73.情報交換(ただし、ごく一部)
――占い?
俺とユキノはぽかんとしてしまった。
その言葉には、まるで教室の片隅で物静かな女子同士が特技を披露し合うような、そんな和やかな響きがあった。
だからこそ、この状況には見合わない。それで齟齬を感じ取った俺たちは沈黙する他なかったのだ。
「違うよワラシナさん。まずは現状の説明から始めないと伝わらないよ」
「あ! えっと、ああ、そうでした……」
やはり相応の緊張があったのか。
助け船と共にヤガサキに苦笑され、ワラシナは途端に真っ赤になってしまう。
結局、ワラシナではなくヤガサキが俺たちへの説明役を担うことになった。
「私たちはシュトルから船でフィアトムまでやって来たんだ。クラスの半数が血蝶病に感染したことを伝えたら王様はすぐに私たちを匿ってくれたの。
もちろんさっきみたいな身体検査とかよくわからない魔法を使われたりはして。痣がないかは調べられたんだけどね」
相変わらず、口を小さく開いて平坦な声で流暢に話すヤガサキだが、その声色は不思議なほどよく耳元まで届く。
「元々はこのメンバーにアラタくんとハラくんとイシジマくんも加わってたんだ」
「イシジマも?」
それは初めて聞いた。アラタとハラの名前は聞いていたが。
「彼は王様の話を聞いてからすぐに出て行っちゃったんだよ。だからほとんど居なかったような感じ」
「……王様の話っていうのは?」
「城に私たちを置いてくれるかわりに血蝶病の人を殺してくれとお願いされた」
ヤガサキは顔色を変えずにそう言った。
それどころか、ほんのりとその顔には笑みさえ滲んでいる。
そのお陰というべきなのか、俺も躊躇わずに彼女に問い掛けていた。
「――何度も交戦してるのか?」
「してる。私は一回でアカイさんやアサクラくんは二回。ワラシナさんも一回かな」
ヤガサキの後ろで、巨大な白い柱にもたれかかっていたアカイが表情を歪ませる。アサクラも顔を俯けた。
もしかしたら――魔物に追われて死んだというアラタは、そのときに命を落としたんだろうか。
だとしたら、彼らが相対したのは魔物と会話できるネノヒの可能性がある。
しかし続くヤガサキの言葉はより衝撃的だった。
「でもミズヤウチさんは三回当たって二人殺してる。深谷さんと望月くんを」
「!」
深谷凛。
それに望月雄大。
ミズヤウチが二人ものクラスメイトを殺害しているという事実も驚きに値するが、それ以上に俺が驚いたのは、ミズヤウチがフカタニを手にかけていることだった。
何故なら、二人は親友だった。
小耳に挟んだ話によると小学校からずっと仲の良い幼なじみだったはずだ。
そんな相手を、ミズヤウチが殺した?
「…………」
沈黙し続けるミズヤウチの顔に張りついたのは無表情そのもので、この話題に何らかの感情を覚えているのかさえわからない。
その顔を盗み見ながら、認識を改めなければならない、と俺は肝に銘じておくことにする。
彼らは俺が思っている以上には、達観している。
人は殺せないだとか、殺しちゃ駄目とか、クラスメイトだから殺せないだとか――そういう倫理や感情の壁をこの時点で見事に逸脱している。俺と同じように。
そういうことなら尚さら油断はできない。
彼らはきっかけさえあれば俺やユキノを平気で攻撃してくるだろう。
ミズヤウチに関しては単純に戦闘力も高いようだ。寝首を掻かれでもしたら危険極まりない。
「ナルミくんは誰か殺した?」
そして明日の天気を訊くような口調で、ヤガサキが小首を傾げて物騒なことを問うてくる。
彼女が内々の情報を明かした以上は、隠すべきではない。俺は正直に答えた。
「戸坂直と、榎本くるみ。それに高山瑶太と土屋佳南を殺した」
言い終えてから、一瞬遅れて。
その場に強いどよめきが走った。
「……よ、四人? あんな強くて、わけわかんないヤツらだぞ……っ? 四人も殺せるもんなのか?」
「ああ」
思っていたとおり。
倫理的な話ではなく、アサクラが食いついたのは「四人も殺した」というインパクトの方だったようだ。スッゲェまじか、とブツブツ小声で繰り返している。
「えー、すごい……」
続けて小さく零したのはワラシナだ。口元を覆って、俺とユキノのことをまじまじと見つめている。好奇心に溢れた瞳だった。
ちなみにユキノは「そうでしょうそうでしょう」という自慢げな顔でえっへんと胸を張っていた。うれしそうなので、俺からは特に何も言うまい。
「四人って。さすがに嘘でしょ? 有り得ないんだけど」
「そう思いたいなら別に構わない」
アカイに関しては言い返すとすぐに黙り込んでしまった。
意味の無い嘘は吐かないということくらい、彼女にも理解できたのだろう。
それと目つきの悪いミズヤウチはちらりと俺の顔を見てきたが、目が合うとすぐに背けてしまった。
彼女に関しては、この場で発言する気はまったく無いようだ。
「素晴らしい。ナルミさんはこの国の英雄だね」
ヤガサキはといえば、大袈裟なことを言ってひとりで手を叩いている。
しかし口調も、笑みも、先ほどと温度はほとんど変わらない。まるでテンプレートの定められた操り人形相手に話しているような感覚だった。
ただし、俺の先ほどの発言内容は決して正確というわけではない。
より正しく述べるならば、レツさんたち近衛騎士に捕らえられ自ら命を絶った大石翼と児玉徹平。
それに鳥たちにつつかれて絶命した子日愛。彼女たち三人も血蝶病だったのだから、本来であればこの場で名を出すべきだったのだろう。
しかしそれはこの状況下で口にするつもりはなかった。
俺が意図的に情報を一部隠しているように、ヤガサキたちもまたいずれかの話題で同じ手段を取っているはずだ。何もかも素直に話してやる義理はなかった。
「それで、何で王様はそんなことを頼んできたんだ?」
話を戻すと、特に不快でもなさそうにヤガサキが応じる。
「王族は彼らから狙われる確率が高いらしくてフィアトムは今までに何度も襲撃されてる。要するに私たちに用心棒を務めてほしかったみたい」
「それであんなにも街が荒れていたのですね」
ユキノの言葉に、「そう」とヤガサキが頷く。
「保護をお願いしたのに、代償を求められたのよ。しかもかなり大きい代償を」
話に入ってきたアカイは憮然とした面持ちだ。
「そのせいで……アラタは」
アカイはそれきり黙ってしまう。
ヤガサキはちらりとアカイの顔を見遣った。
何となく、話に割って入ってこられたのが気に入らない様子のように見える。ようやくヤガサキの人間らしい一面が窺えたようで、俺は少々ほっとしてしまったが。
「私たちも何度か手酷い目に遭ったの。ワラシナさんとネムノキくんが回復魔法を使えたからどうにかやってこられたけど」
「いえ、私なんてちっとも。すごいのはチサなんです」
しかしまたも、話途中で遮られる。
今度の人物はアカイでなくワラシナだ。
ワラシナは眼鏡の下の瞳を輝かせて、握り拳で語ってみせた。
「チサは、すごいんですよ。血蝶病の人たちに追われて、しばらく帰ってこなくて……一時は本当に、危ないと思ったのに。こうして怪我ひとつなく、無事に生還したんですから!」
「何度も言ってるじゃない。私は運が良かっただけだよ」
ワラシナの賞賛に対し、ヤガサキは肩を竦めるに留まった。
ワラシナの頬は異様なまでに熱を帯びていて、ヤガサキの奇跡の生還を信者か何かのように喜んでいる。
そんなワラシナを見つめたまま、ヤガサキが、
「そろそろ占いのことナルミくんたちに話そうか」
そう促すと、ワラシナは「あっ、はい」と慌て気味に頷いた。
咳払いしてから先ほどよりは幾分か落ち着いた調子でワラシナが言う。
「占いっていうのは、私のリミテッドスキル"天命転回"のことなんです。これは光魔法《回転運》の結果を、より詳細に教えてくれるスキルなんですけど」
自身の生命線であるリミテッドスキルのことを、ワラシナは言い淀むことなく説明していく。
おそらくは隣で微笑するヤガサキの指示なのだろう。ヤガサキは淡々と説明をつけ加える。
「それで今まで血蝶病の人たちがやって来る位置や時間も絞れてきたの」
「い、いやそんな。えへへ。それで、一週間前に占ってみたら……次の襲撃が、ちょうど今日から三日後ってわかったんです。しかも敵の数は四人で、場所はこのフィアトム城」
ユキノが感嘆の吐息を洩らす。俺も同じような気持ちだった。
《回転運》という魔法のことはよく知らないが、襲撃の日付・人数・場所が事前に把握できるのは防衛側にとっては大きすぎるアドバンテージだ。
それが本当なら、俺が知る限りのリミテッドスキルの中でだが、最強クラスで重宝される類のものじゃないだろうか。
俺とユキノの顔つきが変わったのを察してか、ワラシナは慌てたように両手を振って言い直した。
「あ、えと、占いだから、絶対当たるってわけじゃないんですけど……現に一度、襲撃の人数を外したこともあったし」
「――そうね」
ぼそりとアカイが短く同意すると、ワラシナの肩がびくりと震える。




