真面目騎士の憂鬱1
ファリシア看護師は違う…。
あの女性とは…落ち着け…大丈夫だ。
医務隊は人数が少ないな…。
狭い医務室に数人の職員が話し合いをしているようだが…専門用語ばかりでよくわからない。
そう思いながら物品整理を手伝っているとダルテアさんがお盆を持ってやってきた。
「すみませんね、お手伝いいただいて、助かります。」
穏やかな微笑みを浮かべてダルテアさんが言った。
「忙しいようですね。」
オレは話し合いのテーブルを見ながら言った。
「いつものことですよ、それより傷はいかがですか?」
ダルテアさんがそういいながらお茶とクッキーをおいてくれた。
「良いみたいです。」
傷のある手を開いたり握ったりしても痛みはわずかにしか感じない、騎士団復帰も近いのだろうか?
オーラダー神殿の名物クッキーだな。
穀物に雑穀とドライフルーツが入ったざっくりしたものだったか?
「どうぞ、オーラダー神殿からのおすそわけです、最高位の巫師様がキノウエシからお帰りになった際にお土産にくださったとか。」
ダルテアさんがそういいながら自分もクッキーを一枚取って食べた。
よく見るとオーラダー神の鎌の聖印を下げてるな。
「あなたはオーラダー神の神官か?」
オレはお茶に手をだしながら聞いた。
「単なる熱心な信者ですよ…あそこは生と死を司る神の神殿ですから。」
少し憂いの表情ダルテアさんが呟くように言った。
なにか事情があるようだな…。
神殿はなにかしらあるもんなのだろうか…。
「そういえば、オヤルルさんはオヤルル領のエウリール神殿にお仕えしていたのですよね。」
ダルテアさんが気を取り直したように言った。
「そうです。」
あまり話したくない話題だな…。
「やはり地方とこちらではちがいますか…その神殿の雰囲気は?」
ダルテアさんがお茶をのみながら聞いた。
「ええ、まあ。」
特に巫女の違いに驚いたな。
あの女性は…まあ、ともかくとして、ファリシア看護師のフレンドリーさには本当に巫女かと思ったが…。
しかもエウリール神最高位の巫女だぞ…。
…働きものだ、あんなに働いてるのになんで肥えてるのか分からない…。
だが…何て抱きごこちがいいんだろう…ふわふわだ…オレは変態か?
「すみません、お待たせしました。」
ファリシア看護師が顔を出した。
「いや、大変ですね。」
恐ろしい打ち合わせだった…なんであんなに怪我をするとニコニコと医師が処置するのかとおもっていたが…あれだけ情報のやり取りをした上でしていることなら多少のがまんは仕方ない…んだろうか本当に?
いつか額の傷を縫合したときに『麻酔の方が痛いよ。』とニコニコ痛い注射を何箇所かして縫った医師は間違いなくサドだと思ったがな…。
ふ、フフフ…。
「なんか、ストレスたまってますか?そんなときこそ甘いものですよ、セリカちゃんもお食べ。」
ダルテアさんが慈愛の笑みを浮かべて言った、本当に神官っぽい人だな…。
「私、太るからいいよ、この間もさシューにいちゃんに腹と胸の区別がつかないっていわれてさ。」
ファリシア看護師が明るそうにふるまって言った。
この間会った時にセリカが世話になったといいながら、シュースル皇子…神官長に…なんか冷たい目でみられたが…恨まれる筋合いはないぞ。
「せっかく、美味しいと評判のキノウエシの神殿のクッキーなのに、そうそう食べられないよ。」
ダルテアさんがそういって菓子皿をさしただした。
「……じゃ、じゃあ、一枚だけ…。」
ファリシア看護師はそういってクッキーを手に取った。
「一枚と言わずにもっと食べなよ、若いんだし大丈夫でしょう?」
ダルテアさんがそういってさらにさしだすとファリシア看護師はもう一枚とった。
「…ああ、だめだ…美味しすぎてやめられない…どうしよう太っちゃうよ。」
ブツブツつぶやきながらもクッキーを食べ続ける。
そうか…これが太る原因か…やせたらさぞかし美しい乙女になるだろうに…。
エウリール神の寵愛を一身に受けてるときいたが…。
赤茶色の髪と赤紫の瞳などその溺愛ぶりのあらわれだろう。
どちらにも赤が現れる…あの女性ですら赤は赤みがかった琥珀の目のみなのに…つまりあれ以上の能力だということだろう。
「セリカ、それ以上豚になったら私がシュー様もらいますわ。」
イファスティーヌ看護師がニコニコとファリシア看護師の手からクッキーを奪い取った。
「オリビシア先輩ならきっとシューお兄ちゃんにお似合いだよ。」
ファリシア看護師は悲しそうに言って菓子皿からクッキーを取った。
「自虐的ね…ところでルーさん、オヤルル領の神殿から負傷状態の問い合わせが来たんだけど…連絡した?」
イファスティーヌ看護師が奪い取ったクッキーを見ながら聞いた。
「いや…特には。」
背筋が寒くなった。
いったい誰が情報をながしたんだ。
「そう、儚げなのに押しの強い巫女様に私の旦那様がお怪我をされたと聞いたがいかがなのじゃとか聞かれましたわ…ルーさん結婚してますの?」
イファスティーヌ看護師がファリシア看護師の手からクッキーを奪いとってさらに菓子皿を抱え込んで言った
「旦那様…オヤルル騎士結婚してるんですか?」
ファリシア看護師が好奇心いっぱいの目でオレを見た。
「結婚した覚えはない。」
あの女性と…結婚?
また、あの話を持ち出されるのか?
もうすんだことだと思ったのに。
「あら、そうなの、旦那様をしっかり治さねばバチを当てるとか脅されたわ…当てられるの?セリカ。」
イファスティーヌ看護師が最高位の再生巫女に聞いた。
最高位の再生巫女は未練がましくクッキーの皿を見てから小首を可愛くかしげた。
「いいえ、バチなんか当てられないですよ、できるのは再生巫女としての能力だけだとおもいますけど。」
ファリシア看護師が可愛く微笑んだ。
「そう、万にひとつがありかもしれないとおもったけど、それならいいわ。」
イファスティーヌ看護師がそういってクッキーをたべるのをファリシア看護師が悲しそうな目でみた。
可笑しい…ファリシア看護師が可愛く見える。
最高位の再生巫女なのに何であんなに可愛いんだ。
最高位の再生巫女…そうか、そうだ。
あの女性を何とかするためには…。
ファリシア看護師…最高位の再生巫女と婚約すれば…少なくとも家族は納得する。
オレは…何を考えてるんだ。
可愛いファリシア看護師が…。
可笑しい、オレの趣味はボンキュボンだったはずだ。
オレは丸々しいファリシア看護師を見つめた。
やっぱりどうかしている…あの唇にキスしたい…そして…。
『そなたは私から離れられない運命じゃ。』
あの女性の恐ろしい顔が目に浮かぶ。
麗しければ麗しいほど…。
あの女性が納得するかどうかはしらない。
だが…オレは…。
「ファリシア看護師、お願いがあるのですが…。」
オレはファリシア看護師を見つめた。
「はい、何ですか?」
ファリシア看護師がふりむいた。
この可愛いファリシア看護師をオレの運命に巻き込むのか、ルークス?
どうせいばらの道ならば…やっぱりどうかしている。
オレは深呼吸した。
「オレと結婚してくれませんか?」
とたん、医務室はシーンとなって次の瞬間騒然となった。
公開プロポーズは不味かったか?
だが…これしか方法がおもいつかない。
シュー様に殺されるってなんだ?
イファスティーヌ看護師?
「婚約者のふりをしてくれるだけでもいいんだが。」
とたん、みんなほっとした顔をした。
そんなにシューとかいう人物は恐ろしいのか?
だが、オレは本気だ、偽造から始まって本当の婚約者になって見せる。
「事情を聞かせてください。」
ファリシア看護師ではなく(まだ慌ててる。)ダルテアさんがお茶を入れなおしながらいった。
さて、どこまで話すか…。
絶対に説得して見せる!




