番外編1.兄さま、金欠です! ~ver.1~
シュウがギルドでアルバイトする話です。続きます。
「兄さま! 大変です!」
宿屋でコナツとしりとり勝負をしていたら、息せき切ってユキノが部屋に駆け込んできた。
俺はあまりに切羽詰まった妹の様子に、慌てて寝台から身体を起こす。
「大変って……いったい何があったんだ!?」
普段、落ち着き払ったユキノが「大変」と言い切るなら、よほどの事態に違いない。
何だろう。まさかとは思うが、この部屋に血蝶病者が押し寄せているとか?
それとも街に魔物たちが侵入しているとか? いや、もっとひどいことが……。
いろいろな、嫌な想像が頭の中を駆け巡る。
しかしユキノはぜえぜえと肩で息をしながら、俺の想像を超える言葉を口にした。
「大変、申し上げにくいのですが……金欠です」
「え?」
「大変な金欠です!」
……た、たいへんなきんけつ――!?
+ + +
「シュウ様、それでしたらここでアルバイトをやってみませんか?」
「アルバイト、ですか?」
聞き返すと、妙に流麗な仕草でエンビさんが頷いた。
俺たちが向かい合うのは、ハルバニアの冒険者ギルドだ。
クエストのクリア報告にやって来たのだが、そこでぽろりと、我がパーティの金欠っぷりをエンビさんに話してしまったのである。
俺の愚痴に彼が返してきたのが、そんな提案だった。
「ちょうど、一人ウェイターが辞めてしまい困っていたのです。喫茶スペースでの接客業務が主になりますので、お客様からの注文や配膳業務に従事していただければ」
「うーん……」
「そうですね。今から本日夕方までのアルバイトで、一万コールはお渡しできますよ」
「一万コール!?」
思わず大声を出してしまい、口元を抑える。
破格の値段に興奮してしまった。恥ずかしい。
「自分で言うのも何ですが、労働条件はかなり魅力的かと」
エンビさんはカウンター越しに、俺の反応を微笑ましそうに口元を緩めて見遣りながらそうつけ加えた。
確かに、他の日雇いのアルバイトや、それにギルドでのクエスト受注に比べても、かなり条件は良いように思う。
それだけまとまった金額が手に入れば、貯金だけでなく、ユキノの装備品も新しく買い換えられるだろう。
しかし心配な点があった。
「でも俺、アルバイトといえば新聞配達くらいしかやったことなくて……」
「配達業務ですか、体力勝負ですね。大丈夫ですよ、そう難しい仕事ではありませんし」
もうすっかり押し切られる勢いだった。
こういうときのエンビさんはとにかく、人の意志を操るのがうまい。
強く物事を押しつけてくるわけでもないのに、何故か彼の言う通りの方向に導かれてしまうのだ。これも一種の「話術」と呼べるものだろう。
最終的に、俺は控えめながらもその提案を承諾してしまったのだから。
「……じゃあ、やってみよう、かな」
「そう来なくては!」
俺の返事に柏手を打ったエンビさんの後ろ。
従業員口から、都合良いタイミングでオトくんが姿を現した。
オト・ウトくんという、完全におふざけの入った源氏名をつけられた小学校低学年くらいの少年だ。
オトくんは俺の姿に気がつくと、軽く会釈をしてくれた。そんな彼をエンビさんが呼び止める。
「オト、シュウ様に合うサイズの執事服がちょうど余ってましたよね。更衣室まで案内してさしあげなさい」
「? ……シュウ様、ここで働くんですか?」
「ああ、うん。えっと、日雇いなんだけど」
「そうなんですか」
自意識過剰でなければ、生真面目なオトくんはほんの少し口端を緩めたように見えた。
「承知しました、エンビ副執事長。シュウ様、こちらにどうぞ」
「ありがとう」
俺は大人しくオトくんについていく。
背後でニヤリと笑う存在に、気づくこともなく――。
+ + +
「シュウ様、とってもお似合いですよ」
更衣室で着替えを終えた俺は、エンビさんのそんな言葉に迎えられた。
「はぁ……」
たまに漫画とかである、「文化祭で執事喫茶をやってみました」みたいな感じの。
黒い高級そうな執事服に身を包んだ俺は、慣れないネクタイが気になって人差し指で弄りつつ、生返事をした。
しかし文化祭なんかと比べると、こちらは周囲を固めるメンツが本職(?)の人たちだ。
なんだか立っているだけで自分が浮いているのではと思い、縮こまってしまう。エンビさんやオトくんの褒め言葉も、律儀にお世辞を言ってくれているのは分かっているし。
「エンビ様、シュウ様のコードネームはどうされますか?」
あ、源氏名じゃなくてコードネームって言うんだ。
襟の部分が気になる様子でせっせと直してくれていたオトくんが、エンビさんに質問している。
エンビさんはふむ、と長い指先を顎に当てた。
「そうですね……妹様を大切にされる姿勢を汲み取り、シス・コンというのは」
「やめてください」
シス・コンて。それはあまりにも名乗りにくい。
「では……シュウ様は中性的な容姿をしてらっしゃるので……」
「チュウ・セイとか言いませんよね?」
「…………!」
いや、その驚いた顔やめろ!
「何故わかったのですか」みたいな!
俺は心中ツッコミを入れながら、だんだんと働く前から疲れ始めてきていた。
「いや、もうチュウ・セイでいいです……」
「シュウ、と若干響きも被っていて、覚えやすいですもんね」
オトくんは真面目な顔で何やら勝手に納得した様子である。別にそんな理由ではないんだけど。
「では、本日は不肖オト・ウトがチュウに接客の極意を授けますので! 頑張っていきましょう!」
「は、はい。よろしくお願いします」
自分より五歳くらい下の少年ながら、オトくんの熱意は尊敬に値するものだった。
俺は押され気味になりつつ、ぺこぺこ頭を下げて今日の師範役と向き合ったのだった。
――そして、早くも二時間ほどが経過した。
オトくんに教わったことは非常にシンプルだった。
ギルドにやって来るのは老若男女問わず様々な冒険者だが、わざわざ喫茶スペースに寄るのはほぼ女性のみである。
その女性たちに呼ばれたらすぐさま駆けつけ、注文を聞き取り、厨房に伝えにいく。
料理が完成したら配膳し、笑顔で二言三言の遣り取りをしたらテーブルを去る。
たったそれだけである。冒険者ギルドといえども、基本的に業務内容はふつうの喫茶店と変わらない。
オトくんはおそろしくテキパキと自身の仕事をこなしつつ、俺に一つのことを言い聞かせた。
「とにかく、初々しさです。アルバイト初日はそれを前面に押し出してもここでは罪ではありません。むしろ喜ばれますから」
「そ、そういうものなの?」
「そういうものですね」
半信半疑だったが、実際、オトくんの言う通りだった。
「あれ、見ない男の子だ。新人さん?」
「えっと……チュウっていいます。入ったのは今日、初めてで」
「やだあ、かわいい~~! あとでチェキ(魔法名《必写撃》の意)お願いしてもいい?」
「あたしもあたしも! オトくんとの絡みで!」
この喫茶スペースにやって来る女性の大半は、当然のことながら冒険者である。
彼女たちがこの喫茶店に何を求めるかといえば、それは間違いなく「癒し」だ。
魔物退治で疲れた心を、洗練された上質な美形執事たちを眺めることでウットリと癒し、浄化していく。明日への元気に変えていく。
そんな女性たちは、給仕係に少し辿々しいところがあったところで一向に気にしない。
むしろニコニコ笑顔になって、「かわいい」とか「好き」とか「推せる」とか、よくわからない言葉を呟きだしてそのまま遠くを見たりしている。中にはしくしく泣き出したり、天を拝んだまま動かなくなる冒険者も居た。
きっと、俺にはわからない苦しみや葛藤を抱えて、彼女たちも戦っているのだろう。そう思うと、慣れない給仕もがんばろうという気持ちが湧いてきた。
しかも気に入ってもらえれば大抵チェキの申し出がもらえる。この利益は一部が俺のボーナスになるそうなので、有り難いばかりだ。
そして昼時の忙しい時間帯も、何とか大きな事件もなく乗り切ることができたのである。
「……ふぅ」
俺は空いたスペースの食器類を片づけながら、小さく息を吐く。
何人か受付の方でクエストを受注している冒険者は居るが、喫茶スペースはピークを過ぎてだいぶ空いてきていた。ようやく一息つける感じだ。
もう、あと少し。二時間ほど経てばアルバイトも終わる。
現金なことに、今から少しワクワクしていた。給金がもらえたらユキノに何を買ってあげよう。
コナツに新しい装備品なんかもプレゼントできたらいいし、ハルトラのごはんのグレードもちょっとはアップできるかも――考えていると、一万コールではとても足りない内容になってくるのだが。
「……あれ?」
そのとき、俺はふと違和感に気がついた。




