってるけどね。
医務隊詰所の扉をピアサール看護師が開けたとたんオヤルル騎士がすごい勢いでファリシア看護師と押し寄せてきた。
ピアサール看護師がニコニコと必殺? 看護師の微笑みを浮かべてオヤルル騎士を押し出した。
「業務の支障になりますのでお帰りください」
「ファルシア看護師! 誤解だ! オレは貴方がすごい術者だと……」
オヤルル騎士が聞いているのか筋力で押し切ろうとして、やっぱり、筋肉質なピアサール看護師に押し出された。
あの人、下手な騎士より筋肉質でガタイが良いんでよく騎士とか軍人に間違えられるらしいです。
「オヤルル騎士、騎士団長に報告しますよ」
ピアサール看護師は必殺? 看護師の微笑みのままオヤルル騎士を押し出して後ろ手で扉を閉め出ていった。
なんだかんだ言って医務隊の職員の大半は腕っぷしが強い、私は弱いけどね。
扉の向こうからくぐもった声が聞こえてる。
私、あの人のなんかのスイッチ押した? 何がそんなに執着のもとなのさ、そんなにオヤルル騎士とはなしたことないよ。
「セリカちゃん、お茶をどうぞ」
ダルテアおじさんがテーブルに紅茶をおいてくれた、私好みの甘いミルクティーみたいだ。
「ありがとうございます」
自分用のうさぎの模様のマグカップを手に持ち一口飲むと身体に染み渡った。
あー、もうオヤルル騎士のせいで無駄体力使った。
ため息をつくとおっさんみたいだぞとピアサール看護師に苦笑された。
「先生もどうぞ」
ダルテアおじさんがゼゼルハス医師の作業デスクに先生好みの無糖の紅茶を置いた。
「オヤルル騎士は何を興奮してるんだろうね」
ゼゼルハス医師がお茶をすすりながらこちらを向いた。
「すみません」
本当に迷惑だよ……故郷の巫女の自慢話なんて聞きたくないよ。
とつぶやきながらミルクティーを一口飲んだ。
ああ、疲労感倍増だよ。
「故郷の巫女? セリカ君、無理はいけない」
ゼゼハリス医師が目を細めた。
「大丈夫ですよ、それよりウエルサ騎士の入院計画書と情報提供書の返事です」
帝立医療院付属医院からもらってきた書類を渡した。
「うん、ご苦労様、ピアサール君もね」
ゼゼルハス医師が書類を受け取りながら扉を開けて帰ってきたピアサール看護師に微笑んだ。
「オヤルル騎士追っ払い成功です」
ピアーサル看護師が腕を回しながらにっと笑った。
相変わらず軍人チックな看護師だよね。
「ありがとうございます」
相手も騎士だしまずいことになるまいと思いながら湿布を薬品棚から処置台に補充する。
たしかミズアサ騎士が腰痛訴えてたな。
ピアサールさんもお茶をどうぞとダルテアおじさんが無糖ミルクティーを渡してるのを見ながら立ち上がると少しふらついた。
「セリカちゃん、顔色わるいよ」
ピアサール看護師がそういって私の手首をもった。
脈を見てるらしい。
帝立医療院付属看護学校の先輩なピアサール看護師は面倒見がいいよね。
「セリカ君、午後から休んだら」
有給も消化しなよとゼゼルハス医師がカップを置いた。
「大丈夫ですよ」
有給休暇消化って……たしかに残りまくってるけどと思いながら仕事に戻ろうとするとピアサール看護師が腕を離さないんだよね。
「すこし脈が早いよ」
ピアサール先輩は私の目をアッカンベーして血色を確かめた。
貧血はないかとつぶやいてるし……
「休養しなさい、ファリシア看護師」
ゼゼルハスがすっと目を細めた、まずい、逆らっちゃいけないモードだ。
「で、ではお言葉に甘えて休ませていただきます」
あわてて立ち上がった。
「神殿に連絡いれておきました、先生」
ダルテアおじさん通信機を片手に微笑んだ。
「うん、ありがとう、お大事にね」
ゼゼルハス医師がのほほんとお茶をすすった。
え、えーと……戦大神殿に帰るのも……なんか……
わ、わかりました、魔境に逝って来ます……
お先に失礼しますと声をかけてため息をついた。
どうせ、てぐすね引いて待ってるんだろうなぁ……あの人とか……
思い足取りでロッカーに向かいながら妙に天気な空を見上げた……ああ、気が重いよ。




