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兄妹転生 ~チートだからって調子に乗らず、クラスメイトは1人ずつ私刑に処します~  作者: 榛名丼
第四章.フィアトム城防衛編

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83.デッドオアアライブ


 俺とアサクラが先頭、真ん中は女子たち、最後尾はハルトラに任せて階段を上っていく。


 最初は注意深く、それこそ息を殺してゆっくりと階段を上がっていたのだが、そうしている内に何の物音もしてこないのに気がついた。


「えっ、ちょっと……」


 焦るアサクラに無言で頷いてみせ、素早く残りの段を一気に駆け上がる。

 念のため、柱の影から廊下の様子を窺うが――やはり思った通りだ。


 廊下に出る俺にアサクラたちも追いついてくる。


「誰もいませんね……」


 ユキノが視線を張り巡らせながら呟く。

 そう。つい先ほど、ミズヤウチが俺の窮地を救ってくれた広い廊下には、既にミズヤウチたちの姿はなかった。


 だがここで激しい戦いがあったのは間違いないだろう。


 とにかく煌びやかで、豪華絢爛としていたフィアトム城だが――もちろん廊下一つにしても、俺のような庶民の立場からすると圧倒されるほどの装飾が施されていた。

 それが今や、見るも無惨なほどだ。光魔法の点灯した照明は壊されているし、床の絨毯には切り裂かれた形跡もある。

 それに、これはマエノの使っていた三節棍によるものだろうが、所々の壁が抉れて、中には瓦礫のように大きな塊が床に落ちている。

 まるで台風の過ぎ去った後のような惨状だ。


 そして恐れていたことに。

 美しかったシルク色の壁には、焦げたような跡も見受けられた。

 たぶん、ホガミの魔法だ。だとするとミズヤウチは、近距離・中距離の戦闘をこなすマエノと、遠距離攻撃を放つホガミを一人で相手にしていたことになる。

 戦場跡を見ただけでは有利不利は読めないが……悪い想像は拭えない。


「ミズヤウチはどこに行ったんだろう?」


 アサクラが周囲を落ち着きなく見回しながら言う。


「あっちだと思うよ。ほら」


 そこにヤガサキが廊下の先に手を伸ばして、一同の視線を誘った。


「角の手前の照明も壊されてる。戦いながら移動したんじゃないかな」


 ヤガサキの言う通りだろう。

 階段のすぐ近くに立っていた俺たちが気づかなかった時点で、ミズヤウチもマエノたちも、今もおそらく最上階にいるはずだ。


「とにかく向こうに進んでみよう」


 昼間のはずが、照明を失ったことで薄暗い廊下を、俺たちはそろそろと歩いていく。

 今もミズヤウチは戦っていて、地上では近衛騎士たちがドラゴンを相手に奮闘しているはずだ。

 それなのに、いまの俺に聞こえるのは自分と、それに周囲の呼吸音くらいなもので、それを除けばひどく静かなものだった。

 城が攻められている、などという状況も、本当は質の悪い夢なんじゃないかと思いたくなるくらいだった。そんなわけがないと分かっているのに……。


 そんなときだった。

 緊張と警戒で自然と遅くなる足を止めて、全員がほぼ同時に立ち止まる。

 その中でもハルトラの足音が止まるのはダントツで速かった。


「……音がする」


 キン、キン、カンッ、と。

 鋭く金属同士がぶつかる、耳障りな音だ。

 

 その音の出所はこの先、左側の通路を進んだ先にあるホールのようだった。 

 そこまで判明した以上は、と俺は背後を振り返る。


 さすがに推断が早く、ヤガサキが俺より早くそう言った。


「それじゃあここで予定通り二手に別れよう。私たちは右手の王室に向かうね」

「ああ。頼む。マエノたち以外の敵もいるかもしれないから、くれぐれも気をつけてくれ」

「わかった。じゃあ行こうワラシナさ」

「あの!」


 しかしヤガサキの呼びかけは強めに遮られた。


 ワラシナ自身が自分の大声に一番驚いたらしい。

 彼女は咄嗟に自身の口を手で覆ってから、その手の隙間から怯えきった声で話し出した。


「……万が一、何かの手違いでアカイさんが生きてるとしたら、なんですけど。やっぱり私もナルミくんについていった方がいいんじゃないでしょうか? ほら私、回復魔法使えますし」


 アサクラが露骨に顔を顰める。

 言い方が言い方だった。たとえ胸中でそう考えていたとしても、アカイの生存を信じると言ったアサクラの前で言うべき言葉でないのは明らかだ。

 途端に雰囲気が、先ほどとは別の意味で悪くなったが、ワラシナはちっとも気づかない様子で、それどころか反対意見が挙がらないのに調子づいたように早口になる。


「ユキノさんはあれでしょう? ナルミくんしか治せないんですよね? だったら私がそっちについていかないと困りますよね? だったら私もそっちのチームに入っても」

「えー? こなつも、かいふくまほうつかえるよー?」


 空気を読まず。

 というより、ある意味完璧に空気を読んだコナツが元気いっぱいに反論したのはそのときだった。


「しかもさいきん、《きゅあ》もつかえるようになっちゃった。おねーさんはなにがつかえるの?」


 コナツの言葉は嘘ではない。

 成長著しい彼女のリブカードには、客船から降りる直前にまた新たな魔法名が刻まれていたのだ。


 それだけに、笑顔で告げられたコナツの言葉にワラシナの精神はダメージを負ったらしい。

 ぱくぱくと口を開けるだけのワラシナに、ヤガサキが笑みを浮かべて話しかける。


「確か《中回復(ヒール)》は使えたよねワラシナさん」


 ほとんど傷口に塩を塗るような形だ。

 それで完全に先ほどまでの勢いを失って、ワラシナは意気消沈してしまった。


 ……コナツはともかく、ヤガサキは悪ノリしすぎだろ。

 とは思うものの、それを言ってワラシナが息を吹き返しても困るので結局俺は黙っていた。

 やがてぽつりとワラシナが、


「……私は別にいいですけど……みんなで居た方が安全だって言いたかっただけで……」


 不服そうながらもそう呟く。一応は納得してくれたようだ。

 ヤガサキのことをまるで神の如く信仰しているような所があったワラシナだが、いざ危機に立たされたことでその信仰も無に帰したらしい。実に勝手なことだが。


「今は無駄な時間を過ごす暇はないからね。行こうワラシナさん」


 いけしゃあしゃあと言うヤガサキに半ば引きずられるような形でワラシナが長い廊下を進んでいく。


 そしてヤガサキの言う通り、今は一分一秒の時間が惜しい。

 俺・ユキノ・コナツ・ハルトラ・アサクラのメンバーは、ヤガサキたちが進んだのとは逆の左側の通路に入っていった。


 やはり道の途中にある豪勢な花を生けた花瓶や、窓ガラスが粉々に砕けていて、ミズヤウチがこちらに向かったのは間違いなさそうだ。


 近づくにつれ、音も次第に大きくなってくる。

 今の内にこちらの準備も整えた方が良さそうだ。


「ユキノ」

「お任せください兄さま」


 ユキノも声を掛けられるのを今か今かと待ち望んでいた様子だ。


「《攻撃特化(パワフル)》、《防御特化(バリアー)》、《速度特化(スピード)》」


 シャランシャラン、と控えめに、ユキノの白杖の先端についた鈴の涼やかな音が鳴る。

 俺の頭上から黄金色の粒がきらきらと舞い、全身の力を活性化させていく。ユキノの魔法の出来は毎度のことながら見事なものだった。


「兄さまが戦闘に入られましたら、《自動回復(サルベージ)》の準備もしておきますね」

「ありがとう。助かるよ」


 そこでおずおずと、アサクラが声を上げた。


「……あのさー、それっておれにもできたりする?」


 ユキノは珍しいことに、本当に申し訳なさそうな顔でアサクラに対して言う。


「前にもお話しましたが、私の魔法は兄さまを対象としてしか発動しません」

「あああ、そうでした。ゴメン忘れて……」


 アサクラは嫌味のつもりではなく、本当にその事実をサッパリ忘れていただけらしい。

 ぐしゃりと頭を掻くと、気を取り直すように首を左右に振る。


「ホールの近くには、アカイも居るはずだもんな。もっと気を引き締めないと……」


 相変わらず少し抜けているところはあるものの、集中力は増している様子なので必要以上に心配することはなさそうだ。

 最低限の遣り取りを済ませ、俺はまた心持ち速度を速めて通路を進んでいく。


 否、もうここまで来たら用心している場合ではない。

 俺とアサクラは競うようにして走り出した。後ろからは二人と一匹分の足音も少し遅れてついてくる。


 ほどなくしてホールに出た瞬間。

 突然に明るい場所に出たせいで眩いほどの輝きが視界を満たし、一瞬、何も見えなくなった。


「…………!」


 咄嗟に一秒間だけ目を瞑り、右手で顔を覆う。

 左手は問題なく腰の短剣の柄に辿り着いた。


 一瞬の暗転をどうにか乗り越え、両目をしかと見開いた直後だった。


「え…………?」


 そこで俺たちが目にした光景は、想像したどんな代物ともかけ離れていた。

 ある意味では、最も、絶望的だったとも言い換えられるのかもしれない。


 横のアサクラがふらふらと、導かれるようにして一歩だけ前に出る。

 しかしそこから先に進むことはできず――彼は唇を震わせ、呆然とその名を口にする。


「……アカ……イ?」


 既に死んだと思われていた。

 アカイが立ち上がり、ミズヤウチの首を絞めていたのだ。




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