71.勇者候補、集結
「あたしたちについてきて」
門番を黙らせたアカイは、有無を言わさぬ口調でそう言うと颯爽と歩き出してしまった。
迷っている暇さえない。俺たちはハルトラの背から降り、慌ててその後を追う。
らせん状にどこまでも続いて行くような道を、アカイたちは無言で突き進んでいく。
俺はその後に続いて歩きながらも、助かった、と今さら安堵の溜息を洩らしていた。
前を歩くアカイは、俺たちの顔を見てすぐに顔見知りだと判断したようだが、その認識はこの世界ではいっそ短絡的だ。
何故なら俺たちが所有するリミテッドスキルには、千差万別の能力が与えられている。
俺がナルミシュウ本人かどうか確認するには、間違いなくリブカードを肉眼で見ることが確実だったはずだ。
「いろいろ思われてそうだから一応言っておくと、他の人間に化けられる人を知ってるの」
「……!」
まるで俺の心の中の声が聞こえたかのように、アカイが振り向かずに言う。
「似たようなスキルは存在しない。でもあなたたちは二人で来たんだから、その人ではないでしょ。だったら安全ってことよ」
なるほど。曲がりなりとも《来訪者》の一人であるというか、リミテッドスキルのことはアカイも調べているらしい。
「でもどちらにせよ、兄さまか私のどちらかがその方だった可能性もありますよね」
アカイには聞き取れないよう、そっと小声でユキノが囁いてくるので俺は無言で微笑んだ。
ユキノの指摘通りだ。それに変化以外にも、例えば傀儡を作って人間のように見せかけるとか、そういう能力者が居てもおかしくはない。結局アカイの行動は理に適ったものとは言えないだろう。
フィアトム城にクラスメイトが居るのは誤算だったが、アカイが今後の交渉役だというならそれはそれでこちらに有利に働きそうだ。
などと俺は失礼なことを考えていたし、ユキノもたぶん、同じようなことを思っていたのだろう。俺たちは顔を見合わせてひそかにくすりと笑みを洩らした。
アカイとアサクラに続いて。
少しずつ、少しずつと道を進んでいくが、なかなか頂上には辿り着かない。
景色も、周囲に霧のようなものが立ち籠めていてほとんど見渡せないのだ。灰色の煙に囲われているようにも思える有り様である。
おかげで、本当に城に近づいているのかさえよく分からない。
今思えば俺たちこそ、アカイたちのことを信じてついてきてしまったが、その判断は正しかったのか……このあと罠に引っ掛けられたりとかしないよな……。
空気だけはどんどん薄くなっていくせいか、悪い想像ばかりが働く。
「もーう、つかれたぁ……」
休みなく歩き続け、コナツがぐったりと呟いて立ち止まった直後だった。
「ついた」
アカイがそう言い、俺たちを鑑みることもなくさっさと霧の中に姿を消していく。
「あ、えーっと、ここ入ってきて」
アサクラが自分の真横の空間を指差して、アカイに続いて姿を消失させた。
彼らの奇怪な振る舞いに、俺は一瞬眉を顰め……それからようやく、今自分のいる場所に気がついた。
遥か前方を見たところで、遠くには城が目に入らないのは当然だった。
俺たちが息を切らせて上っていたのは――王城の全方位を守護する高く堅牢な塔であり。
その塔自体が、城に渡るために造られたとぐろを巻いた橋そのものだったのだ。
+ + +
アカイたちの入ったスペースはちょうど隙間のようになっていて、問題なく城の最上部に入ることができた。
それから俺たちが通されたのは、天井も高く広々としたダンスホールのような大きな部屋だった。
ハルバニア城とは異なり、室内の装飾もかなり派手で豪華だ。全体的に金色にキラキラしている。さすがに王城なだけある。
そして――その場に集まった面々の顔を見渡して、俺は驚きを隠せずにいた。
まずは朝倉悠に赤井夢子。先ほども俺たちを案内した二人だ。
それに水谷内流と、矢ヶ崎千紗に、藁科伊呂波。
およそ数ヶ月ぶりとなるだろう、元クラスメイト複数人の……勇者候補の集結だった。
「――無事だったんですね」
俺たちの顔を見て、最初に発言したのはワラシナだった。
古風な名前の彼女は映画鑑賞が趣味で、よく友人のヤガサキとも好きな映画の話をしていた。
ただ、眼鏡のつるに触れながらの言葉には、クラスメイトと再会した安堵や喜びのようなものは感じられない。
この人たち無事だったんだ、そうなんだ、程度の淡白な口調だ。
うんまぁ、と俺も曖昧に頷く他はなかった。
「ところでその子、何なの? あと猫も。さっき大きくなってたけど」
アカイに指差されたコナツはムッと頬を膨らませる。
余計な言い争いに発展でもしたら堪らない。俺は慌てて間に入った。
「この女の子はコナツ。猫はハルトラ。二人とも俺たちの仲間だ」
「ふーん」
聞いておいてまったく興味なさげにアカイはそばかすの散った顔をそっぽに向けた。
日本に居た頃とは、少し様子が違う。ここまで周囲に対して威圧的というか、攻撃的ではなかった気がするが……
「そういえば、新は? 一緒じゃないのか?」
新幸助がこの場に居ないのに思い至って、俺は室内を見回した。
アサクラ・アラタ・アカイの三人は、教室でもよく一緒に居た。よくアサクラと馬鹿騒ぎをしては、教師に叱られていた少年だ。
しかしアサクラは、俺の言葉に顔を俯けた。
「コウスケは――死んだよ」
声は小さかった。それでもハッキリと聞き取れた。
「魔物に追われたことがあって。おれたちを逃がすために、コウスケは……」
「その話やめて。聞きたくない」
アカイがアサクラの言葉を震え声で遮る。
もしかしたら……彼女の様子がおかしいのは、アラタが死んだことに関係しているのかもしれない。
でもそのことに触れたところで決してプラスにはならないだろう。
話題を変えた方がいいかと思った直後、ユキノが既にそれを実践していた。
「アサクラさんは、女性に囲まれてお楽しみだったようですね」
「ええっ!?」
ユキノの皮肉めいた言い回しに、アサクラの表情筋が思いきり引き攣る。
じとっとした目線がそんな彼に集中した。アサクラは慌てた様子でブンブンと首と両手を左右に振りたくる。
「い、いや。そんなことはないけど。それに男はおれ一人じゃないし」
「他にもどなたか?」
「うん。あの……原も一緒なんだ。最近は、その、帰ってきてないけど」
原健吾。
イシジマ・カワムラと共に俺をいじめていたメンバーの一人だ。
まだあいつも生きていたのか、と、俺はただその事実のみを記憶に書き留めておく。
結局、ワラシナのことを悪くは思えない。俺がハラに対してその程度の感想しか抱かないように、ワラシナにとっての俺もその程度だというだけだ。
そしてこれだけの人数が揃った以上、訊きたいことは山ほどあるのだが……その前にやるべきことがあった。
「まず確認しておきたいんだけど、ここにいる五人は血蝶病ではないのか?」
俺は五人の顔をそれぞれ見つめながらそう問いかけた。




