78.ロリコン疑惑
さすがに聞き間違いか。
と思い、反射的に訊き返してしまったあと、俺はすぐ後悔した。
アサクラの顔がかわいそうなくらい赤くなっていたからだ。
彼はほとんど泣き出しそうに顔を歪めながら、身振り手振りで必死に説明を繰り出した。
「あ、アラームだよ――アラームっていうスキルなの! 効果は《時間針》って魔法の補助的な?
そもそもこの魔法自体、主に料理系のアクティブスキルと一緒に覚えられるらしいんだけど、「ピピーッ」て電子音っぽいのが鳴るだけじゃなくて、おれの場合は好きな音楽とか知り合いの声にアラーム音を変えられるし、セットしてからの持続時間も長いのが魅力的っていうか何というか」
「へえ……」
なるほど。わからん。
気を遣って「へえ……」と言ってはみたが全然わからん。
首を傾げる俺たちを見かねてか。
以前からアサクラのスキルを知っていたらしいアカイが助け船を出した。
「アサクラ、言葉じゃ分かりにくいから実際に見せてあげなよ」
いや、ちょっと口元がニヤニヤしてるのでおそらく逆だ。明らかにこの事態を面白がっている。
しかしパニック状態のアサクラはそんなアカイの様子に気づくこともなく、「う、うん」と素直に頷いている。
そして何やら懐から丸めた紙ゴミのようなものを取り出すと、
「じゃあやるぜ! 《時間針》セット!」
そう叫んでゴミを「えいやっ」と地面に投げつけた。
「「「「「………………」」」」」
しばらく沈黙の時間が流れる。
「……アサクラくん。ゴミのポイ捨ては良くないと思うよ」
「えぇっ!? いや、あの、すみません!」
ヤガサキに窘められたアサクラが慌てて謝る。アカイがぷっと噴き出した。
「で、でも違うんだって! これであの紙ゴミから、そろそろ――」
『ちいさなおんなのこじゃなくて、こなつはこなつだよー』
えっ?
俺は脈絡なく響いた声に、驚いて右後ろのコナツを振り返る。
しかし金髪の少女はハルトラにお手の練習をさせるのに夢中で、こちらの話も聞いていない様子だ。
それに今の言葉は、つい先ほどヤガサキに対してコナツが口にしていたものだ。
となると、もしかして今のが?
「そう! 今のがおれの魔法! 一度聞いたことのある声や音楽を物体に宿らせて、それが鳴り出す時間帯も設定できるっちゅー超地味な魔法だぜ!」
いっそ開き直ったのか、ふんぞり返ってアサクラが叫ぶ。
しかし女子たちは一様にそんなアサクラから距離を取っていた。
代表してアカイが総意を口にする。
「……アサクラってロリコンだったの? さすがに引くわ……」
「違うんですほんとに! そういうわけじゃなくて慌てすぎてチョイスを間違えただけで!」
涙ながら弁解に追われるアサクラを尻目に考える。
リミテッドスキルは、その人物の願いや本質を反映したもの――というトザカの話を思い出していたのだ。
アサクラの能力自体はその名の通り、「目覚まし時計」の役割の範囲をより広げたものという解釈でいいのだろう。
そこから導かれる結論は一つだった。
「……アサクラって異世界に来てから、朝起きられなくて困ってたりした?」
「え! な、なんで知ってるんだ……!?」
アサクラは愕然としている。俺としては溜息するしかない。
もしもこの場にトザカが居たら何て言っただろう。
「……ある意味悩みがないのは幸せってことなのかもしれない」とか言いそうだった。ものすごく呆れた目で。
「なっ、なんだよその目ー! おれだってもっと格好良いスキルが良かったよチクショウ!」
どうやら俺もイメージ上のトザカと同じような目つきをしていたらしい。アサクラはワンワン声を上げて泣き出してしまった。距離を取っていた女子たちも若干、そんな情けない姿に哀れみを感じ始めたようだ。
「その魔法があれば、もしかして毎朝兄さまの声で「おはようユキノ、朝だよ。まったくお寝坊さんだね、俺の妹は」って起こしてもらえるのでは……? いえそれ以上の汎用性も……」
またユキノさんは何か言ってるし。俺絶対そんなこと言わないし。
「そういうわけでその……ロリコンじゃないんだけどスミマセン……お察しの通り戦闘の役には全然立たないスキルだから、普段は剣ブン回して戦ってるよ……別にそう強いわけでもないけどさ……」
最終的にひどく疲れた顔をしたアサクラがそう、自身の紹介を終えた。
でもそのお陰か、昨日から必要以上に神経質に流れていた空気が若干だがマシになった気がする。
が、しかし。
「次はアカイさんお願いできるかな」
「言いたくないんだけど」
その多少緩和された空気は、一分と保たず再び軋んだ。
ヤガサキの言葉に対して、アカイが拒否を示したのだ。
ヤガサキは特に怯む様子も見せず、にこにこ微笑みながら子どもを諭すような口調で言う。
「この期に及んでそれは駄目だよ。みんなのを聞いちゃったんだからね」
口調こそ穏やかだが、有無を言わさない迫力のようなものもあった。
ハァ、とわざとらしく溜息を吐いてから、アカイはそばかすの散った頬に手を当て、ぼそりと呟くように言った。
「……"咆哮狂迅"。何か一つでも攻撃魔法を使うと凶暴化する。だから攻撃魔法は、何個か覚えてるけど一度も使ってない」
「一度も?」
ワラシナが訊き返すと、アカイは睨むような目をして言った。
「リミテッドスキルって、オンオフの切り替えができないでしょ。仲間も、この世界に住む人たちだって居るのに、自分の都合で理性のないバケモノにはなれない。誰かを手にかけたときの責任なんかあたしは取れないから」
俺はその言葉に、少なからず衝撃を受けた。
再会してから、アカイの印象は良いとは言い難いものだった。
でも彼女には彼女なりの矜持があったのだ。血蝶病が進行して魔物になることを恐れたトザカのように、アカイも誰かを傷つけてしまう可能性を排除し続けてきたのだろう。
そんなアカイの傍に近づいたアサクラが、俺たちの顔を見回しながら付け足す。
「アカイの言ってることは本当だよ。おれはここに来るまでずっとアカイと一緒だったけど、一度も攻撃魔法を使ってない。コイツなまじ筋力あるから、ずっとデッカい両手剣振り回してがんばって――」
フォローに入ったつもりだろうアサクラの鳩尾にアカイの肘がめり込む。
悶絶するアサクラを慰めることもなく、ヤガサキが満足げに言う。
「ワラシナさんは昨日説明してくれたから。これで全員分の自己紹介が終わったね」
「ミズヤウチは?」
しかし俺が問うとヤガサキはゆっくり眉を下げた。
「ミズヤウチさんのスキルは私も知らないな。誰か聞いてる?」
「いいえ。あの人、自分のこと全然喋りませんし……ちょっと不気味っていうか、何考えてるかわかりませんよね」
明らかに行き過ぎた、ほとんど悪口のような言葉をワラシナが笑みと共に吐き出す。
ヤガサキはそれを相手にせずに、「ごめんねナルミくん」と俺に向かって頭を下げた。
「また私からも訊いてみるよ。わかったら伝えるでもいいかな」
「それは別に構わないけど」
俺としては、一応は仲間であるはずのミズヤウチのスキルを誰も把握していない方が不思議だった。
俺たちが来る前は、一体どういう風にこのメンバーでコミュニケーションを取っていたんだろうか。またアサクラにでも話を訊いてみるべきか。
「じゃあお城の警備の件なんだけど。私たちは他の兵士と一緒にお城の最上階を守るように王様から言われてる」
「最上階だけでいいのか?」
「うん。常駐の兵士も近衛騎士団もいっぱいいるからね。私たちは最後の砦の役割を任されてるの」
最後の砦。
ヤガサキはそう言うが、実際の所はどうだろう。
いくら血蝶病者たちと言えども、外観から確認した限り侵入さえ難しいだろうこのフィアトム城に突入し、その最上階まで到達するなんてことができるだろうか。
しかも相手の人数は、ワラシナの占いによれば四人。兵士たちの数はその何倍にも及ぶはずだ。
その状況下で最上階の警備を頼まれたのは、もちろん王たちを背後に庇う意味もあるかもしれないが……ほとんど戦力として期待されていないことの裏返しとも取れる。
ラングリュート王から任されたと言っていたので、てっきりもっと重要なポジションを当てられているものかと思っていたが。
それに疑問はまだあった。
「――俺も、それにヤガサキたちだって、立場からすれば血蝶病の奴らに積極的に命を狙われてるよな」
「そうだね。マエノくんたちは私たちを殺すことに固執してる」
「それなのに何故、ラングリュート王は俺たちを城に招き入れた?」
一見、王の行動は筋が通っているようで、実際はまったく逆だ。
血蝶病を恐れ、彼らから身を守るためにハルバニア城からフィアトム城に移動した。
そこまではいい。しかしその後、彼は《来訪者》の一部を城内に招き入れ、挙げ句の果てには自由に城内を出歩かせている。これは明らかな矛盾だ。
もし俺が同じ立場だったなら――そんなリスクの大きい行動は取らない。
城に篭もるにしても、レツさんのように信頼できる騎士に守ってもらい、不穏分子は決して城には入れないはずだ。血蝶病の情報は、国内に散らばる部下から取り寄せればいい。
レツさんは以前、《来訪者》の持つリミテッドスキルをラングリュート王が特別視していると言っていたが……だからといって血蝶病者に狙われる《来訪者》を不用意に保護するべきじゃなかったはずだ。
この城が襲撃されるのも、既に血蝶病者たちに、ここがヤガサキたちの拠点だとバレているからかもしれない。
では、何故――王はわざわざ、軽率とも取れる行動を起こしているんだ?
「さあ。私には偉い人の考えてることはわからないよ」
ヤガサキはそう肩を竦めるが、俺にはそんな風に適当に投げ出していい疑問とも思えなかった。
本人に直接話を聞ければ一番手っ取り早いのだが……残念ながら王様とは今は謁見できないらしいし、その手段は取れない。
この場で考えても答えは出ないが、どうしても納得がいかずに思考してしまう。
黙考する俺をじっと見つめ、ヤガサキが静かに呟いた。
「ナルミくんもわかったと思うけどみんなそんなに戦うのは得意じゃないんだ。なるべく交戦しないでやり過ごせればいいよね」
本気とも冗談ともつかない声音で言い、ヤガサキがふふっと微笑んだ。




