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兄妹転生 ~チートだからって調子に乗らず、クラスメイトは1人ずつ私刑に処します~  作者: 榛名丼
第三章.刺客襲来編

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57.やさしさの欠片


 タケシタが死んだ、三日後のこと。


「えっと。じゃあ……準備はいい、かな?」

「うん! いつでもいーよー!」


 おずおずと切り出す声に対して、喰い気味に元気よく返す子どもの声が教会に響く。


 仰々しい司祭の衣装を身にまとったエリーチェ・ハヴァス――エリィと、その前に立つコナツのふたりである。

 些か緊張の面持ちをしているエリィに対し、コナツの方は天真爛漫に瞳を輝かせ、そのときを今か今かと待ちわびている様子だ。


「頑張ってください、エリィさん」


 隣のユキノが明るく声援を送る。

 エリィはこくこくと首を振って頷くと、深く呼吸を吸って吐いて、再び吸った。

 そんな彼女の手に握られているのは、見覚えのある灰色のカード。

 そう、リブカードである。


「――刻め」


 詠唱とも呼べぬほどの短い言葉がエリィの唇から放たれる。

 途端、灰色のカードを中心に、ふわりと淡い光が舞い――数秒も経つと、その光は霧散して消えていた。

 これは厳密には八属性の魔法と一線を画している、教会の司祭にしか使えないという特殊魔法の一種らしい。

 俺たちがハルバニア城で受け取ったカードも、こうやって一枚ずつ司祭が祈りを捧げることで魔術刻印が刻まれていたものとのことだった。

 カード自体が大変貴重な素材によって作製されていて、また特定の人物による祈りがなければリブカードとして使用が叶わない。なるほど、出会ったばかりの頃のレツさんが「くれぐれも無くさないように」と念を押していたのも納得の貴重品なのだ。


「……うん。大丈夫。成功、したみたい」

「ほんとっ?」


 待ちきれない様子でコナツがエリィの足に縋りつく。

 うん、ともう一度柔らかく頷いたエリィが、リブカードをコナツに手渡した。


「これを持って、自分の名前を唱えてみて」

「……なまえ」


 そこで何故か、祭壇前のコナツが振り返って俺の方を見てくる。

 何か急に不安になったのだろうか? 俺が頷きを返すと、コナツは未だ何とも言えない表情をしていたが、やがてぽつりと呟いた。


「…………こなつ」


 あの日見た光景と同じように。

 まずカードの色が変わる。爽やかな緑と黄金色のグラデーション――風属性と光属性を意味する色合いだ。

 次いでカードの上に光る文字が躍った。

 俺とユキノも揃って近寄ると、コナツのカードを覗き込んでみた。


 ――――――――――――――――


 ??? コナツ


 アクティブスキル:"魔力増幅"、"魔力探知"

 習得魔法:《小回復(エイド)》、《中回復(ヒール)》、《風刃(ウインドランス)


 ――――――――――――――――


 あ、新しく《中回復(ヒール)》を覚えてる。

 一所懸命にハルトラの看病をしてくれたお陰だろうか。

 俺はまずそこを褒めようと思ったのだが、それよりも早くユキノが首を傾げた。


「この『?』マークは何でしょう?」


 俺はコナツのステータス画面を見たことがあるので知っていたのだが、ユキノは目にするのは初めてだ。

 当然、まずそこに疑問が行くだろう。

 そしてこれも当然といえば当然なのだが、ユキノはその疑問を張本人であるコナツに向けた。


「これ、コナツは意味分かるの?」

「……んーん」


 てっきり「わかんない~」とか返してくるかと思っていたので、俺は目を丸くする。

 コナツは明らかに、返事を濁らせている。

 もしかして『?』表記の意味を、コナツ自身は知っているのだろうか?


「あー! こなつ、《ひーる》おぼえてる。えらぁい」

「本当だ。すごいね」


 そう訊こうとしたら、コナツはエリィに「みてみて」と絡んでいた。

 ちょっと話題を変えられた感じだが……まぁ、また今度きけばいいか。


 俺は改めて、司祭としてリブカードの作成を快諾してくれたエリィに頭を下げた。


「ありがとうエリィ」

「ううん。わたしも、初めての仕事でドキドキしたけど……ちゃんとできて、良かったよ」


 エリィがいつもの眉を下げた顔で微笑む。


「こちらはお礼です」


 ユキノがエリィの手にそっと包み紙を手渡した。

 一度よく分からない様子で受け取ったエリィだったが、その中身に気がついたのか、慌てて突き返してきた。


「う、受け取れないよ。あなたたちは……わたしにとって、恩人なんだから」

「いいえ。これは私と兄さまの総意です。これからきっと、大変なことも多いでしょうから」


 真剣に、言い聞かせるような口調でユキノが言う。


「…………」


 エリィは申し訳なさそうにしながらも、ようやく包みを受け取ってくれた。


 そんな彼女が司祭になると宣言したのは、何とつい昨日のことである。


「わたし……お父さんの跡を継ぐことにした、の」


 エリィがそう言い出したときは、俺もユキノも驚いたものだ。

 何せ、ここしばらくのエリィは憔悴しきっていて、とてもそんなことを言い出すような様子ではなかったからだ。


 この三日間――俺とユキノ、ハルトラはそれぞれ療養に努めた。

 最も重傷なのは毒を大量に喰らったハルトラだったが、コナツが看病を続けた結果、今は特に問題なさそうに町中を歩き回っている。大事なくて良かった。


 レツさんたち王国の騎士は、主に荒らされた港を中心として事後処理に追われている様子だった。


 血蝶病を発症し魔物化した人間の確保は、病の解明に重要と考えられているそうだ。

 タケシタは息を引き取っていたものの、重要個体として王都に運ばれることとなった。これで少しでも突破口が見つかれば、とレツさんは考えているらしい。


 そして……あの狭い通路内を検分した結果、人間のものである肉片と、服の切れ端のようなものがいくつか見つかった。

 個人が特定できるような状態ではなかったが、タケシタ自身の言葉や状況から、それはエリィの父――ガモンさんのものであると結論づけられた。

 エリィの母・ライラさんはあまりに悲惨な事実に打ちのめされた様子だったが、そんな母の肩を支えたのも娘のエリィだった。


 エリィが主導し、ガモンさんの埋葬はささやかに執り行われた。

 参列者は決して少なくなかった。町の子供達だけでなく、生前彼と険悪だったという漁港の人々も姿を見せたのである。


 今、エリィの胸には、彼女の父の遺品である十字架のネックレスが下がっている。

 


「もしもエリーチェさんまで兄さまのパーティに入りたい、なんて言い出したらどうしようかと思っていました」


 ものすごい笑顔でユキノが言っていた言葉だが、俺は――自意識過剰なのかもしれないが、何となく……エリィ自身も、その未来を望んでいたのかもしれないと思うことがある。


 冒険者として生きる道を父に反対されながら、彼女は魔法銃を手にして戦っていたのだから。

 それでも、自分の夢ではなく、父の道を継ぐことに決めた。その覚悟に、今さら俺がとやかく言う筋合いはないだろう。


「シュウくん」


 じゃれるコナツとユキノを見遣りながら、エリィが話しかけてくる。

 もう少ししたらこの町を離れることは、既にエリィにもレツさんにも説明していた。

 旅を急ぐのは、タケシタが死に際に口にしていた――「()()()()」という言葉が、耳に残っているからだ。


 それが誰なのかは未だ分からない。

 ただ分かっているのは、そのアノヒトなる人物に唆された形で、タケシタはガモンさんを攫い、挙げ句の果てには喰らって殺したということだ。

 その人物の目的は何なのか。

 少なくとも、呑気に放置していいような存在でないと思えた。恐らくもうこの地には居ないだろう人物を追う以上、俺たちもここに留まる意味は薄かったのだ。


 エリィもそのことを頭に思い浮かべていたのか。

 彼女は、タケシタを追っていた頃に口にしていた言葉に、よく似たことを言った。


「シュウくんは、これからも……血蝶病の人たちを、殺す?」

「殺すよ」


 俺は即答した。


 ユキノを幸せにする。

 その目的を邪魔する血蝶病の奴らを、一人残らず殺す――それは、トザカと死に別れたときから俺が誓ったことだった。


 ……でも、今はそれだけじゃない。

 エリィの父・ガモンさんは、何の罪もなかったにも関わらず、狂ったタケシタの手によって殺されてしまった。それも、ひどく残虐な手口でだ。


 これ以上、エリィのような思いをする人を増やしたくない。

 そんな風に自然と思えたのは、自分でも不思議なことだった。


「……そっか」


 エリィは俺の返答に頷く。

 それから、


「わたしも、ここで、わたしなりにできることをやって……みるよ」


 噛み締めるようにゆっくりと呟き、エリィが顔を上げる。

 彼女は笑っていた。俺のことを軽蔑するでも、嘲笑するでもない。

 俺の進む道の、その先にあるものを見据えながらも――彼女は何も言わず、ただ微笑んでくれたのだ。


 今のエリィの姿はどこか眩しくて、直視するのは辛くもある。

 だけどその輝きが、前向きに明日を生きようとする彼女が、羨ましいとすら思う。

 俺は瞬きも忘れて、しばしその姿を目に留めた。


 エリィはこれからも、母と共に教会を建て直すために日々懸命に励むのだろう。

 俺には選べなかった道だ。


「もし、わたしの助けが必要な、ときは……いつでも、呼んで……ね」


 知らず固く握りしめ、血の気を失っていた拳を。

 そっとエリィの柔らかく白い手が包む。

 突然の温かさに俺は驚いて、身体ごと引きかけたが、エリィは怯まなかった。


 まるで祈るように俺の手を両手に包み、胸元へと引き寄せる。


「……必ず……シュウくんの力に、なってみせるから……」


 目を閉じた聖女の呟きは、壁に反響することもなく、俺の耳だけに木霊した。

 返せる言葉はただひとつだった。


「……うん。ありがとう、エリィ」




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