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兄妹転生 ~チートだからって調子に乗らず、クラスメイトは1人ずつ私刑に処します~  作者: 榛名丼
第四章.フィアトム城防衛編

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84.敵か味方か


 一瞬、俺にはその光景の意味が理解できなかった。


 今まで見てきた廊下の惨状が温いものに見える程度には、ホールの中は凄まじく荒れている。

 大理石が擦れたような跡、それどころか抉り削れた痕跡。そこに散らばる赤い血痕。ここで起こった激しい戦闘を物語る形跡がそこかしこにある。


 だが、最も理解に苦しんだのは……何と言っても、味方であるミズヤウチの首を絞めるアカイの姿だった。


 アカイはマエノによって致命傷を負わされていた。

 出血量も、生易しいものではなかった。

 だからこそ俺は彼女が死んだと思っていたし、アサクラにもその可能性の方がずっと高いと伝えたつもりだ。


 でも今まさに目の前で、アカイは凄まじい形相を浮かべ、もがくミズヤウチを絞め上げている。

 その衣服はゾッとするほど赤く染め上がって、確かに彼女が血の海に沈んでいた事実を思い起こさせた。


 だが確認してみると、アカイの首を大きく斜めに切り裂いていた深い傷は塞がっている。

 それも首の皮膚には直接炙られたような、ブツブツと泡立ったような火傷の跡があった。

 形状から見ると、おそらく炎魔法で傷を焼いて、無理やり傷を塞いだんだろう。

 それは察しがついたが、だとしたらどれほどの激痛だったのか恐ろしいほどの感情が湧き上がる。


 次に俺はその奥側へと目を向ける。


 二人の先には――中央部から少し逸れた位置にある最も太い柱に寄り掛かる、マエノ。

 その隣に寄り添うホガミの姿があった。マエノが足を怪我をしているらしいが、ホガミは庇うでもなくその横でただ小さくなっている。


 例えばアカイは、二人のどちらかによって操られているんだろうか?

 そんなリミテッドスキルがあってもおかしいということはない。

 しかしそれにしては、マエノもホガミも、恐れるような瞳をしてアカイを見つめているようにも思える……。


「うわうわうわアカイだー! 生きてて良かったー! ……けど、何でミズヤウチの首絞めてんの!?」


 そんな推測だらけの思考は、場違いな叫び声に中断させられてしまった。


 無論、声の主はアサクラである。

 彼の喜びのステップからの素っ頓狂な悲鳴に、「今さらですか」とユキノがぼやく。


 俺は溜息を吐いてから、深みに嵌まりそうな思考をさて、と切り替えることにする。

 ある意味ではアサクラの言う通り、一番の問題はそれだ。

 今はとにかく、状況を把握するより先にアカイの手からミズヤウチを助け出すのが先決と考えた方が良い。


 改めて確認するとミズヤウチの足は宙に浮いていて、首に巻かれたマフラーの先端も頼りなげに揺れている。彼女が手に握っていた大鎌はその足元に転がっていた。

 アカイの方が確かにミズヤウチより数センチ身長は高いが、それにしても一人の女子中学生が片手で女子中学生を持ち上げるというのは、常軌を逸した光景に違いない。


 ミズヤウチは必死に抵抗しようとしているのか、自身の首を握りしめるアカイの手に爪を立てていた。

 だがろくに力が入らないのだろう。食い込む力も増すばかりで、ミズヤウチは苦痛に顔を歪めている。


「どうしようナルミ! ミズヤウチ助けなきゃだよね!?」


 アサクラが大慌ての様子で言う。

 そうだ。ミズヤウチはもちろん助けるべきだ。マエノも負傷したからか手を出してくる様子がないし、今はそのチャンスと捉えるべきだった。

 だが――この状況で、迂闊に近づいて良いものだろうか。


「うう、うウう……」


 というのもこちらに気づいたらしいアカイが、獣のようにグルグル喉を鳴らして俺たちを睨みつけている。目はほとんど白目を剥いていた。

 常の彼女とは明らかに様子が異なる。今のアカイには、人間の持つ知性はまるで感じられない。

 ただ本能的にミズヤウチを攻撃し、同時に近くにいる俺たちのことも警戒している。たったそれだけのように思える。


「……ユキノ、何か手はあるかな?」

「アカイさんを殺すというのはどうでしょう」


 ものすごく言うと思った。


「それは絶対駄目だから! 却下却下!」


 こっちもものすごく言うと思った。


「おねーさんのなまえ、よんでみたら?」


 と、最後によく通る声で言ったのはコナツだった。

 ハルトラにぴたりとひっついた幼女が、アサクラに向けてもう一度言う。


「おねーさんに、だいじょーぶだよ、ってちゃんというの。そしたらおはなしできるかも?」

「……なるほど! やってみるよ」


 アサクラは真剣に頷いている。コナツのアドバイスに何か感じるものがあったらしい。

 それから口の横に両手を添えたアサクラは、すぅ、と大きく酸素を吸ってから叫んだ。


「アカイ! アカイユメコちゃん!」

「…………」

「おれだよおれ! おれおれ!」

「それだとオレオレ詐欺みたいです」


 ユキノが嘆息している。


「ほら、ずっとクラスでも仲良くしてたじゃん! 覚えてない? わかるよね? おれだってば! おーい!」


 コナツも「だめだこりゃあ」と肩を竦めていた。

 俺も、「ムリそうだなぁ」と思う。必死のアサクラには申し訳ないけど。


 アカイはアサクラが叫び続けるその間、まったく反応を示さなかった。

 しかし彼女の中で、何か変化はあったのか。

 唐突にアカイは、ミズヤウチの首元を一際強く掴んだ。


 そして何をするかと思えば。

 俺に向かって、力任せに投げてきた!


「な――」


 文句も疑問も、挟む余地はない。


 俺は投げつけられたミズヤウチをどうにかして受け止めた。

 といっても、彼女を両手で抱き留めると同時に、後ろ向きで地べたに転んだ形だ。

 空中で同い年の女の子を華麗にキャッチできるほど、俺の身体は出来上がってはいないのである。


「兄さま!?」


 ユキノが悲鳴を上げる。

 両手はミズヤウチを庇うのに使ってしまったので、後頭部は強かに床に打ってしまった。

 相当痛い。視界もぐわんぐわんと揺れている。

 でもやっぱりそれよりも、今は言うべき言葉があった。


「ミズヤウチ! 大丈夫か!?」


 何とか両手で受け止めた少女――ミズヤウチは、自然と俺に抱きつくような形で腕の中に収まっていた。


 答えようとしたのか顔をのろのろと上げるが、けほっ、と弱々しく息を吐くだけだった。表情も苦しそうだ。

 細い首にはくっきりと、アカイの手の形を象って鬱血した跡が残っている。


「…………」


 だがしばらくして、息を整えてから、ミズヤウチはこくりと僅かに頷いてみせた。

 相変わらず無言だが、強がりではなさそうだ。

 その頬には、僅かに焦げたような傷があった。魔法を喰らった跡だろう。


「いったい何があったんだ? アカイには何が起こってる?」


 訊いてみると、ミズヤウチは困ったように眉を下げる。それからふるりと首を振った。

 自分も知らない、という意味か。


 ミズヤウチはそれから、もう一度だけ咳き込んでから、自分の身体を上から下まで見回した。


 というのも彼女は未だ、俺の上に乗っかったままだ。

 距離が近いどころの話ではない。ぺたりと俺の身体にくっついて、抱きついているような状態だった。

 だからどうしようもなく、彼女の身体の柔らかさや、痩せ細った身体のラインをありありと感じてしまう。意識してしまうと余計に、だった。


 ミズヤウチは自分の状況を見回した後、目の前の俺の顔に視線を移した。

 それから、じ――と瞬きもなく凝視される。

 その純粋な瞳に、なぜか急に罪悪感を覚えた。


「あの、ごめん。別に他意があったわけじゃなくて……」


 助けたのでどちらかというと不慮の事故に当たるのだろうが、思わず言い訳を始めてしまう。

 しかしミズヤウチはそれを聞き届けることもなく、アッサリと起き上がり、服の埃を払い始めた。

 泣かれなかったのも叩かれなかったのも助かったといえばそうなのだが……それもそれでちょっぴり虚しいのはどうしてだろう。不思議だ。


 俺もミズヤウチに続いて自力で起き上がってから、数分前から感じている視線にそろりと振り返った。

 何か黒っぽいオーラをまとった妹がそこに立っている。コナツとハルトラなんかは明らかにそんなユキノから距離を取っていた。


「ユキノさんは怒ってます?」

「怒っています。怒っています」


 二回言った。めちゃくちゃ怒っているようだ。




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