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兄妹転生 ~チートだからって調子に乗らず、クラスメイトは1人ずつ私刑に処します~  作者: 榛名丼
第四章.フィアトム城防衛編

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91.ペルソナ/マスカレード

 

 なだらかに続いていた会話が、そこでふと止まる。


 先ほどまで、ユキノの言葉をのらりくらりと交わしつつも、ホレイさんは彼なりに真摯にユキノに接しているように見えた。

 しかし、いま明らかに彼は言い淀んでいる。どう答えたものか迷っている。


 俺はその様子を確認して、アサクラにサインを出した。

 アサクラがこくこくと首を動かして頷く。


「……それは……」

『おい、そこで何してる』


 唐突に響く声があった。


「! …………レツ、か?」


 狙い通りにホレイさんが反応し、短剣を握りつつ周囲を見回す。音の出所を注意深く探っているようだ。


 ……が、実際、ここに運良くレツさんが駆けつけてくれたわけもない。

 彼はシュトルでの後処理が残っていると言っていたし、その後はハルバニア城にまた戻ると口にしていたからだ。

 だからといってホレイさんの勘違いというわけでもなかった。

 先ほどの声は確かに、レツさん本人のもので間違いないのだ。


 では、この音声はどういうことなのかと言えば、これはアサクラのリミテッドスキル"目覚時計(アラーム)"の仕業によるものである。

 《時間針(タイマー)》という魔法にアサクラのスキルの力が加わると、一度聞いたことのある声や音楽を物体に宿らせて、任意の時間に流すことのできる魔法に成長するのだという。


 つまりアサクラは、レツさんの音声を込めた透明な針を生み出し、それを氷の欠片に埋め込んだ。

 あとはその欠片を受け取った俺が、アイスホッケーの要領でホールの外の廊下まで思いきり放ったというわけだった。そのきっかり三秒後にレツさんの声は無事流れ出したのだ。


 このときばかりは、ここが氷の上で助かったと思う。

 もしこれが通常の大理石の床であれば、それが氷上が滑る音までもホレイさんたちに届いてしまっていただろう。そうなれば作戦は台無しだった。


 ……というか、さっきの「おい」から始まる台詞には聞き覚えがある。

 確か出会ったばかりの頃、イシジマたちに虐められていたとき、そうしてレツさんは声を掛けてくれたのだ。

 あの場に居たのかよ、と胡乱な視線を向けると、アサクラは手の平を合わせてへこへこと謝るポーズを取っていたので、肩を竦めるポーズだけを返しておいた。


 そして放った欠片は、一つだけではない。


『近衛騎士団副団長レツ・フォードだ』


 いよいよホレイさんの顔つきが変わった。

 接するユキノへの労りが覗いていた表情が一変し、鋭い目つきに変化する。

 すると、ふふん、と調子づいたような笑みを浮かべ、ユキノが艶めいた髪を払った。


「舐めて貰っては困りますよ、おじさん。私の兄さまが、予防線を張らないわけがないでしょう?」


 ――さすがだ、ユキノ。


 アドリブでここまで合わせてこられるのは、もはや一種の才能だろう。

 まあ実際、俺、予防線とか何も張ってないし……活躍したのはアサクラなんだけど……という事実は、悲しくなるので胸の奥底に仕舞っておこう。


『ギシャアアアッッッ』


 そこで、耳をつんざくような不快な声が上がった。

 あの、黒髪を氷の上にばらまいた――得体の知れない生き物だ。

 白い手足をバタバタと投げ出すように動かしながら、レツさんの声がした方向へともの凄いスピードで向かっていく。


 俺とアサクラは氷の隙間に身体を突っ込んで身を隠す。

 しかしそのバケモノは小刻みに身震いする俺たちに気づくことはなく、そのまま廊下の先へと消えていった。

 ホレイさんが僅かな上擦った声で言う。


「おい、待て。オレも――」

「ちょっと。彼らを放置するおつもりですか?」


 が、何もかも作戦通りとはいかなかった。

 カンロジがそこでホレイさんに向かって苦言を呈したのだ。


「すぐに戻るから問題ない」

「大アリ、です。その間に逃げられたらどうします? というか既に一人、逃げちゃってますけれど」


 え?

 カンロジの言葉は俺にとっても意外だった。

 既に逃げている? ……誰がだ?


 ユキノは未だ姿を見せたままで、アサクラは俺の近くに居る。

 ワラシナはカンロジとハラによって盾として使われ、殺されてしまった。

 あと姿が見えないのは、コナツ・ハルトラ・ミズヤウチ・アカイ・マエノ・ホガミだ。

 だがこんな状況では呑気に歩き回って、彼女たちを探し回るわけにもいかない。今はただ、仲間の無事を祈ることくらいしかできなかった。


「知ってるよ。気づいてるお前さんが何にも言わないから、オレも放っといただけだ」

「……ではこの件はお互い様ですね」


 にこりとカンロジが温度のない微笑を浮かべる。

 ホレイさんは眉間に皺を寄せた。


「言っておくが、レツはオレが手塩にかけて育て……た覚えはないが、オレの第一の部下だぜ。あいつだけじゃ対処には難航する。相性も悪い」

「はいはい。とにかくそちらを優先するのですね、承知しました。どうぞ勝手になさってくださいませ」

「ああ。勝手にさせてもらう」


 わかりやすく頬を膨らませるカンロジに、ホレイさんは背を向ける。

 彼が走り出すと同時、ユキノもすぐ近くの大きな氷の影に隠れた。

 さすがにカンロジとハラ相手に言葉は通じないと判断したようだ。位置は完全に割れてしまっているが、その場にただ佇んでいるよりはまだマシかもしれない。


 俺は腰の短剣へと手を伸ばす。

 ホレイさんが去った後は、大体の位置がバレているユキノを庇いつつカンロジとハラ相手に戦わねばならないだろう。ここからが本当の正念場でもある。


 いい加減、他の仲間たちの様子、せめて無事かどうかだけでも確認したいところだが……。

 考えつつ、用心深く、ほんの僅かに首だけを前に出した。

 その拍子だった。

 ホレイさんが真横を通り過ぎる直前に、それは起こった。


 ――その青い瞳と、目が合った。

 本当に一瞬、だったが……気のせいではない。


 冷たく、軽蔑するような目つきだった。

 それでいてほんの僅か、眩しいものを眺めるときのように、細められたような――そんな風にも見えたのは、それこそ気のせいだったのだろうか。


 疑いようもなく、隠れる俺の存在に気がつきながらも、何故かホレイさんはそのまま素通りする。

 そして廊下の先に姿を消したバケモノを追いかけていく。その途中に、溶けつつある氷の欠片を前方へと蹴り飛ばしながら。


「…………」


 もしかしたら――ホレイさんは、これが狂言だと、気づいている?

 気づいた上で、絶対的優位を自ら捨て、追撃を行うこともせずにこの場を離れた?


 だとしたら彼は、カンロジやハラとは異なり、まだ話の通じる可能性がある。

 例えばラングリュート王に密命を与えられて、スパイを任されているだとか。

 そんな希望的観測が頭の中に浮かんだが、今は去って行くホレイさんのことを考えている場合でもない。


 敵の分散には成功したが、依然としてカンロジとハラはこの場に残っている。

 アサクラとユキノに戦闘力は期待できない以上、俺があの二人をどうにかしなければ話にならない。

 モタモタしていれば、ホレイさんはともかくとしてあのバケモノも戻ってきてしまうだろう。

 そうなる前に片を付ける必要があるが――


「もう、こんな寒い場所でいつまでも待ってられませんわ。ハラくん、行きましょう」


 そんなとき、唐突に。

 俺たちにとってあまりに都合の良い言葉をカンロジの唇が吐き出したので、俺は呆気にとられた。


「……全員が死んでるの、確認しなくていい、のか……?」


 ハラは野暮ったい声でゴニョゴニョ言っている。

 それを、清風のようなカンロジの声音が気持ち良く切り裂いていく。

 だがその意味するところは俺にとって恐ろしいものだった。


「必要ありませんわ。いずれ全員死にますもの。それに……下の階にですね」


 一度言葉を切って、カンロジはその場でくるりと回ってみせた。

 また姿を変えるのかと思いきや、そういうわけではない。

 容姿だけならユキノに匹敵するほどの可憐さを誇る少女は、頭の上で拳の形に握った両手をリズミカルに振ってみせた。


「……こんな風に、チューチュー、っていっぱい鳴く、真っ白くて赤目のネズミさんがいるみたいですよ? わたくし、そちらの駆除を優先したいのです!」


 ……カンロジはとっくに気づいていたのだ。

 ずっと俺たちを回復し続けていた魔法にも。その使い手の名にも。


 氷の下に目を凝らせば、既に黄金色の巨大な紋章は消えている。

 僅かに迷う。

 真下にいたのはきっとネムノキだ。

 でもネムノキはきっと、ここで俺が彼を助けに行くのを望みはしないだろう、とも思う。


 フィアトムについた途端、ネムノキは城に戻れないと言って俺の前から姿を消した。

 彼がどんな理念で、何を意図して、どこまで知った上で単独行動を取ったのかまでは分からない。

 だが少なからず、俺たちに危害を加えるためではない。それだけは信じていいはずだ――。


「――ナルミくん!」


 びりびりと。

 空間が震えるほどの大声を上げて、カンロジが出し抜けに俺の名を呼んだ。


 驚いて声が出そうになるのをどうにか耐える。

 どうやらカンロジは、思いがけない挙動を起こして相手が動揺するのを楽しむ悪癖があるらしい。厄介なことこの上なかった。


 カンロジの一方的な言葉はさらに続く。


「さて、突然ですが、ここで貴方に向けてクイズですわ。

 ではさっそく第一問。――()()()()()()()()()()()?」

「………………?」


 質問の意味が分からなかった。


 アカイが前に話していた、別の人間に化けられるリミテッドスキルの持ち主、というのは十中八九、カンロジのことだろう。

 かく言う俺も先ほど、彼女がヤガサキチサの姿からカンロジユユに戻る様を目にしたばかりである。


 ひどく落ち着いた態度や時折の言葉遣いにごく僅かな違和感はあったが、それでも、まさかあれがヤガサキ本人でないなどとは思っていなかった。

 もしかしたら些細な違いはあったのかもしれないが、姿形に至っては完璧にヤガサキのように見えていた。

 複数人のクラスメイトを鮮やかに騙し抜いてみせた堂の入った演技も、悔しいが認めざるを得ない。


 だから――誰かと問われれば、答えは()()()()()だ。

 それ以外の答えはない。あるはずがない。そのはずだ。


 だけど……今この場で飛び出してそれを馬鹿正直に口にするのは、どうにも躊躇われる。

 罠の疑いもある。だがそれ以上に、ここまで搦め手を多用してきたカンロジが、当たり前のことをわざわざクイズに仕立ててくるとは考えにくかった。


 考え込む俺をせせら笑うようにして、カンロジが仄かに頬を赤らめる。


「格好つけて第一問、と言ってはみたものの、クイズはこれひとつきりですわ。ご容赦ください。

 次回までの宿題ということで、次お会いしたときにでも答えを教えてくださいませ。もし当たっていたら、何でもひとつ貴方の質問に正直に答えてさしあげます」


 全員死にますもの、と言い切ったその唇で。

 まるで俺がこの場を生き残ると信じているような口振りで、カンロジが宣言する。


 そうして彼女は満足しきったのか、上機嫌そうにハラを振り返った。


「行きましょう、ハラくん」

「あ、ああ……」


 ふたり分の気配が、ホレイさんたちの進んだ逆の方角へと離れていく。




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