表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
兄妹転生 ~チートだからって調子に乗らず、クラスメイトは1人ずつ私刑に処します~  作者: 榛名丼
第三章.刺客襲来編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

63/234

61.ぶらり船旅


 ……が、ネムノキを引きはがすのは容易ではなかった。


 俺一人ならどうにでもなっただろうが、こっちのパーティにはユキノやコナツが居る。


「あはは、待ってよぉシュウちゃん」


 示し合わせ、何度か走り出してはみたものの、ネムノキはひ弱な外見にしては意外にも走るのが速い。

 すぐに追いつかれてしまい、チャレンジは徒労に終わった。


 持久力はないようだが、瞬発力は優れているタイプなんだろう。

 繰り返している内に先にユキノがバテてしまい、俺たちはやむなく作戦を中断したのだった。


 もちろん、ハルトラに乗ってネムノキを置いてけぼりに加速する――という手もあるにはあったが。

 基本的にハルトラの背中は二人乗りが限度である。ハルトラ自身はやる気に充ち満ちている様子だったが、残念ながら今回はその案は使わず却下となった。


「ねえねえ、特に行く場所ないなら一緒にフィアトムに行こうよお」

「フィアトム?」


 荷物を取りに戻ろうとした矢先、ネムノキが急にそんなことを言い出した。


 フィアトムというのは、ここから遙か遠い王都のことだ。ネムノキはそこからシュトルに船旅で来たと言っていた。

 タケシタが密かに乗り込んでいた船も、フィアトムに向かう予定の輸送船だったはずである。


「そうそう。あのね、言い忘れてたけど――ボクら、お城から逃げた後に辿り着いたのが、このシュトルだったんだよねぇ」


 初耳だ。

 それにネムノキから得られる情報は少なからず貴重なものだ。俺は知らず耳を澄ませてその声を逃さぬよう神経を張り詰める。


「辿り着いたっていうか、カンロジさんが一人で頑張った結果なんだけど……シュトルから定期便が出てるのって、フィアトム行きと、それと東の町のアリーク行きでしょ? ボクはフィアトムに逃げたんだけど、他にも何人か同じ制服の人が船に乗ってた気がするんだぁ」


 ネムノキの言い方は非常に曖昧だったが、要は「フィアトム周辺にもクラスメイトが居るぞ」と言いたいのだろう。

 俺はしばし黙考する。ネムノキの言っていることが真実だとして、それを信じて行動することは正しい判断なのか?


「ユキノ、どう思う?」


 困ったときは仲間に相談するに限る。

 俺がこっそりと問うと、ユキノは少しだけなぜか頬を赤く染めたが明瞭に応じてくれた。


「……彼の言葉が真実かは定かではありませんが、フィアトムに行くのは悪くないかと思います。情報収集という意味でも、それに攻勢に転ずるという意味でも」


 攻勢に転ずる。

 つまりユキノは言外にこう述べている。フィアトムに血蝶病発症者、もしくは()()()()()()()()()()の一人でも居れば、少なからず収穫だ――と。


 そう、ネムノキが現れるまで考えていなかったことだが、俺のリミテッドスキル"略奪虚王(リゲイン)"は、相手のリミテッドスキルを奪うという能力である。

 つまり、何もマエノたちのものでなくても――カンロジを筆頭として逃げたというメンバーたちにもスキルを持つ者がいれば、彼らからも新たな力を得ることができるのだ。


 だが、事情を話したところで彼らはきっと抵抗するだろう。

 ネムノキの場合が稀有なだけで、基本的には誰もが自身のリミテッドスキルにはそれ相応の信頼とプライドを置いているはずなのだから。


 でも、それくらいしないと、これからの戦いではきっと勝ち残っていけない。

 今回タケシタに勝てたのは、レツさんやエリィが居てくれたからだ。

 俺たちだけでは、たぶん彼女には勝てなかった。今後も戦っていくためには、もっと強大な力が必要だ。


「フィアトムに行こう」


 俺がそう言うと、一番始めにネムノキが「やったぁ!」と表情を綻ばせた。

 いや、別にお前に対して言ったわけじゃないんだけど、という言葉は、都合良くその耳には届かなかったらしい。



 +     +     +



 宿屋から荷物を取ってきた俺たちは、さっそく港に向かってみた。


 本日から定期便の運行を再開するということで、港はそれなりには混み合っていたが、初日の頃に比べるとかなり人が少ない。まだ憲兵や騎士が重点的に見張っている場所なので、その影響があるのかもしれない。


「おう、シュウ。どうしたこんな所で」

「レツさん」


 近づいてきたのはレツさんこと赤髪の騎士だった。

 彼も忙しい身で、近々ハルバニアに戻らなければならないらしい。城を空けすぎるわけにはいかないようだ。

 俺は今後のことをレツさんに報告しようと思ったが、それより先に一歩前に出る影があった。


「だあれ、アンタ。シュウちゃんの彼氏?」


 何を言ってるんだろう、コイツ。

 やたらと険悪な顔つきで迫るネムノキの肩を、呆れる思いで掴む。


「失礼なこと言うな。そもそも、お前も召喚されたとき礼拝堂で会ってるだろ」

「えー、ボク、人の顔とか覚えるの苦手だしぃ」


 言い訳をしてネムノキは唇を尖らせる。

 レツさんは顔色を変えず言い放った。


「オレはシュウの友人のレツだ。お前は……確かネムノキ、だったか?」

「わっ! おじさん、何でボクの名前知ってるのぉ?」


 ネムノキが驚いた顔をする。どうやら本当に覚えていないらしい。


「おじさんはねーだろ、おじさんは。オレはまだ二十四だぞ」


 そして俺も傍でききながらレツさんの言葉に衝撃を受けていた。

 二十四歳……俺にとってレツさんは落ち着きのある頼りがいのある大人だったので、てっきりもっと上だと思っていた。その歳にしてこの貫禄なのか……。


「ボク、十五だもん。九歳も離れてたら完全におじさんでしょ」


 重ねて失礼なことを言い募るネムノキに、レツさんは怒るでもなく「言われてみれば」みたいな顔をしていた。心が広すぎる。


「ボクはシュウちゃんの友人――どころじゃなくって、親友のネムノキソラ。レツおじさん、よろしくねぇ」


 挑発するような物言いをしてふんぞり返るネムノキに俺は嘆息してしまうが、レツさんは豪快に笑った。


「ハハハ! 面白いヤツだな。よろしくな、ネムノキ」

「……む……」


 想定した反応ではなかったのか、ネムノキは若干頬を膨らませる。

 ようやく黙ったのをいいことに、俺はレツさんに話しかけた。


「これから俺たち、フィアトムに向かおうと思います。例の件の手がかりもありそうなので」


 人目があるので濁したが、レツさんには血蝶病の件だとすぐさま伝わったようだ。


「そうか。それじゃあまたしばらくお別れだな」

「はい……」


 頷いたものの、どうしようもない心細さがある。

 この世界に来てから、レツさんは何度も俺を助けてくれた。

 シュトルでの戦闘は今まででダントツに厳しいものだったが、レツさんが居たからこそ乗り越えられたように思う。知らぬ土地に向かうにあたって、彼の助力がないのはやはり不安でもあった。


 そんな俺の弱い心を見抜いたのか、レツさんは俺の肩に大きな手の平を置いた。


「シュウ、お前は強い。何も心配することはないし、オレも一切心配してない」

「…………」


 俺はその言葉に、知らず俯けていた顔を上げる。

 レツさんは言葉通りに、恐れ知らずの笑顔を浮かべ、俺を迎えてくれた。

 翡翠色の穏やかな瞳が、ゆっくりと細められる。


「妹と、それに大事な仲間たちをしっかり守ってやれ。お前にしかできないことだ」

「……はい!」


 乱れていた感情が鼓舞され、自分でも信じられないほどに次第に落ち着いていく。

 レツさんの言葉に、俺は強く肯きを返した。

 ここまで言われてまだ泣き言を言うほど、愚かじゃないつもりだ。


「……よし、良い顔だ。またハルバニアで会おう」


 差し出された手を強く握り、頭を下げる。


「はい、ありがとうございます」

「ユキノの嬢ちゃんも、コナツもハルトラも元気でな。また時間があるときにでも、あのアホ団長の話でもしようや」

「うん! れっくん、またね」

「アホ団長……アホレイおじさんのことですね。はい、機会があればぜひ」


 それぞれ握手を交わし、また忙しく身を翻したレツさんの姿が見えなくなるまで見送る。

 それからさて、と振り返ると、ふくれ面をしたネムノキがそこに立っていた。

 指摘するまでもなく溢れ出る不機嫌さを隠そうともしていない。


「なぁにぃ、もう。すっかりボクだけ蚊帳の外じゃん」

「別にそういうつもりじゃなかったけど……」


 というかそもそも蚊帳の中に入れた覚えもないし。

 と反論するとまた面倒くさいことになりそうだったのでその言葉は胸の内にしまっておいた。


 そのすぐ後、停泊した大きな定期船の前に行ってみると、日に焼けた船乗りが迎えてくれた。


 フィアトムに向かう午後の便は、あと三十分も経てば出港するようだ。

 到着は明後日らしいから、船の中でそれなりに長い時間を過ごすことになる。

 ユキノは乗り物酔いの気質はないが、コナツは先ほどからハルトラを抱きしめたまま落ち着かない様子だ。もしかすると彼女のほうは酔ってしまうかもしれない。


「お客さん、四人かい?」

「いえ、三人と一人です」

「えー、シュウちゃんつれないなぁ」


 ネムノキが後ろで文句を言っているが無視する。

 本当にいつまでついてくるつもりなんだ、コイツ。


「ちょうど二部屋だけさっきキャンセルがあってな。そこで良ければ」

「はい、後ろの白髪だけ別の部屋でお願いします」

「白髪て」


 俺はさっさと手続きを済ませると、ユキノたちを連れて乗船する。ネムノキも当然のようについてきた。


「お嬢ちゃん、ペットの面倒には気をつけてくれよ」

「ニャア」


 受付からの注意にはコナツではなく、ハルトラ本人が答えていた。礼儀正しい猫なので、粗相の心配はないだろう。


「わー、おふねのなかおっきい。こなつ、おふねはじめて」


 外観でわかっていたことだが、映画で観るような華々しい豪華客船とは程遠い。

 船内は客船というよりはできる限りの客を詰め込んでいるような印象で、少し狭苦しい。

 海上の閉塞感もあってか、多少息が詰まるような感じだ。

 さっそくコナツは落ち着かない様子できょろきょろとそのあたりを見回している。先ほどから波で足元がゆらゆら揺れているが、それを怖がる様子はなかった。


 さっそく割り当てられた客室に向かおうとすると、足音が一人分余計についてきたので俺は振り返って厳しい声音で告げた。


「おい、部屋は別だぞ」

「えー……」


 とてもじゃないがそこまで信用はできない。


 また後でねぇ、などと手を振ってくるネムノキを廊下に放置し、俺たちはしばらく船内を進んでいった。

 俺たちの部屋は廊下の突き当たりにある一室だ。


「おお……」


 いざ入ってみた客室は、思っていたより悪くはない。

 簡素な物だが寝台はしっかりと二つ並んでいるし、奥には窓もあるので部屋全体が明るい。廊下よりはよっぽど広いし。

 地上と同じようにとはいかないだろうが、それなりに快適に過ごせそうだ。


「私とコナツは同じベッドで寝ましょう」

「えー? こなつ、おにーちゃんといっしょでも」

「あらあら、床で寝たいようですね」

「……おねーちゃんといっしょにおやすみしまーす」


 仲良く会話している二人の邪魔をするのは気が引けたが、俺はユキノに話しかけた。

 できるだけ早く解消しておきたい謎が一つあったからだ。


「ユキノ、さっそくで悪いんだけど……ネムノキのスキルを確かめてみたい。手伝ってもらってもいいかな?」

「! 承知しました」


 ユキノは即座に頷くと、俺の手から鍵を受け取る。

 そしてコナツとハルトラを連れて部屋の外に出た。

 少しすると、外から鍵穴に鍵を差し込むカチャリ……、という音がきこえてくる。


「ねえねえおねーちゃん、おにーちゃんまだなかにいるよ? どうしてかぎかけるの?」


 よく分かっていないのか、コナツの不思議そうな声もきこえた。

 何度かドアノブを捻り、しっかりと鍵が閉まっているか確認したユキノが言う。


「兄さま、こちらの準備整いました。いつでもどうぞ」


 俺は左手を戸の前にかざし、唱えた。


「――《解放(オープン)》」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ