68.残り15人
暗闇である。
直感で進もうとか、占いの結果に準じようとか、そんな雑な案は間違いなく却下されるほどの。
そこにあるのは、ただの暗闇だ。それ故に、付け入る隙の一切が無い。
そんな途方もない、摂理さえ行き届かないブラックホールのような空間に、
「――さて、これからどうしたものかな」
ある声は、滑らかに響く。
「どうしたものかって……もう、あらかたの筋書きは決まっているのでしょう?」
丁寧に、言い聞かせるような口調で別の女性の声が言う。
最初の声の主は密かに笑ったらしい。声音には隠しきれない笑みの気配が滲んだ。
「そりゃーそうだ。だいたい定まってる。けど、何もかも台本通りに行くってわけでもないからな」
「んーじゃあ、あなた様的にはどうお考えなんですか?」
また、別の声。
「もう、だいぶ、リタイアも多いみたいですよ? このままじゃあ、近いうちに決着はついちゃうと思いますけど?」
「リタイアねえ。言うほど多いか?」
「多いですよー? ほらほら、書きだしてみたので、良かったら資料として使ってくださいっ?」
最も幼い響きを有すその声の主が、とあるデータをその場に提出する。
一寸先さえ見通せるはずのない真の暗闇の中、一種のバグのように、文字の群れが浮かび上がった。
――――――――――――――――
赤井夢子
朝倉悠
×新幸助
石島淳彦
×榎本くるみ
×大石翼
×河村隆弘
甘露寺ゆゆ
×児玉徹平
×佐野次郎
×高山瑶太
×竹下瑠架
×土屋佳南
×手島道之
×戸坂直
鳴海周
鳴海雪姫乃
丹生田大志
×子日愛
合歓木空
原健吾
×深谷凛
穂上明日香
前野隼人
松下小吉
水谷内流
米良頂
×望月雄大
矢ヶ崎千紗
藁科伊呂波
――――――――――――――――
「お、これは見やすい。どういう順番だ?」
「ありがとうございますっ? えへへぇ、俗に言う出席番号順、というやつを採用してみましたっ?
あいうえお順に生徒の名前を並べて、数字を与えて分別するんですよ? 画期的ですよ? 考えた人間は、よっぽど子どもが嫌いなのかもしれませんね?」
幼い声は一所懸命に説明する。
彼女自身、主に学校組織で使われるそれを利用したのは、このデスゲームにおいてその淡々とした、いっそ冷徹とも呼べるであろう表記が気に入ったからである。向いている、とも思ったのだ。
何故なら彼女たちにとって、「名前」というのは大きな意味を持たない。
「記号」と同等か、それ以下である。つまり、そのように面倒なく、気軽に管理できるほうがよほど有意義と捉えられた。
「どれどれ……何だ、十六人も生き残ってるじゃん。まだ半数以上だぜ」
「それを言うならもう半数しか、のほうが正しいのではありませんか」
「そうですよー? って、あ……今、新たに死んじゃったみたいです? ええっと……ここをこうして……?」
――――――――――――――――
×矢ヶ崎千紗
――――――――――――――――
せっせと×印をつけ加える。
それからまた、彼女は映像を抽出し、暗闇の中にモニターのようにしてその光景を映し出した。
出席番号二十九番の、その少女が命を失う瞬間の映像だ。
二十秒ほど遅れはあるが、ほとんどリアルタイムのものである。
映像は少々乱れていた。
追われ、泣き叫びながら、息も絶え絶えに必死に走っていたが――やがて、二十九番は髪を引っ張られその場に転倒する。
それで済むはずもなく、背中を踏まれた二十九番は、次に全身を次々と鋭利な刃物で刺された。
絶叫が上がる。この映像にはもちろん、音声も収録されているのだ。
鮮血が飛び散り、身悶え、何とか痛みから逃れようと抗う。
しかし多勢に無勢だ。
身動きのできない状況のまま、少しの抵抗も許されず、その柔らかな肌を次々と刃物が犯していった。
……やがて、ぴくっ、ぴくっ、と僅かに痙攣し、少女は動かなくなった。
確認するように、足先で身体がひっくり返される。
それなりに可愛らしい顔立ちだったはずの少女は、おぞましい形相に成り果て命を奪われていた。
映像はそこで途切れる。彼女がモニターを会議の場から取り下げたからだ。
まぁこれだけでも、見せ物としては、それなりに刺激的ではある。
しかし手作りした文字データとは違い、これを提出する意味はといえばあまり多くはない。
強いて言うなら、自分がどれほど与えられたこの仕事を必死にこなし、真剣に取り組んでいるかを他の人員に把握させたかったのだ。
こんなにもリアルタイムで情報を収集し、更新し、日夜がんばっている。その頑張りを認めてほしかったのである。
「……血蝶病に罹ったクラスメイトに殺されたようですね。哀れです」
「ほら、これで残り十五人ですよっ? 死んだ数と一緒じゃないですか?」
事実を突きつけられた最初の声の主はしかし、その問いを軽く無視した。
「てかさ、「×」表記より、一本線で名前消しちゃった方が分かりやすくないか」
「えぇっ、ごめんなさいーっ!? だって使ってるハードが古くて、うまく取り消し線が使えなくてーっ?」
「お前の頭が足りないだけじゃねえの」
「純粋にひどい暴言ですね!?」
「しかも、何故か出席番号とやらの前半に死人が多いな」
「あっ……ホントですねー?」
お愛想で頷いたものの、正直、そんなのはただの偶然に過ぎない。
こう並べたのは幼い声の彼女が単にその順列の冷徹な意味合いを気に入ったというだけなのだ。
例えば、ショートケーキを好きな人順に並べたり、今までに告白を受けた回数順に並べたりなどしたら、また同じように「後半に死人が偏ってる」だの「真ん中は全員生き残ってる」だの、そんな中途半端に意味ありげな表記になった可能性だって少なからずある。
もし、実際に、出席番号が早いと死期が早まる、なんて呪いが彼らに付与されていたらそれはそれで興味深い話なのだが、やはり単なる偶然以上の価値が見出せるとは思えなかった。
それにそんなのは、仕事内容には含まれていない。彼女はそもそも、誰が生きようと死のうと、あまり興味がない。
理由としては、彼女の推しが、序盤で既に死んでいるからだ。
「はーあぁ……ナオちゃん、もっと頑張ってくれると思ってたのに……?」
トザカナオ。
出席番号だと、十五番の少女。
トザカナオには期待していた。それなのに、アッサリと、ほとんど自殺みたいな形で退場してしまったのには流石にガッカリした。
特に、彼らに与えられたリミテッドスキルの中でも、トザカナオはかなり特殊な、一種チートと呼んで差し支えないくらいに強力なスキルを持っていたのだ。
それを大して生かしもせず、しかも他の人間に譲ってリタイアなど話にもならない。
――叔父が人殺しだというなら、それを超えるくらいの大量殺人鬼に成長してくれたら文句もなかったのに!
思い出すと少しだけ腹が立ってくる。
「ナオというのは、トザカナオのことであるか」
独り言のつもりだったのに、その場に響き渡る新たな声が、また彼女の思考を遮る。
決して大きな声ではない。しかし妙に迫力がある。
他の二人もこちらの遣り取りに気づいてしまったようで、無視はできなくなった。
「……そうですけどー? 期待してましたからー?」
「期待、か。フン、お前がそんな人間じみた感情を持っていたとは驚きだ」
何て嫌味ったらしいヤツだ。
幼い声の主は憤慨しかけたが、それを、この場を仕切る最初の声の主が遮る。
「まあまあ、些細なことで喧嘩すんな。負け犬同士でさぁ」
「言い方にもうちょっと気をつけてほしいんですがっ?」
「もう、みんなで喧嘩してどうするんですか。落ち着いてください」
「そうだぞ。これからどうするか、の話をするのであろう」
いや、お前が余計なことを言ったからこういう事態になったんだけど。
ていうかそもそも、遅刻してるんだけど。
……と、突っ掛かったらまた言い争いになるのは目に見えている。
幼い声の主は苛立ちを抑え込んで、どうにか頭を冷静にしようとしばらく黙り込む。どうにも、迫力ある声の主と相性が悪いので、あまり会話を行わない方が良い気がした。
「これから……あ、そうだ。妹も血蝶病にするのはどうだろう」
「ハァ……!?」
……なのに、こんなに気を遣っていたというのに、次はまた別の所で喧嘩が勃発している。
「妹ってまさか、ナルミユキノのことですか」
「それ以外に居ないだろ。そのナルミユキノ」
「ふざけてらっしゃるんですか。今日という今日は許しませんよ」
「うるせ、その方が面白いかもしれないって提案だろバーカ」
「バカとは何ですかバカって言ったほうがバ」
やれやれ。
この二人がこうなるともう、しばらくは仲介に入るのも難しい。
迫力ある声の主と、こういうときばかりは意見が言わずとも一致し、お互いに黙って肩を竦めておく。
結局、自分はもう、推しが退場してしまったのであとはのんびり見物するくらいしか、やることもないのだ。
誰が勝とうが負けようが、彼女には大して影響はない。本当は、今後のことを考えれば多少は影響するのだが、それもさして気にするようなことでもなかった。
――モチロン、面白い見せ物はそれはそれで、堪能させてもらうけど?
幼い声の彼女は密かに微笑む。
退屈は死よりも恐ろしい毒だ。この場に居る誰もが、きっと同じことを考えている。
だからしばらくは、このゲームを観客のひとりとして楽しませてもらおう。
第3章完結です。
もし少しでも面白いと感じていただけたら、ブクマやポイント評価など頂けたらうれしいです。執筆の励みになります!
次回からは、第4章の前にちょっとだけ番外編を書きたいなと思っています。
引き続きよろしくお願いいたします。




