49.父をたずねて
エリィの母――ライラ・ハヴァスによると、夫のガモン・ハヴァスが姿を消してから、すぐに教会は一時封鎖する運びとなったそうだ。
まずガモンのものらしい血液が祭壇に付着していたことから、そう簡単に神への祈りは再開できない、という司祭夫人の判断あってのものである。
その間、ライラはシュトルの人々にも協力を要請した。どうか共に夫を探してほしい、と請願したのだ。
だがライラやエリーチェの言葉に頷く人はそう多くはなかった。
数少ない有志を募り、シュトル周辺を捜索した結果――ライラは、「もう夫はこのあたりから移動させられているのではないか」と結論づけたそうだ。
できる限りの場所を探し回ったものの、犯人の痕跡どころか監禁の痕跡さえ見つからなかったからである。
それに、血の跡もなかった。出血しているはずの誰かがいるにも関わらず、祭壇以外に血痕が残っている箇所は街中には全くなかったのだ。
そうなると素人にはお手上げであった。そして彼女は切羽詰まった今朝になって、血蝶病の調査にやって来たレツさんと出会ったのだった。
「それと、血蝶病に関しては、調べてみても噂の出所がまるっきり定かじゃない。おそらくデマの可能性が高いな」
レツさんの話を聞いても、俺は自分でも意外なくらいあまり衝撃を受けていなかった。
状況からも、時間帯的にも、そもそも唯一の目撃者だと思われるのがガモンさんの娘のエリーチェだ。
彼女はフードと、それに長い髪を見たと言っていたが、蝶の痣に関しては一言も口にしていない。
その時点で、血蝶病のことは誰かが冗談半分で流した噂話と捉えたほうがまだ現実的だ。
エリィはレツさんの話を聞き、「血蝶病? なんで?」とばかりに首を傾けている。これでは見かけたのを失念していた、という可能性も薄そうである。
情報交換を終え、のんびりティータイムを過ごす女性陣から少し離れたところで、俺はレツさんとひそひそ密談をした。
「……レツさん、これからどうするつもりですか?」
「んー、そうだな。《来訪者》が関わってないなら、早いとこ手を引くべきかもしれん。俺もいつまでも城を留守にできないしな。……が」
レツさんはそこで言葉を句切ってから、躊躇いなく言い放った。
「オレ個人としては、ガモンは見捨てられない。彼はこの町にとって、そして家族にとっても大切な人間だ。なるべくなら生きてる状態でこの家に帰してやりたい」
……そうだ。
レツさんはきっとそう言うだろう。俺はその言葉を聞く前からそう思っていた。
やはり彼は俺とは違うのだ。俺はその事実に深く安心したような、同時に果てのない闇の中に取り残されてしまったような、ひどい孤独感を覚えた。
「俺たちはまた港の組合の方に行ってみる。おまえたちは町の人から話を聞いてみてくれ」
何かあったらすぐ連絡だぞ、と念を押し、レツさんはまたライラさんを連れハヴァス邸を去って行った。
+ + +
レツさんたちと再び別れた俺。
それにユキノ・コナツ・ハルトラ・エリィのメンバーは、シュトルの町を手当たり次第に歩き回っていた。
レツさんに言われた通り、民家を中心に話を聞いて、収穫がなければ移動する。
その繰り返しだったが、まったく成果は出なかった。中にはエリィが居るのを目にしただけで、嫌そうな顔をしてドアを閉める婦人もいたくらいだ。
「ごめんね……」
そのたび、エリィは申し訳なさそうに眉を下げて俺たちに謝った。
俺もユキノも気にしていない、と何度も答えたが、エリィは次第にしょんぼりと肩を落としがちになってしまった。
彼女自身は俺より年上だろうが――そうしているとどうしても、泣き出すのを我慢する子供のように見えてしまう。
ふと、俺は苦し紛れに話しかけた。
「エリィって、なにか魔法を使えたりする?」
「う、うん。えっと……水魔法なら、それなりには」
この会話自体に大きな意味があるわけではない。単に話題を建設的な方向に変えたかったのだ。
それに本人に訊かなくても、俺は勝手にそれを探ることができる。
――《分析眼》、と小さく呟く。
以前よりもかなり短く、三秒ほど見つめただけでエリィのステータスが目に見える形で空に浮かび上がる。
どれどれ……。
――――――――――――――――
エリーチェ・ハヴァス
クラス:魔術師
ランク:C
アクティブスキル:"銃中級"、"装飾中級"、"詠唱短縮"、"魔力増幅"
習得魔法:《水弾》、《氷刃》、《氷結》、《吹雪嵐》
――――――――――――――――
ユキノと同じく、まさかのCランク。
エリィは冒険者としてそれなりに優秀な魔術師のようだ。魔法の豊富さも申し分ない。というか魔法使うところが見てみたいくらいだ。
しかし、それにしても気になるのは……。
「この世界に銃ってあるの?」
「えっ?」
「あ」
――やってしまった。
アクティブスキルの記載が気になりすぎて、思わず口に出してしまっていたのだ。
しかしエリィは訝しむどころか、むしろアワアワとこちらが心配になるほどわかりやすく慌て始めてしまった。
「ど、どうして……わたしが使う武器、銃ってわかったの……?」
「あ、いやー……その、何となく?」
我ながら誤魔化し方が下手すぎる。これでは疑われてしまっても文句は言えまい。
「すごい……シュウくんには、わかっちゃうんだ……」
いえ、すごくないです。ほんとは魔法で覗き見しただけです。
平謝りしたいくらいだったが、感動している様子のエリィにはどんな否定も届かなそうだ。
「わたし……魔法銃で、戦うんだ」
「魔法銃?」
「引き金を引くと、魔法が放たれる銃のこと。自由に取り出せる、よ。例えば――」
くるり、とエリィは人差し指で宙に小さく丸を描いた。
その指についていた銀色の指輪が、太陽光を反射させてきらりと光る。
瞬きの後には――その右手に、透き通る水のような銃身をした武器が握られていたので、俺はぽかんと口を開けてしまった。
「……それが?」
「うん、そう。魔法銃。普段は指輪の形に、擬態してる武器。……けっこー高いよ」
何それちょっと欲しい。
ユキノも心なしか羨ましそうな目でエリィの手元を見ている気がする。
エリィは俺たちの反応に少々照れくさそうにしつつ、再び人差し指で逆回転に丸を描いた。
すると銃は消え、指輪の形に戻る。まさに魔法、という感じの不思議で面白い光景だった。
「……お父さんには、相手が魔物だろうと殺生はいけない、って怒られるんだけど。でも魔法銃なら、お父さんにも、携帯しててもバレないから……」
「……そうなんだ」
話を聞いていて勝手に仲良し親子かと思っていたが、単純にそれだけというわけではないらしい。
魔法銃という武器を得物に選んだのは、聖職者である父の言葉が影響しているのだろう。
それでもエリィは、親に反対されても戦う道を選んだのだ。その理由までは俺は知りようもないことだが、きっと彼女には彼女なりの譲れぬワケがあったのだろう。
「――兄さま、魔物の気配がします」
それまであまり会話にも加わらず静かにしていたユキノが、そっと囁いた。
俺が顔を向けると、ユキノは目を閉じ、耳を澄ますようにしてじっと立ち止まっている。
続けて、
「……うん。こなつもわかる。まもの、いるよ」
金髪をふわふわ靡かせながらコナツ。
二人とも、はっきりと魔物の気配を感じ取っている。
――俺たちが歩いているのが町中にも関わらず、だ。
「……"魔力探知"スキル、だね。二人とも、すごく精度がいいみたい……」
エリィが感嘆の吐息を吐く。
それと同時、ユキノが大きく目を見開いた。
どこか遠い一点を見つめて、未だ肉眼には見えない何かを追っている。
「こっちです、兄さま」
「うん。こっちのほう!」
ユキノとコナツが小走りで駆け出した。
俺とエリィは顔を見合わせる。ここでついていかない、などという選択肢はなかった。




