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兄妹転生 ~チートだからって調子に乗らず、クラスメイトは1人ずつ私刑に処します~  作者: 榛名丼
第四章.フィアトム城防衛編

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87.ステータス開帳

 

「…………ンン?」


 マエノが首をぐるりと捻る。

 その動きはまさしく寝違えたそれのように見える。

 ぐるぐるぐるぐると首を回し終えたマエノは、ようやく頭の位置を通常通りに戻してから――俺に向かって訊いてきた。


「……今、オレのことを馬鹿だと言ったのか? このオレを?」

「お前以外に誰がいるんだ?」

「オ……」


 またマエノはぐるぐる首を回し出す。

 ここまで来るとさすがに不気味だった。ホガミさえもが顔を顰めているくらいだ。


 これ以上の挑発は切り上げることにして、俺は背後でぎゃーぎゃー騒ぐアサクラに声を掛ける。


「アサクラ、どうなんだ? アカイの意識は戻りそうか?」


 久しぶりの声掛けが嬉しかったのか何なのか。

「ナルミ~~!」とアサクラは耳が痛くなるほどの大声で応えてくる。やかましいなコイツ……。


「ナルミ! ねえナルミくん、何かさぁ、アカイの周りに炎の障壁? みたいなのがあってさぁ……おれ全然近づけないんだけど……」

「ちかづけないっていうか、さっきからおにーさんははしりまわってにげてるだけだよ」

「駄目だよコナツちゃん! 本当のことバラさないでくれ!」


 マエノと戦いつつちらほら気にしていたので、元々知ってるけど。

 と必死のアサクラに伝えるのは憚られ、「そうか」とだけ俺は言い――アカイの様子を後ろ目で見遣る。


「ウ、ウ……」


 マエノの言葉通り。

 頭から爪先まで、燃え上がる炎のような膜に包まれて、アカイはその場に背を丸めて立っている。

 彼女自身が実際に燃えているわけではない。

 が、足元には時折、炎の粒が舞い、ちりちりと火花を散らしている。

 湯気までも立ち上っているので、本物の炎であるのは違いないだろう。


 そしてやはりアカイの様子は、かなり特異だった。

 人間らしい意識のほとんどは感じられない。ただ、誰かに操られているような印象もない。

 ただがむしゃらに、目の前で動く物や音に対して過敏に、動物的に反応する。そういう、獣のような生き物に成り果てているようだった。


 だが、そんな事実とは真逆なことに、あれほど出血していた彼女の傷口は今はひどい火傷によって無理やり塞がれている。

 アカイ自身が炎を纏っているということは、おそらくだが――自分で自分の傷口を焼いて、どうにか生き永らえているのだろう。

 その行動自体には、人間らしい決断も見て取れる。だからこそアカイの存在を、どう認識すればいいのか分からない。


 ――やっぱり、リミテッドスキルの効果と考えるのが妥当か。


 アカイのスキル。確か"咆哮狂迅(バーサーク)"と言っていただろうか。

 死を免れるために魔法を使って、スキルが自動発動したために凶暴化してしまった。

 アカイはマエノにも攻撃を加えていたようだし、そう考えるのが最も自然かもしれない。


「……だとしたら」


 現状ではアカイを落ち着かせる方法は分からない。

 そのヒントはもしかしたら、彼女のステータス画面にあるのかもしれない、と思う。


 だとすれば使うべき魔法は一つだけだ。

 例えワラシナがアカイにも《保護陣(プロテクション)》を掛けていたところで、この状況でそれを気にする道理もない。


「《分析眼(アナリシス)》」


 俺はその場にいる全員に向かって、魔法を発動させた。


 次々と、眼前に光る文字が浮かび上がっていく。

 その全てに順に目を通していく。


 ――――――――――――――――


 赤井 夢子 “アカイ ユメコ”


 クラス:戦士(ウォーリア)

 ランク:D

 ベーススキル:"言語理解"、"言語抽出"

 アクティブスキル:"片手剣中級"、"大剣中級"

 リミテッドスキル:"咆哮狂迅(バーサーク)"

 習得魔法:《炎属性強化(プラスファイア)》、《風属性強化(プラスウィンド)》、《土属性強化(プラスアース)

パーティ:朝倉 悠 “アサクラ ユウ”


 ――――――――――――――――


 リミテッドスキルに関しては、本人が言っていた通りのものだった。

 ただ、習得魔法の部分で一度、目を留める。


 アカイは以前、攻撃魔法を使うと自動でリミテッドスキルが発動してしまう仕組みだ、というような言い方をしていたが――彼女が覚えている三つの魔法は全て、属性強化魔法であって攻撃魔法ではなかった。

 本当に魔法を使った経験がなかったために、自分の覚えている魔法の効果も知らなかったのだろうか。


 それに決して魔法の数は豊富でないとはいえ、アカイは三属性の魔法を覚えている。

 レツさんやコナツのように、二属性の魔法を使う存在は知っていたが、三属性というのは突出している。

 そんなことをアカイに伝えても、怒られてしまうだけかもしれないけど。


 ――――――――――――――――


 前野 隼人 “マエノ ハヤト”


 ベーススキル:"言語理解"、"言語抽出"

 アクティブスキル:"棍棒上級"

 リミテッドスキル:"限定皇帝(エンペラー)"

 習得魔法:《睡眠霧(スリープ)》、《火炎球(ファイアーボール)》、《火壁(ファイアーウォール)


 ――――――――――――――――


 クラス表記がないのは、頬に痣のある彼はギルドに足を運ぶ機会がなかったためだろう。


 それに"限定皇帝(エンペラー)"に《睡眠霧(スリープ)》……。

 字面から、何となく能力の内容は想像がつく。現時点では断定はできなかったが。


 ――――――――――――――――


 朝倉 悠 “アサクラ ユウ”


 クラス:剣士(フェンサー)

 ランク:E

 ベーススキル:"言語理解"、"言語抽出"

 アクティブスキル:"片手剣初級"

 リミテッドスキル:"目覚時計(アラーム)"

 習得魔法:《時間針(タイマー)

パーティ:赤井 夢子 “アカイ ユメコ”


 ――――――――――――――――


 アサクラに関しては特に注目すべき点は何もなかった。


 ――――――――――――――――


 水谷内流 “ミズヤウチ ナガレ”


 クラス:付与魔術師(エンチャンター)

 ランク:C

 ベーススキル:"言語理解"、"言語抽出"

 アクティブスキル:"鎌最上級"、"槍上級"

 リミテッドスキル:"一等流星(ファースト)"

 習得魔法:《速度特化(スピード)》、《攻撃特化(パワフル)》、《防御特化(バリアー)


 ――――――――――――――――


 一部の例外はあるが。

 リミテッドスキルに対応する魔法は、大抵の場合は「習得魔法」項目の一番始めに表示されていることが多い。

 その法則と照らし合わせれば、ミズヤウチの強さの理由は《速度特化(スピード)》にこそあるのかもしれない。


 それに今思えば。

 俺をマエノの凶刃から間一髪で救ってくれたとき――ミズヤウチは突如として、その場に()()()現れたように見えた。

 瞬きも何もしていなかったのに、唐突に目の前に降ってきたように見えたのだ。

 あるいはそれは、彼女の持つ"一等流星(ファースト)"というリミテッドスキルの能力なんだろうか。


 そしてそんな戦闘特化の彼女の職業が、バリバリ支援系の付与魔術師(エンチャンター)なのは気になったが……この場でそんなことを訊く度胸はさすがに俺にはなかった。


「……ナルミ、なんか今、おれに対してちょい失礼なこと考えたりしなかった?」

「してない。アサクラは早くアカイを何とかしてくれ」

「あ、はい……がんばります……」


 ホガミに関してはヒットする直前に魔法が弾かれたので、残念ながらステータスの確認はできずに終わった。

 彼女は《保護陣(プロテクション)》を使っていたのだろう。思いきり顔を顰めているので、俺じゃなくても誰かから密かに魔法を喰らったのには気づいているみたいだし。


 ……魔法を連発したせいか、目の前がぐらつく。

 だがステータス画面の分析の結果、判明したのは、どれも興味深い情報ばかりだった。


 アカイの攻略方法が未だ見えてこない以上は、今はマエノの攻略に専念する他ない。

 そうなってくるとやはり、必要な力がもう一つあった。


「ミズヤウチ、聞いてくれ」


 久方ぶりに名前を呼ぶ。

 その場に呆然と座り込んだままのミズヤウチは、何の反応も示さない。

 それでも、耳を塞がない限りは、俺の声はミズヤウチには届いているはずだ。そう信じて伝えるしかなかった。


「俺にはミズヤウチの抱えてる恐怖や悩みはわからない。

 だから戦うのが難しいなら、決して無理強いはしない。後ろに下がってくれ」

「…………、」

「でも」


 一度言葉を句切って。

 俺は努めてゆっくり、はっきりと、本音の部分を明かした。


「もしまた立ち上がってくれるなら、手を貸してほしい。君の力は頼りになるから。

 お礼もちゃんと言えてなかったけど……さっきも、助けてくれてありがとう」


 言いながら。

 たぶん届かないだろう、と思った。


 もともと、あの狭苦しい教室に居た頃から、俺はこの少女と一言も言葉を交わしたこともなかった。

 陸上部に所属している彼女の、校庭をストイックに走り込む姿を見かけて、すごいなぁと何となくの尊敬を一方的に覚えることはあったが……お互いに俺たちは、何かを分かり合ったり、語り合ったりした、そんな絆なんて一つも持ち合わせてはいなかった。


 でも、そんな関係にもかかわらず、ミズヤウチは俺のことを助けてくれた。

 躊躇していなかった。後悔さえも。だからあんなにも、戦う彼女は美しかったのだ。


 そんな俺の言葉に何かを感じ取ってくれたのか。

 それともほんの気紛れだったのか。


 ――やがて、本当に辿々しい動きで、ミズヤウチは立ち上がった。

 大理石に突き刺さった大鎌を、細腕が再度掴み直し、驚くほど軽く持ち上げる。


 頑なに見開かれたその目が、何となく――今後の指示を求めているように見えた。

 俺は敵の姿を視界の真ん中に捉えつつ、ミズヤウチだけに向かって言う。


「俺はマエノを倒す。ミズヤウチは、ホガミが詠唱しようとしたり、マエノを援護しようとしたら、それをひたすら邪魔してくれたらありがたい」

「…………」


 しばらくの沈黙を挟んでから。


 ――うん。

 というように、ミズヤウチが素直に頷く。

 俺はその反応にそっと顔を綻ばせた。

 ミズヤウチは決して自ら言葉を扱おうとはしないが、その実、周囲の声にはよく耳を澄ませている。

 そのせいできっと、睨むように視線が鋭くはなっているけれど、それだけ彼女は集中して、気をつけて周りの人間一人ひとりに対処しているのだ。


 だから彼女が頷いたなら、少なくとも、その言葉に嘘はない。

 俺にはそんな風に思えた。

 純粋に誰かを信じようと思えたのは、この世界にやって来て、もしかしたら初めてのことだったのかもしれない。


「……チッ」


 俺たちが気力を取り戻したのを感じたのか。

 あからさまに舌打ちを洩らし、マエノが三節棍を構える。


「ホガミ! 早くバフ掛けろ!」

「わ、わかってる……」


 怒鳴られたホガミがびくつきながら、詠唱を始めようとする。


 しかし無防備すぎる。

 即座にミズヤウチの振るう大鎌が、ホガミの真横まで鋭く振り下ろされた。


「っ!」


 始まりかけたばかりの詠唱が急遽、停止する。

 その鎌は、ホガミの首を狙ったわけではない。触れるほどの近くでもなかった。

 が、凶器が手を伸ばした先でギラついている、なんて状況下でのんびり詠唱を続けられるほど、三年二組の女王と呼ばれたホガミも気が据わってはいなかったようだ。


「おい! ホガミィッ!」


 必死の形相で怒鳴るマエノだったが、ホガミにはもう詠唱する根気は残ってなさそうだった。

 マエノの攻撃速度は確かに驚嘆に値するものだったが、ホガミのバフがその実力を極端に底上げしていたようなので、今となってはそう脅威ではない。


 このままホガミを抑えておけば、マエノには必ず勝てる。

 そう意気込んだ、まさにそのタイミングでだった。


 ……足音が三人分。

 背後から聞こえてきたのは。




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