再生巫女看護師は業務中5
オヤルル騎士と食事か…。
きちんと話とかないとね。
砦の医務室はいつでも機能するように管理されてて本拠地より傷処置材料はそろってる。
個別のはオダーウエ聖騎士団本部の医務室から持ってきたのでなんとかなるみたい。
「シューお兄ちゃんが切れるもんね。」
私は砦の医務室で看護記録を記入しながら呟いた。
オヤルル騎士にはちゃんと婚約者がいることを伝えて協力できないって言おう。
「情報共有は大事だよね。」
パウサウルさんの白い巻き毛が頬にかかっているのを見えた。
カルテを確認するためにうつむいたらしい。
おばさんパーマだよね…あれ…あのかみ毛どっかでみたような…。
「そういえば、パウサウルさん、ご兄弟いませんか?」
私は思い浮かんだ。
確かパウサウルさんは姓がキイラシアだよね。
「うん、いるよ、皇帝護衛神官戦士隊に弟が一匹。」
パウサウルさんが苦笑した。
「この間、ヤサゼシス神官お兄ちゃんのところで会いました。」
部外者扱いされたよね。
あの白い巻き毛は印象的だった。
何ですぐに思い付かなかったんだろう?
「あいつはツムギア公に心酔してるからね、嫌な思いしなかった?」
パウサウルさんがニコニコ言った。
その顔をみて思い付かない訳がわかった。
いつもニコニコのパウサウルさんと固い表情のキイラシア戦士じゃ印象が全然違う。
パウサウルさんは私より年上で優しいけど、パウサウル看護師も仕事の時は容赦ないって騎士たちが恐れてるんだよね。
「大丈夫ですよ、単なる部外者ですから。」
うん、そのくらい気にしないよ。
「あいつ、そんなこと言ったのか?だから結婚できないんだよね。」
オーラダー様の神官のくせにとパウサウルさんが呟いた。
パウサウルさんは奥さんと子供いるもんね。
地母神のオーラダー神様の神官って特に結婚奨励だからね、婚姻率高いのに…。
「あの…なんかお客様が見えてるって連絡受けましたよ。」
事務員のピーノさんが顔を出した。
小柄でかわいいって評判だけど…確かバツイチ子持ちのシングルファザーだよね。
「ゼゼルハス医師はイストアート騎士のところにいってて留守ですよ。」
私は看護記録に目をやりながら言った。
「…なんかセリカちゃんに用がある人らしいですよ。」
ピーノさんが小首をかしげた、あれで子持ち何て信じられないよね。
「え?心当たりないですよ、そういえばヤイアス君はどうしたの?」
今日は勤務のはずだよね。
「ああ、さっき病室でシーツ交換しながら『こんなはずじゃなかったっす。』っていってるの見たよ。」
パウサウルさんがそういって病室の方を見た。
「辞める日も近いですかね…。」
私もなんとなくそちらを見た。
仕事がどうもきついというか特殊のせいか入れ替わりが激しいんだよね。
ヤイアス君も皇宮ってっことで夢見てたみたいだしね。
「まあ、彼はこの際放っておいてお客人はどんな人?」
パウサウルさんがニコニコ言った。
今、放っておくって言い切ったよ…まあ良いけどさ。
「オヤルル地方の領主の奥方様です。」
ピーノさんが面会票を見ながらこたえた。
「…わー、なんか会いたくないなぁ。」
やっかいごとの匂いがする。
「忙しいとかいって断りましょうか?」
ピーノさんが心配そうに聞いた。
「うーん、まあ会いますよ。」
面倒になったら…ああ、シューお兄ちゃんはさすがに頼れないか…。
一番近い面会室に紫のレースに白い襟の長衣に薄紫の花柄の散るアンダードレスを着て紫のレース扇を持った優美な中年の貴婦人がいた。
青い髪を複雑に結い上げた青い目のその人は私が入ったとたん一瞬見てから目を反らした。
耳の大きな紫のイヤリングが光を反射した。
「お待たせしました、看護師のセリカ・ファリシアです。」
私は礼をしながら言った。
「……巫女ではなかったの?…姓があるじゃないの。」
貴婦人がボソボソお付きらしい女性に言った。
「奥方様、お話しされてから判断なさいませ。」
お付きらしい女性が奥方様に耳打ちした。
お二人とも声がでかいですよ。
「巫女としてはファリシアとなります。」
うん、エウリール様がくれた名前だよね。
セリカは俗世名…私、子供のとき。
わたしセリカだもん~。
ふぁりしあじゃないもん~。
ってごねて泣いたからね…お兄ちゃんたち…特にシューお兄ちゃんを困らせたな…。
だから…みんな『セリカ』ってよんでくれるんだよね。
でも戸籍にはファリシアとしかもう書いてない…。
結婚しても変わらないかな…。
「あの、本当に最高位の再生巫女様ですの?」
奥方様が綺麗な扇を握りしめて言った。
「はい、エウリール大神殿の最高位の再生巫女ファリシアは私です。」
きちんと目をみてこたえた。
こう言う時は視線をあわせて気合いをいれろってジァイアス巫子お兄ちゃんが言ってた。
あれ?それって喧嘩?の方法なんじゃ…。
「ま、まあ良いですわ…ところで巫女様、ふくよかでいらっしゃいますのね。」
扇で口元をおおって奥方様はいった。
「はあ、まあそうですね。」
また、それかい、痩せられるもんなら痩せてますよ。
「お掛けになってくださいな…小柄よね。」
奥方様が扇でソファーを指した。
そういや立ち尽くしてたわ。
小柄よねってあからさまだよね。
「それで…どのようなご用件ですか?」
私はテーブルの上に用意されてるオレンジショコラクッキーをついつい見つめて言った。
「お召し上がりになったら?」
優雅にお茶を飲んで華奢な貴婦人はひきつった笑いを浮かべた。
「いえ、結構です。」
美味しそうだけど今は要件聞き出さないと。
「そう、単刀直入にお聞きしますわ、あなた、私の息子と結婚するのよね?」
奥方様が扇を私に向けて言った。
一瞬、固まった。
「は…い?息子と結婚って…。」
第一息子って誰なのさ。
「私はルークスの母親ですわ。」
奥方様が固い表情でいった。
ルークスって誰さ。
『あやつまでライバルか!』
エウリール様がさけんだ。
ライバルもなにもわからないよ。
本当に誰なのさ、ルークスって?
『……何ですか?姉上…わかっております、確かにあやつなら…。』
エウリール様が含みを持った言い方をした。
姉上ってオーラダー神様ですよね。
「あなた、大丈夫ですの?ご気分が悪いのかしら?」
奥方様が言った。
お付きらしい女性が私をのぞきこんでる。
「失礼しました。」
エウリール様は本当に状況を選んでくれない。
「……わかったわ、神様の啓示を受けてたのですわね。」
奥方様が見透かしたように言った。
「なぜ、それが…。」
初対面で気がついた人なんかいない。
「それは…。」
奥方様がいいかけた時誰かが部屋に飛び込んできた。
「母上!いったいどういうことですか!」
赤い短い髪が視界に広がる目の前にオヤルル騎士が庇うようにたっていた。
「あら、未来の嫁に挨拶に来たのですわ。」
奥方様がのんびり言った。
「やめていただきたい。」
オヤルル騎士が焦ったように言った。
未来の嫁ってなにさ?
いったいどういう話になってるのさ。
「ライティーアと結婚しないのは私も大賛成ですわ…でもこんなおでぶちゃんがうちの嫁になるのも考えものですわ。」
奥方様が頬に手を当ててため息をついた。
「オレはセリカを愛しています!」
オヤルル騎士が両手を握りしめて宣言した。
「そう、本気なのですね。」
奥方様が呟いた。
「はい。」
オヤルル騎士が静かにいった。
「わかりましたわ、帰ります。」
奥方様がそういって優雅に立ち上がった。
あの~私、状況がつかめてないんですが~。
「ファリシアさんを今度領主の館につれてらっしゃい。」
奥方様がそうにいって部屋から出ていった。
い、いったい何がどうなってるんだろう?
「セリカ、いや、ファリシア看護師…今晩きちんと話をします。」
赤茶色の目がしっかりと私を見つめて武器ダコのある手が私の頬を撫でた。
そしてそのまま出ていった。
ええ?どういう事?
偽装だよね、婚約?
こ、今晩しっかりきかないとだよね。
あ、愛していますってどういうことなんだろう?




