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兄妹転生 ~チートだからって調子に乗らず、クラスメイトは1人ずつ私刑に処します~  作者: 榛名丼
第四章.フィアトム城防衛編

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85.即興コンビネーション


 ――さて、お怒りの妹へのフォローは後に回すとして。

 今はとにかく目の前のアカイとマエノたちの対応を考えなくちゃだった。ユキノごめん!


 確認すると、アカイはミズヤウチを放ってからというものの、「ううう……」と唸り声のようなものを上げてこちらを睨んだままだった。

 俺たちの動きを警戒しているし、接近すれば噛みついてでもきそうな雰囲気だったが、そうしない限りは襲ってこなさそうだ。もちろんしばらくは、という何となくの条件つきだが。


 そしてマエノとホガミの様子は先ほどと変わっていた。


「くそ、くそ……」


 そう大した怪我にも見えないのだが、足を抑えてマエノは忌々しそうに顔を顰めている。

 そしてホガミはといえば、マエノの前で膝立ちになり、短めの杖を構えて何かを絶え間なく囁いている。


 ――間違いない。あれは詠唱だ。

 彼女の周囲には、徐々に黄金色の粒のようなものが発生し始めている。

 今まさに紡がれている魔法は、怪我を負ったマエノを回復させる類のものに違いない。


 そうとわかれば迷っている暇はなかった。

 俺は腰の短剣――普段から使用しているアゾット剣ではなく、以前露店で買った粗悪品を鞘から抜いた。


 そして後ろにぐいと肩を回し。


「――――お、りゃッッ!」


 狙いだけは正確に、思いっきりブン投げる。


 すると見事に狙い通り。

 その古びた短剣は宙を舞い、詠唱するホガミの真横の床に激突した。

 刃こぼれもしている粗悪な剣は大理石の床を傷つけることもできず、ガキンッと鈍い音を立てて弾かれただけだが、役割としてはそれで充分だった。


「きゃっ!」


 驚いたホガミがその場に尻餅をついた。

 ずっと続いていた詠唱が完全に途切れる。

 次いで黄金色の粒子も力を失い、空気に溶けて霧散した。


 俺の狙いはそれだった。

 いつ捨てようかと困って持ってきてしまったのだが、こんな所で役立つとは。


「……ちょっと! 人の詠唱中に邪魔するのは卑怯でしょ!」


 ホガミは本気で怒っている様子だった。

 だが俺たちは校庭でドッジボールをやってるわけじゃない。命の遣り取りにおいては、卑怯もクソもないのだ。

 そういうわけで、俺はその苦情を無視することにした。

 後ろに立つアサクラに、振り向かないまま呼びかける。


「アサクラ! 俺はマエノたちを何とかする――お前はアカイを頼む!」

「ああ!」


 アサクラは非常に威勢良く頷いた。


「……………………え、おれが何とかするの!?」


 が、一拍遅れて俺の言葉の意味に思い至ったようだった。勢いで頷くなよ。

 でも俺一人がアカイもマエノも相手にして戦うというのはさすがに無理だ。現実的じゃない。

 少なくとも、アカイの件はアサクラに何とかしてもらわなければ。


「そうだよ。俺はアカイのことをよく知らないけど、お前なら知ってるだろ? きっとやれる……んじゃないかな、分からないけど」


 そして俺は。

 今まで、ユキノやコナツと旅をする中では一度も経験しなかったことだが――初めて、「仲間を励ましてやる気にさせる」ための言葉とやらを考え、言わされる羽目に陥った。


 でもそんなのはテレビや漫画の中で見るような類の、物語の中の言葉だ。

 見様見真似で言ってみたところで、結局、説得力は皆無だったし、後半に至ってはぐだぐだだった。


「……わかった。何とかする!」


 でもどうにかアサクラのやる気を引き出すのは成功したらしい。結果オーライだ。

 ただ、今の尋常な様子でないアカイの相手を、アサクラ一人に任せるほど俺も鬼ではない。


「コナツとハルトラはアサクラを援護してやってくれ」

「えー? おにーちゃんがいうならいいけどー……えー?」

『グルルッ(はいはい)』


 いまいち乗り気でないひとりと一匹だが、一応頷いてくれる。

 アカイの相手はこの三人に任せよう。とにかく時間を稼いでくれればそれで充分だ。


「ミズヤウチは俺の方を手伝ってくれるか?」

「…………」


 コナツに回復魔法をかけてもらったミズヤウチは、ずり落ちていたマフラーをせっせと巻き直していたが、俺が呼びかけるとすぐにコクリと頷いて立ち上がった。

 その横で、さっそくアサクラたちは輪になって作戦会議をしているようだ。


「コナツちゃん。おれ、考えたんだけどさ……楽しい思い出がよみがえれば、きっとアカイも前みたいに口の悪い普通の女の子に戻ってくれるよな!」

「うーん? そうだねぇ……もどってくれるかも……?」

「だよね! なら、この手で行ってみるよ!」


 アサクラは自信満々だった。

 思いがけずかなり勝算があるようだ。

 何だよ、心配だったけど意外に頼りがいが――


「よーし! アカイ、こっちだー! おれたちと鬼ごっこしようぜー!」

「うう……ーッ!」


 ホールの入口に向かってアサクラが両手をブン回しながら走っていく。

 目立つ動きにつられたのかアカイもその後を追っていった。


 …………?(困惑)


「おにーさん、ちょーはつになっちゃってるよ! ばかなの? しぬの?」

『ニャアニャア(ほらきっとアレだよ、主人が戦いに集中できるように場所を移そうという気遣い。そう信じたい)』


 コナツとハルトラもそれに呆れながら続いていく。

 だ、大丈夫かなほんとに……。


 しかしその間に、元々アカイの足元にあった大鎌をミズヤウチが拾いに行っている。

 アカイを動かす、というアサクラの作戦自体は間違いではない。はずだ。……たぶん。


「……兄さま。彼らの様子がおかしいです」

「え?」


 真剣にマエノたちの様子を観察していたユキノが、ひっそりと呟いた。

 その言葉に視線を移すより早く。


 広いホール内に、乾いた音が響いた。


 ホガミが左の頬を抑えて呆然としている。瞳には徐々に、涙が溢れていた。

 マエノがホガミの頬を引っぱたいたのだ。


「ホガミ、お前さ……」


 ゆらりとマエノが立ち上がる。

 足からは未だに出血が続いている。

 やはりそう大した傷ではないのだが、マエノは般若のような顔でホガミを睨みつけていた。


「――何でそう、いつも、肝心なところで役に立たないんだ? お前の《速度特化(スピード)》が解けたせいで俺はアカイなんかから一撃喰らったんだぞ? お前のせいだってちゃんと理解してんのか? なぁ?」


 気が昂ぶったマエノはそのまま、ホガミを突き飛ばした。

 転ぶまではいかなかったが、ホガミの細い身体が二歩三歩と後ろに向かってよろめく。


「ご、ごめんハヤト……でも私の《速度特化(スピード)》は保っても数分って、前にちゃんと」

「何だって?」

「ご、……ごめんなさい……」


 ホガミは背中を丸め、何度も謝っている。


 思わず渋面になってしまう。

 別にホガミに味方するつもりはない。今はしおらしい様子だが、彼女も俺が倒すべき血蝶病のメンバーの一人なのだから。

 でも、その光景は、見ていてあまり気持ちの良いものではない。


 だが、同時に――仲間割れは、俺たちにとっては絶好のチャンスでもある。


 いけるか? と無声音で問う。

 コク、とミズヤウチは首を動かして首肯した。


 俺たちはほぼ同時に走り出した。


「な――」


 マエノが驚愕を顔に載せるまでの間にも、たっぷりと時間がある。


「――ッ!」


 長いリーチを活かし、ミズヤウチが大鎌を振りかざす。

 取った、と束の間の確信があった。速度も威力も申し分ない一撃だ。


 しかしそこはさすがというべきか。

 ほぼ完璧といっていいその鋭い攻撃を、マエノは身をひねって躱してみせた。


 でもそれで終わりじゃない。

 マエノが避けた先、まさにそこで予測して待ち構えていた俺の元に――飛んで火に入る夏の虫の如く、彼は突っ込んできた。


「ぐッ……!?」


 目の前に突き出された短剣に、咄嗟に三節棍を突き出してマエノが抵抗する。

 お互いの武器が激しくぶつかり合い、火花を散らす。

 こうして待ち伏せできたのは、ミズヤウチが殺傷範囲の広い大鎌によって、マエノの逃げる方向を制限したおかげだった。


 拮抗し合う力に、気を抜く余裕などまるでなかったが――俺はわざと、武器越しのマエノの顔に向かって不敵に笑ってみせる。


「もう捕まえちゃったよ。逃げるの下手だな」

「……て、めぇっ……!」


 数十分前の遣り取りを仕返すように。

 笑顔で言い放つと、マエノは狙い通りにわなわなと震え、顔を怒りに真っ赤に染めた。

 他校生にも格好良いと話題だった整った顔が台無しだ。

 などと告げたら、より一層マエノは怒って集中力を切らすかもしれない。さすがにこれ以上、軽口を叩く余裕はなかったが。


 ――そして、本命の攻撃はこの後だ。

 怒るマエノの背後。

 そこに音もなく忍び寄る、一人の少女の姿がある。


「…………」


 俺は当然、彼女に目を向けたりはしない。ターゲットに気づかれたらおしまいだからだ。

 でも、相対するマエノが必死に握り絞める三節棍の刃には、上下逆向きでその姿が映し出されていた。


 まるで、物語に出てくる死神が手にしているような。

 大鎌を振るう少女には微塵も容赦がなく、それでいてその姿は――思わず視線を吸い寄せられるほどに鮮烈で、美しかった。


 無防備な背中に向けて、刃が振り下ろされる。




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