74.共同戦線
「そのせいで、あんたの占いで、アラタは――」
「おい。ほんとにやめろよアカイ」
語気を強めたアカイを諫めたのは、少し意外だったが、ヤガサキではなくアサクラだった。
「その件はもう言いっこなしだって何度も話し合っただろ。ワラシナだって、外したくて外したわけじゃないんだから」
「…………」
僅かに涙ぐんでいたワラシナが、スン、と鼻を鳴らす。
アカイはそんなワラシナを見てまだ何か言いたげだったが、それでも結局は歯を噛み締め、口を閉ざした。
「そういうわけで血蝶病の人を四人も相手にするのはこのメンバーだけじゃ辛いかなって。良かったらナルミくんたちにも力を貸してほしいな」
何事もなかったかのようにヤガサキは話をそう締め括る。
時期的に考えてみても、ワラシナの占い結果を受けて、ネムノキは俺を探しに客船でシュトルまでやって来たということだろう。
そして本人はボイコットしたが、見事、俺とユキノは彼らの思惑通りにフィアトム城にやって来た。ここから先はヤガサキが説明と説得の役目を担っていたわけだ。
要するに、血蝶病者の撃退に俺たちも協力しろという単純な話だった。
「で、どうするわけ?」
つっけんどんとした態度でアカイが訊いてくる。
「別にあたしは、あなたたちに協力してほしいとは思ってないから。自分たちでさっさと決めてよ」
「あら、何故だか上から目線でお話されるんですね」
ユキノがにっこりと微笑む。しかし目がちっとも笑っていない。
アカイはユキノと真っ向から睨み合う形で腕を組み、顎をしゃくって言い放った。
「――申し訳ないけど、あたし、一つも悪いなんて思ってないから。ナルミくんは根暗で空気が読めないし、ユキノさんはお高く止まってて感じ悪いし。二人とも、いじめられて当然の人間よ。ちょっと清々してたくらい」
聞いてもいないことを喧嘩腰で語っている。しかも随分な言い草だった。
だけど特に、言い返そうとは思わない。俺が何を言ったところでアカイは自分の意見を曲げることはないだろう。
「こら、アカイ……」
「いじめたほうがわるいにきまってるでしょ」
注意に入ろうとしたアサクラより、よく響き渡る澄んだ声音で。
そう口にしたのは、俺でもユキノでもなく――コナツだった。
それまでは話についていけないのか、つまらなそうにハルトラと戯れていたコナツが、今は表情を凍りつかせ、瞬き一つせずアカイを見つめている。
俺もユキノも驚き目を瞠った。
普段の快活な様子からは想像もつかないほど低く、淡々とした口調でコナツがさらに続ける。
「おねーさん、そんなかんたんなこともおかあさんにおそわらなかったの?」
「っ……」
アカイの顔がかっと朱に染まる。
年端のいかない少女に、心の底では理解しているはずの正義を諭された。
とは、彼女は思わなかっただろう。おそらく馬鹿にされたと思ったのだ。
コナツに掴みかからんばかりの勢いで踏みだそうとしたアカイを、まるで俺たちの目線から隠すようにしてアサクラが前に飛び出してきた。
「わーっ! 悪い、すまんゴメン! でも本当、申し訳ないんだがアカイはいつもこんななんだ。これで悪気がないんだ。おれの顔に免じて許してやってくれ」
「あなたの顔にどれほどの価値があるのか甚だ疑問ですね」
ユキノが冷たく言う。
アサクラは美少女の迫力ある声音と表情に「ひい」と震え上がった。
が、彼は仲介の言葉を止めはしない。
「……おれは、もちろん、ナルミたちへのクラス全体の態度は良くなかったと思ってる。
でも今はピンチなんだ。おれたちは助け合わなきゃだよ。みんなで協力すれば、きっとこの危機だって乗り越えられるからさ! な、一緒に――がんばってこうぜ!」
そんなことを口にして親指を立ててきた。
ユキノも、ついでに言えばアカイも、アサクラ本人を挟んだままそれで完全に沈黙した。多少種類の違いはあれど、二人とも脳天気なアサクラに呆れて喧嘩の気力をなくしたようだった。
「その指、無性に、折ってやりたいです……」
ユキノが小声で何かを言った気もしたが、一応聞こえない振りをしておく。
アカイもアカイだが、アサクラの都合の良い言い分に俺もほとほと呆れていたからである。
しかも彼は悪意なしでこれを言ってのけている。一種の才能と言い換えても良いかもしれない。
だが、そもそも、余計なことを考える以前に。
俺とユキノの意見は一致している。
話し合ったりせずともそれだけは理解できるので、俺はヤガサキに向けてはっきりと伝えた。
「俺たちは構わないよ。協力しよう」
俺はずっと、血蝶病に罹ったクラスメイトたちを殺すことを考えてこの異世界を生き抜いてきた。
そして三日後、そう簡単に尻尾を掴ませない血蝶病の連中がこの城に向かって四人も押し寄せてくるという。
通常の感覚ならピンチと捉えるかもしれないが、俺たちにとっては紛れもなくチャンスだ。
渡りに船といってもいい。他のクラスメイトと協力する気も、彼らを守る気もないが、一人でも多くの敵が殺せる機会が得られるのは願ってもないことだ。
俺の返答に対し、眼前の五人の反応は様々だった。
まず、やった! といの一番にアサクラが声を上げ、アカイはふんッと不快そうに鼻を鳴らす。
「本当? とっても助かるよ」
と微笑んだのはヤガサキだ。作り物のように均整の取れた微笑だった。
ミズヤウチは暗い瞳で俺を睨んでいた。ワラシナはあまり興味がなさそうだ。
でも結局、何だって構わない。
利用できるものは最大限に利用したい。そう考えているのはお互い一緒のはずだ。
利害が一致しているなら、ひとまずは、チームとしてまとまるはずである。
「ところで、ラングリュート王に会いたいんだけど」
俺がそう切り出すと、ヤガサキとワラシナは顔を見合わせた。
「王様には会えないよ。面会謝絶中だから」
「病気か何かなのか?」
ヤガサキは首を左右に振る。
「血蝶病でまた王族に死人が出たの。それで喪に服しているというか部屋に閉じ篭もっているというか」
「ああ……」
「でも基本的にお城の設備は六割くらいは出入り自由だよ。最上階はこのホールとさっきの空き部屋くらいだけど。下の階に客室を割り当てられてるからナルミくんたちのこともあとでメイドさんに相談してみるね」
言い淀まずすらすらと説明してのけたヤガサキは、それからワラシナに向けて言う。
「ワラシナさん。簡単にでいいからナルミくんたちにお城のことを案内してほしいな」
「えっ……」
明らかにワラシナは面倒くさそうな顔をした。意外と感情表現が露骨な子だ。
「ワラシナさんにしか頼めない重要な仕事なんだけど」
「そういうことなら、私に任せてください!」
そんなワラシナの扱い方をヤガサキはマスターしている様子である。
何となく、ときどき俺に対するユキノがこんな風になるよな、なんてことを考えた。
その後はワラシナが、俺たちを引き連れて城の中を案内してくれた。
あらかたの説明が終わったらしいタイミングで、俺は何気ない口調で問うた。
「ワラシナ、訊いていいか?」
「はい、何でしょう?」
ワラシナは警戒心なく小首を傾げる。
「ワラシナはいつ、リミテッドスキルを手に入れたんだ?」
「…………、」
視線を泳がせるワラシナに、俺はそれらしく言う。
「ヤガサキは、スキルの詳細を俺たちに説明していいって言ったんだろ?」
「! どうしてそれを……」
「だから、俺の質問に答えてくれたらヤガサキもきっと喜んでくれると思う」
自分でも恐ろしいくらいの出任せだった。
しかしワラシナは俺の言葉をすっかり信じ切ったらしい。
先ほどとは打って変わり、むしろ生き生きとした表情で応じてくれた。
「一ヶ月ほど前です。ある日、朝起きてリブカードを見たら突然って感じで、すごくびっくりしました」
なるほど、と俺は頷いた。
「じゃあもう一つ質問なんだけど……ワラシナの魔法《回転運》は、未来を視る力なのか?」
目をぱちくりとした彼女は、控えめに噴き出した。俺の言葉がよほどおかしかったらしい。
「いえ、違います。残念ですが私の力は、そんなにすごいものじゃなくて……もっと限定的なものです」
「具体的には?」
ワラシナは俺の勢いにやや引きながらも、答えた。
「そうですね。簡単に言えば――血蝶病者に関連する事象を予知する魔法、です」




