番外編2.ユキノ、金欠だ!
入口を抜けると、メイドだった――
「「「「「お帰りなさいませっ、ご主人様!」」」」」
「間違えました」
俺はすぐに回れ右をして来た道を引き返そうとする。
何故なら、用があったのはメイド喫茶ではなく、執事喫茶風冒険者ギルドだったからだ。
メイドと執事は似て非なるもの。つまりこの店には特に用事はない。
随分この道にも慣れてきたように思ったが、まさか間違えて別の店に入ってしまうとは、俺もウッカリしたものだ。
「オイ」
しかしその肩を後ろから何者かに掴まれ、振り返らざるを得なくなる。
「――よっ、久しぶりだなお三方!」
その手の主は、チンピラ風のモヒカン男だった。
馴れ馴れしくウィンクまでしてくる。俺はしばらくぼーっと考えた。
……はて。
どこかで見た顔のような気はするのだが、うまく思い出せない。
「……ユキノ、この人誰だっけ?」
「申し訳ございません兄さま、ユキノはまったく見覚えがありませんが」
「こなつもわかんない。おにーちゃんのしりあいなの?」
俺たちはひそひそ、男に聞こえないよう輪になって遣り取りした。
しかし気をつけたつもりだったが、本人にもバッチリその声が届いてしまったらしい。
「待て待て待て――な・ん・で・三人揃って平気で忘れてやがんだよっ!? グランだよグラン・ハーバス! モルモイで指相撲対決しただろうがッ!」
「……あ…………」
その言葉で思い出した。
モルモイで出会った、コナツを連れていたあの不良っぽい男だ。
奴隷としてコナツをコキ使うかと思いきや、実は自分のお嫁さんにしたかったとか何とか泣き喚いていたっけ。
「えっと、バーカスじゃなくて?」
「ハーバスですね! ハーバス! バカデカスって誰ですかね!」
似たような名前の似たような小者に会ったような気がしたので確認してみたところプンスカ怒られてしまった。相変わらず沸点は低いようだ。
見間違いでなければ、グランは先ほどのメイド喫茶から出てきたようだった。
「ところで何でこんなところに? またお嫁さん探しですか?」
「違ぇよ。オレはなぁ、拳闘士を引退してエンビ師匠の元で修行をしてるんだ。今じゃ支店長を任されるほどなんだぜ」
「エンビさんの?」
「そうなんですよ、シュウ様ユキノ様コナツ様」
エンビさんがどこからともなく颯爽と現れる。この人はいつでも神出鬼没だ。
「モルモイで資金調達を終えて帰ろうとしたところを、この男に捕まりましてね。もう女はこりごりだ、オレも一人で生計を立てておふくろに楽をさせてやりたいと涙ながらに語られて、引き剥がせなかったものですから致し方なく」
「へえ。執事にはならなかったんですね」
「ええ。ほらグランは、容姿は……その……我がギルドで雇うには、……厳しいものがありましてね」
「言い淀みすぎです師匠! オレでも泣いちゃいます!」
「経営者・指導者としてはそれなりのスキルがあったので、こうして見習いから支店長に昇格したというわけです。今日はその試運転というところですね」
試運転?
俺が首を傾げると、エンビさんは慇懃に頭を下げた。
「今日はこのハルバニア冒険者ギルドにて、近日大規模展開予定のメイド喫茶風・冒険者ギルドのお試しキャンペーン中なんです。看板に書いてありませんでした?」
「あー……」
よく見たら、入口前に立てられた看板にしっかり書いてあった。気づいてなかった。
「いつもの執事喫茶風から、本日限定でメイド喫茶風の接客が楽しめますよ。通常より料金は半額ですし、アンケートにお答えいただければちょっとした特典もプレゼントします。よろしければお立ち寄りくださいね」
「少し面白そうですね、兄さま」
ユキノはエンビさんの説明に興味を惹かれた様子だ。意外にこういうイベント事が好きらしい。
そしてじっ……とユキノを熱心に見つめていたかと思いきや、エンビさんが俺にソソっと近づいてきた。
「……シュウ様。ユキノ様、こちらでアルバイトする気とかないでしょうか?」
「ええ?」
何なんだ急に。
「ユキノ様ほど容姿端麗な方に接客していただけたら、メイド喫茶の評判も上々に広まるのではないか……と僭越ながら思いましてね」
つまりユキノを客寄せパンダにしたいってことだろうか。
普段はこちらが恐縮するくらい礼儀正しい振る舞いを見せるエンビさんだが、お金稼ぎにおいてはかなりがめついところがある。眼鏡越しの瞳には、ハッキリと銭マークが浮かんで見えるようだった。
が、俺に聞く意味は分からない。直接本人に確認してみればいいのに。
「私が「アルバイトやってみません?」と直接持ちかけたところで、即座に断られる未来が見えておりますのでシュウ様を通した方が円滑かと考えまして」
「うーん……」
俺を通した所で、特に利点はない気もするけど。
でも実際、ユキノに「メイド服でアルバイトしてほしい」なんて頼んだところで素直に承諾するとはとてもじゃないが思えない。「嫌です」ってさらりと振られそう。
なんてことを考えていたら、エンビさんはしつこく食い下がってきた。
しかもとんでもなく卑怯なやり口で、だ。
「シュウ様だって、ユキノ様のメイド服姿、ちょっと見てみたくありませんか?」
「それは……」
見たいか見たくないかで言えば、当然、見たい。
なにせうちの妹は超のつく美人だ。その美人さんのメイド姿。見たくないといえばそりゃあ嘘である。
「ほらほら、ユキノ様を是非その気にさせてみてください。シュウ様なら出来るはずです」
「はぁ……」
エンビさんにそっと肩を押され、俺は一歩、看板を見ていたユキノへと近づく。
ユキノは気配に気づいたのかすぐに振り返ってきた。
俺はどうしようと思いつつとりあえず、
「ユキノ~大変だ~」
「どうされました兄さま」
しまったものすごい棒読みになってしまった。
どっと冷や汗が出てくる。ノープランで話しかけちゃったけど、もうちょっと作戦を練れば良かった。
でもとにかく何か絞り出さなくては!
「その……ええっと……実は、金欠なんだ」
「金欠……ですか?」
うん。めちゃくちゃ苦しい。
何を言い出したんだろうこの兄さま、という顔つきでユキノも不思議そうにしている。
こうなったらもう勢いで乗り切るしかない……!
「ああ。しかも、大変な金欠なんだ!」
「たいへんなきんけつですか……!?」
「うん。だから――」
――……金欠だからメイド喫茶で働いてくれ! って妹に頼む兄って、どうなんだろう。
だいぶゲスくないかな。
うん、ゲスいな。相当。
……やめとこう!
「……いや、何でもないんだ」
「コラコラコラコラ」
引き下がろうとした俺の肩を後ろからボコスカとグランが殴ってくる。すごくうざったい。
ユキノに見えない角度で俺のことをボコスカしながら、グランが「ここはオレに任せろ」と囁き、それから堂に入った演技を披露した。
「え? 何だって? ……そりゃあ大変だ!
おいお嬢ちゃん、シュウが嬢ちゃんのメイド服姿を見たいって言ってるぜ!」
「着ます」
びっくりするくらい即答だった。
+ + +
「おかえりなさいませ、兄さま」
長く艶やかな黒髪はツインテールに結われ、小さな頭の隣でふわりと揺れている。
白と黒を基調とした落ち着いた雰囲気のメイド服に身を包んだ少女が、そこに立っていた。
グランがプロデュースに関わっているということで少々、いや結構心配していたのだが、ユキノが纏っていたのは肌の露出も少なく存外質素な――ロングスカートのメイド服だった。
それがまた、ユキノの上品な雰囲気によく合っている。フリルをあしらったカチューシャも可愛らしい。
「その……ユキノは、こういった服を着慣れていないので……ちょっとだけ、恥ずかしいです」
恥じ入るユキノに……ではなく、このときばかりは佇むユキノの真正面に立つ俺に向かってじろじろと、あらゆるところから無遠慮な視線が飛んでくる。
言われずとも理解している。こういう場面では、女の子には必ず伝えねばならない一言がある。
「えっと……に、似合ってると思う。すごく」
「! ……兄さまに褒めて頂けて、うれしいです」
「微かに頬を赤らめてはにかむユキノの表情は、額縁に入れておきたいほど清らかで愛らしいものだった。シュウはその笑顔に心打たれ、自身の体温までも急激に上昇してしまうのを止められず」
「変なナレーション入れるのやめてください」
エンビさんとはまた別種のウザさだこの人。
ちなみに不在のエンビさんはといえば、厨房で食事の準備に励んでいるようだ。
既にそれなりの人数のお客さんが喫茶スペースに集まっているので、その注文対応に追われているのだろう。あの人、基本的に何でもできるんだよな。
それと、いつものギルドとは正反対に、今日のギルドの顧客はほぼ男性のみだった。
その男性たち九割方の目線が、吸い寄せられるように入口前のユキノへと集まっている。
店内にはそれこそ可愛らしいメイドさんたちが散らばっているが、それでもずば抜けて愛らしい容姿なので、致し方ないといえば致し方ないのかもしれない。
しかし本人はそういった視線を意に介すことなく、俺に向かって柔らかく微笑んでくる。
「それでは、ごはんにしますか? お風呂にしますか? それとも……」
ピッピー、と横のグランが咥えていた笛を鳴らす。
「それは新婚さん! ここはメイド喫茶風ギルド!」
「お席へご案内します、兄さま」
「兄さまじゃなくて、ご主人様!」
「足元の段差にご注意ください兄さま」
「いッてー転んだ! オレにも声かけして!」
グランの注意を一から十までスルーし、ユキノが俺とコナツを席に案内してくれる。
俺とコナツは四人席に向かい合って座った。
満を持して、と言わんばかりにグランがどや顔で述べる。
「メイド喫茶風ギルドは、執事喫茶風に比べるとオプションも充実しててな。いろいろ試して感想聞かせてくれよ」
日本に居た頃はメイド喫茶なんて行ったことも行こうとしたこともなかったので、いまいち想像がつかない。
どんなオプションがあるのか一応確認しようとしたが、その前に目の前でその一つが展開されていた。
「あ、あのう。オムライスにメッセージを書いてほしいな、なんて」
「書けました」
さっそく隣の席の男に呼び止められたユキノが、数秒と経たずメッセージを書き終えている。
コナツと一緒に覗き込んだところ、オムライスの上には、この世界の文字で『オムライス』と書いてあった。
「達筆だね、ユキノ」
「ふふ、ありがとうございます兄さま」
ユキノは満足げだ。
男は「美少女のオムライスおいひい~」とむしゃむしゃオムライスを食べている。
しばらく経つと、俺とコナツの元にも注文したオムライスが運ばれてきた。
見ただけでもふわふわとしていて美味しそうだ。
「そうだ。良かったら俺のにも書いてくれる?」
「はい喜んで!」
なんか居酒屋みたいな勢いで応じてくれた。
ユキノは真剣な面持ちで、オムライスの表面に丁寧に文字を描いていく。
ええっと、なになに……。
『兄さま本日もとっても素敵です。オムライス、どうぞ美味しくお召し上がりくださいませ。お口に合うといいのですが』。
「な、なんて美麗かつ繊細な筆致なんだ。しかもオムライスから文字が一切はみ出ていない……ッ!」
驚き戦慄くグランに構わず、「はいはーい!」とコナツが元気に手を挙げる。
「こなつもー! こなつもかいておねーちゃん!」
「……ハァ……わかりました」
ユキノは溜息を吐きつつ、コナツの分のオムライスにもケチャップを向けた。
えっと、こっちは……
『こえがおおきい』
「えー! こなつ、こえおおきくないんですけど! えんざいなんですけど!」
「それです。その声が大きいのですコナツ」
その後、他の客から大量のリクエストが入っていると告げられたユキノは渋々と俺たちのテーブルから離れていった。
聞こえたところによると、
「ユキノちゃん。僕にオムライス食べさせてくれる?」
「お断りします」
「チェキだけでも一緒にお願いします!」
「謹んで辞退します」
「い、一緒にミニゲームとかどう」
「お一人でお楽しみください」
「好きです!」
「間に合っています」
ふ、ふつうに断りまくってる。
しかも足早に戻ってきちゃった。いいのかこれ。
「すげぇ! 自分の兄以外は一切おもてなしをしないという強い信念を感じるぜ。これがプロ根性ってやつなんだな……」
「絶対違うと思いますけど」
グランってやっぱ馬鹿なんだろうな、と俺は失礼なことを考えながらオムライスを頬張った。
戻ってきたユキノはそんな俺を見てにこにこしている。
「ユキノちゃん、他のメイドさんたちと違って異様に高貴な雰囲気だな」
「ああ。全然お近づきになれないけど、それもまたいい!」
「女王様って感じの目がたまらん。ほら見ろよ、オレたちを見るときだけ汚れた臭くて穴だらけのぼろ雑巾を見るような目だぜ」
「踏んでほしい。せめて踏んでほしいっっ」
「もはやユキノちゃんじゃない……あの方はユキノ様だ! ああっ、女王ユキノ様!」
「女王ユキノばんざーいっ!」
そして何故かユキノの塩対応は、他のお客たちからも大好評だった。
変態ってどこにでもいるのかもしれない、と俺は遠い目をして思う。
「いやー、大盛況だな。この調子ならメイド喫茶風ギルド、いずれこの国……いや、世界を取れるぜ」
店内の盛り上がりっぷりに、グランはしたり顔で頷きまくっている。
「これもお前さんたちのお陰だ。協力してくれてありがとうな。まだ改善点もあるんだけどよ、なんか自信がついてきた」
「いや、特に俺は何も」
ユキノが頑張っ……もとい、ユキノがいっぱい断り続けただけだし。
「そうだ、最後にチェキの撮影はどうだ? 何枚でもサービスするぜ。あっちに撮影スタンドも用意してあるんだぜ!」
グランの提案に、ユキノはきらきらと表情を輝かせた。
「兄さま撮りましょう! もちろんツーショットで!」
……まぁでも、ユキノが楽しそうだったので、これはこれで良いか。
――後に、「塩の女王」ユキノの噂はハルバニア国内に広まり続け、メイド喫茶風ギルド開店時にも数百人の客が「ユキノ様はどこだ」と詰め寄ったそうだが、それはまた別の話である。




