58.これからどうしましょう
エリィたちと別れた後、俺たちはシュトルの冒険者ギルドでコナツの冒険者登録を済ませた。
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??? コナツ
クラス:魔術師
ランク:F
アクティブスキル:"魔力増幅"、"魔力探知"
習得魔法:《小回復》、《中回復》、《風刃》
パーティ:鳴海 周 “ナルミ シュウ”、鳴海 雪姫乃 “ナルミ ユキノ”
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俺たちとのパーティ登録も既に済ませたので、コナツは記述の増えたステータス画面を目にしてかなりご機嫌だ。
クラスに関してはとりあえずオーソドックスな魔術師で登録はしたものの、これは今後のコナツの成長度合いを見て判断するところになるだろう。
「いやはや、ますますシュウ様のパーティは可憐な花たちの咲く庭園のように華やいでいらっしゃる。もちろん、シュウ様自身も含めて……ね」
ウインクが飛んできたのでさらりと躱したが、後ろに並んでいた女性冒険者たちのパーティが「キャ~~!」とか騒いで卒倒してしまった。
そう、コナツの登録を請け負ってくれたのは何と、エンビ・フクこと変態眼鏡執事なエンビさんなのである。
シュトルで騒ぎがあったと聞きつけ、ハルバニアからはせ参じたとか何とか。こんな感じで毎日全国駆け巡ってるのかな、この人。
ちなみにコナツに関しては、冒険者登録の前にこんな遣り取りがあった。
「コナツ、まだ武器はいらないのか?」
「うん。こなつ、なんにもなくてへいきー」
改めて問うたのは、ユキノから「やはりコナツに武器を持たせた方が良いのでは」と提案があったからだった。
タケシタのこともあり、いつどこで血蝶病者と遭遇するか分からない状況下なのである。ユキノがコナツのことを心配するのも当然だろう。
それにユキノの言によると、攻撃魔法や回復魔法等を用いる魔術師にとっての「武器」は術のイメージを構築するのに非常に重要なアイテムらしい。
自分ももし白杖を持たない状況下であるなら、魔法詠唱を短縮するのは難しい――とすら言っていたのだ。
が、コナツは再確認してもやはり「いらない」という。
本人がそう豪語する以上、無理強いするわけにもいかない。
なんか玩具みたいな武器ないかなー……とちょっと危険な思考を抱いていたら、エンビさんがカウンター越しに小声で話しかけてきた。
「この「?」表記に関しては、シュウ様は詳細は御存知なのでしょうか?」
白手袋の指が指しているのはコナツのリブカードだ。
「いや、俺も詳しくはわからなくて。エンビさんは何か知ってますか?」
「いえ。ただ、噂には聞いたことがあります」
「……それってどんな?」
つられて声を潜ませると、エンビさんがコナツに聞こえないよう気遣ってか耳打ちしてくる。
「……これは、ただの噂であって、事実か裏取りはできていないのですが……よろしいですか?」
やけに念押しするな。
それに囁きかけてくる音声がムダに良い声すぎる。CDにしたら売れそう。
構わないですという意味で頷くと、エンビさんが続きを口にする。
「名前を与えられたのに、誰からも呼ばれたことがない。そういう人物が居た場合に、一種のバグとして表示される……という説があるんです」
「え……?」
つまり……それって。
俺が名づける前に、コナツには――コナツ以外の名があったということか?
「これ以上は私にも、何とも言えないのですが」
それきりエンビさんは微笑し、何も言わなくなってしまう。
俺はその切り替えの早さ、言ってしまえば置いてけぼりにされたのに内心ムカっときた部分があったが、だからといってこれ以上問い詰めても無意味だろう。
肩を竦めて、首に提げていたリブカードをカウンターの上に出した。
「俺もクラスチェンジお願いします」
二枚綴りのリブカードに一瞬だけ目を見開いたエンビさんだったが、すぐに元の営業スマイルに戻る。
「ランクはDからFまで下がりますが、大丈夫ですか? また以前のクラスに戻されれば、ランクも同様に以前のものに変わりますが」
「問題ないです」
「兄さま、クラスを変えられるのですか?」
ギルド内をどたばた走り回るコナツを取り押さえたユキノが訊いてくる。
俺は頷いた。
「このまま剣士クラスでいても、あんまり利点はないかなって」
「えー? おにーちゃんがけんでたたかうの、かっこいーよ?」
コナツが異を唱えて唇を尖らせている。ユキノにこら、と注意されるとますますムクれた。
俺は苦笑しつつ、「戦闘スタイルは変わらないよ」と答える。
そう、クラスを変えたからといって大きく変わるのはランクの一点のみだ。
ただ、今後伸ばしやすいアクティブスキルの種類や、習得している魔法の精度はクラス属性に左右されがちだ。
覚える魔法自体は奪ったリミテッドスキルに依存するので、あまりそこは俺の場合は気にしなくていいのだが。
「では、どのクラスに変更されますか?」
エンビさんの問いに、俺は迷いなく答えた。
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鳴海 周 “ナルミ シュウ”
クラス:暗殺者
ランク:F
ベーススキル:"言語理解"、"言語抽出"
アクティブスキル:"片手剣中級"、"小剣上級"、"大剣初級"、"槍初級"、"弓中級"、"斧初級"
リミテッドスキル:"略奪虚王"、"魔物玩具"、"矮小賢者"、"泥屑人形"
習得魔法:《略奪》、《魔物捕獲》、《分析眼》、《土人形》
パーティ:鳴海 雪姫乃 “ナルミ ユキノ”、コナツ
テイムモンスター:暴風大猫 “ハルトラ”
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「暗殺者、ですか」
意外だったのか、返ってきたリブカードを見てユキノは目を丸くしている。
「うん、あんまり格好良くはないよね」
「いえ、そんなことは有り得ませんが。《略奪》の成功確率を上げるためのクラスチェンジ……でしょうか?」
さすがにユキノは鋭い。概ねその通りだ。
といっても、《略奪》を成功させるだけなら盗賊や山賊でも支障はない。心証は似たようなものだろうが。
それでも俺が敢えて新たな役職に暗殺者を選んだのは、ひとえに、《略奪》による殺傷率を引き上げるため――である。
剣士だった今までとは異なり、一つ一つの技のキレより、一つの技で相手を殺す可能性を確実に上げる。
その代わり攻撃力や耐久力といった面は今までより下がるだろうが、その点はユキノの支援魔法に補助してもらうつもりだ。
「ふふ。オトが泣きますね、きっと」
リブカードを手渡されると同時にエンビさんがそんなことを言ってにやりと笑う。俺はう、と言葉に詰まった。
オトくんはハルバニアのギルドにて受付を担当する真面目で純朴な少年である。ハルバニアにいた頃には彼にはかなりお世話になった。
が、「安易にクラスチェンジするな」という彼の教えを俺は早々に破ってしまったのである。別に後悔しているわけではないが、若干の後ろめたさはあった。
ギルドの喫茶スペースにて少し早い昼食を済ませ、俺たちはしばらく和やかな時間を過ごした。
しかしいつまでもこうしてぽやぽやしているわけにもいかない。
「兄さま、これからどうしましょうか?」
ユキノの言葉に、俺はううむと腕組みする。
もちろん、これから第一にすべきは血蝶病者たちの所在を探ることだ。
タケシタの一件にて、完全に魔物化した相手からリミテッドスキルを奪えないと判明した以上、彼らが魔物化するより早くスキルを奪う、という制限も生まれてしまった。俺にとってはわりと由々しき事態だ。
しかし現時点では手がかりらしい手がかりもない。タケシタが単独行動していたことからも、マエノたちも全員揃って行動しているとは考えにくいし。
次にやはり重要なのが、俺たち自身のレベルアップだろう。
エリィの父・ガモンさんこそ死なせてしまったが――港での戦闘時、誰の犠牲もなく戦闘を終えられたのは、エリィやレツさんの支援が大きかった。
これから遭遇する敵には、きっと未知の力を持つ強敵も含まれる。今の内にギルドでクエストを受けまくってレベルアップに励むのも悪くはない。
そしてその次。
それは、
「これからどうしましょう、だって。それなら答えはボクが決めてあげるしぃ」
――その声はすぐ背後からした。
でも、すぐには振り向けなかった。
何故ならその声は、俺の耳の穴に直接吹き込むような形で囁かれたからだ。
そして喉仏に、その人物のものだろう人差し指が当てられていた。
「…………」
冷や汗が頬を伝う。
長い爪の先がかりかり、と冗談のように動く。そのたびに悪寒が背筋を這い上がった。
これが刃物だったら――否、この指先一本のままであっても。
殺されていてもおかしくはなかった。それを明確に理解したからだ。
……ここまで接近されたのに、察知すらできなかった。
それはテーブルを囲んでいたユキノやコナツも同様だ。
俺たちは一様に硬直していた。その人物の唐突とも取れる出現に、圧倒されていたのだ。
「とにかくさっさと強くなるのが理想ってことかなぁ? 近道、提供するよぉお兄ちゃん」
「っあなたは――」
険しい顔をしたユキノが立ち上がる。
俺もぎこちなく首だけを動かし、そいつを見ていた。
目と目が合う。彼は微笑んだようだった。
そこに立っていたのは、クラスメイトの合歓木空だった。




