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兄妹転生 ~チートだからって調子に乗らず、クラスメイトは1人ずつ私刑に処します~  作者: 榛名丼
第三章.刺客襲来編

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48.ラッキースケベ兄さま

 

「実はこちらの兄さまは、――以前剣客として、ハルバン城にて武芸を披露したことがあるのです」


 ちょっ?


「えっ、すごい……」

「そうなんですすごいんです! それでその際にお城の騎士様たちにも気に入られまして、どうしても手が足りないあなたの助けが必要だ是非今度の事件にも力を貸してくれないだろうかと熱心に頼み込まれまして。断り切れずにはるばるとシュトルまでやって来たというわけです」

「なるほど、そうだったんですね……」


 ユキノがサラサラと流れるように自然と嘘を吐くので口を挟む暇もなかった。

 いや――全てが偽りというわけでもない、のだが。

 しかし八割方は嘘八百である。助かったは助かったけどなんか心苦しいぞ……。


 というのもユキノの説明を受け、明らかにエリィの俺を見る目が変わっている。

 不安そうな顔つきから、きらきらと輝くような期待の灯った瞳に――だ。

「お城にお呼ばれしたことがあるなんて、すごい人なんだ!」という彼女の心の声が、ありありと伝わってくるようだ。


 そしてエリィは席を立つと、わざわざ俺の目の前までやって来て――戸惑う俺の両手を、自分の両手でぎゅっと掴んでみせた。

 興奮しているのか、そのままぐいっと大きく身を乗り出してくる。あ、危ないっていろいろ。


「あの、ぜひ、わたしからも……お願いします」

「へ? あ、あの」

「憲兵にも相談したけど、ぜんぜん……ダメだったから。あなたが頼りなんです。わたしもできる限りのことは、します。どうか、父を――あわっ」

「うわっ、ちょ――」


 そのとき。

 足元への注意が疎かになっていたエリィが、思いきり足を滑らせた。

 俺は慌てて彼女を受け止めようとしたが、椅子に座った体勢ではそれもまともに叶わない。


 ガッターン! と大きな音を立てて、俺たちは椅子ごと背後に倒れ込んだ。

 エリィを庇った俺は、その弾みに後頭部を床にぶつける。めちゃくちゃ痛ッ……!


 しかし俺の悲鳴は掻き消された。

 というのも、 


「むがっ! もが……ッ!」


 ……何でしょう、コレ。


 視界は真っ暗闇に閉ざされているのに、信じられないほど柔らかく生温かな感触が顔全体を包んでいる。

 痛む後頭部とは裏腹に、その部分は多幸感に包まれているというか。

 むしろそこから、痛みを凌駕するほどのふわふわの何かが広がっているというか?

 何というか……これ……もしかしてと思うけど。


「だ、だめです。そんなとこで喋っちゃ……ひゃっ」


 驚くほど近くで甲高い声が響いて、俺はびくりと身体を竦ませた。

 やっぱそうなの? これって……そう?

 体型の隠れるケープを着ていたからまったく意識してなかったけど、エリィはかなり、その、大きい――らしい。

 らしいっていうか、大きいです。とても。


 ――大きいですけど、この状況は限りなく危険だ!


「もがもが。もがーっ!(早く起き上がって! 頼む!)」

「はうっ、だ、だめですシュウくん、っ息が当たって……ふう……っ」


 危機を察知し、何とかその状態から逃れようと手足をばたつかせるものの、むしろ逆効果なのか何故かエリィが俺の頭に強くしがみついてくる。

 いやいやそれどころじゃないんですよ!? とアピールするもののまったく伝わらず。

 柔らかなナニカに圧迫されて、呼吸さえもうまくできなくなってきた……こ、呼吸困難で死ぬかも……。


「えいっ」

「ひゃあっ」


 べりりッ、とばかりに。

 音が出るほどの速度を以て、エリィの身体が問答無用で誰かに持ち上げられた。


 誰か――の正体は考えずとも自明の理だ。

 俺は自由になった身体を起こし、そろりそろり……と少しずつ背後に下がった。


「大丈夫ですか? エリィさん。危ないですからお気をつけくださいね」

「ご、ごめんなさい。ごめんなさい」


 あまりの迫力に圧されてか、エリィはぺこぺこ平謝りしている。

 そしてユキノはくるりと振り返る。


「兄さまも、お怪我は、ありませんか?」


 ヤバい。

 ユキノさんすごい笑顔だ。経験上、これ一番危険なやつだ。


「しゅ、シュウくんもごめんなさい……っ。わたし、よく転んじゃう癖があって……重かった、よね? うう……」


 そんなことないです。気持ちよかったです。

 などとは口が張り裂けても言えるわけがない。

 俺は涙目のエリィがそのまま泣き出さないよう、細心の注意を払って発言を繰り出した。


「決してそんなことはないから安心して! でも次回から気をつけよう!」

「うん……」


 エリィは悄然と肩を落としてしまったが、どうにか泣かせずには済んだようだ。良かった。

 しかしより重大な問題はもう一人――である。

 俺は黙ったままこちらをニコニコ見つめているユキノに、恐る恐ると小声で話しかけた。


「ユキノ、怒ってる?」


 俺の目から見ても、ユキノはかなり潔癖なところがある。

 そんな妹にとって、一連の流れは許せないものだろう。軽蔑されていてもおかしくはない。


「……決して怒ってはいません。不可抗力ですから」

「そ、そっか。良かった」


 安堵の吐息を漏らす俺だったが、「でも」、とユキノがぽつりと付け足す。

 それからユキノは眉尻を下げ、上目遣いでそっと呟いた。


「……兄さまの、ラッキースケベ」

「うっっ」


 何だろうこの胸の痛み。

 ズキュンでもあり、ズギャンでもある。俺にももうよく分からないけど。

 とにかくショック。いろんな意味で。


「おにーちゃんのすけべーっ!」

「ニャアニャア」


 なんかコナツとハルトラまで追従してきたし。君たちはおとなしくカステラ食べてなさい。


 それから場の空気が回復するまでは相応の時間を要したが、やがて気を取り直した様子でエリィが言った。


「先ほども、お伝えしましたけど。わたしにも、お、お手伝いさせて、ください……」


 その申し出自体は非常にありがたいものである。特に断る理由もない。


「ありがとう、助かるよ。俺たち、シュトルには詳しくないからさ。いろいろ教えてもらえると助かる」

「う、うん。わたし、がんばります」


 エリィは気弱そうな笑顔で頷く。


 しかし――だ。

 エリィの父・ガモンさんは、七日前に何者かによって攫われたのだという。

 一週間といえば結構な期間だ。しかもおそらくだがガモンさんは怪我を負っている。

 希望的観測を抜きにすれば、ガモンさんが無事生きている可能性はかなり低いのではないだろうか。


 もしもだ。彼が人質としての役目を与えられ、何かしらの要求が犯人からあったとするならば、生存の確率は高いと言えよう。

 ただ現時点で、エリィの話によればそういった犯人側との交渉はないようである。

 その時点で、ガモンさんが今も犯人によって生かされている――という可能性は、今このときも失われつつあるのだ。


 それをこの場で口にして、エリィの決意に水を差すような真似をして良いのか。

 俺は結局、言わなかった。

 何故なら、俺の第一の目的は、ユキノを幸せにすることであり――延いては、その目的を妨害する血蝶病の奴らを一人残らず殺すことにあるからだ。

 その過程で、助けられるようなら助ける。ガモンさんへの俺の認識はその程度のものでしかない。

 でもそれを彼の娘に告げるのは、あまりに残酷なことだと思ったのだ。


 そのせいか。どこか自分でも認識しきっていない、後ろめたさのようなものがあったのかもしれない。

 俺は気づけば話題を替えていた。


「そういえば今日、赤髪の騎士……レツさんって人なんだけど、そんな人が訪ねてきたりはしなかった?」

「う、ううん。わたしは会ってないけど……?」


 俺たちより早くレツさんたち近衛騎士団はシュトルに到着していただろう。

 そしてあの人ならマエノたちの目撃情報を調べるうちに、間違いなくガモンさんの失踪事件に辿り着くはずである。

 それを思うと、未だにエリィのところにレツさんが姿を現さないというのは少々不可解だった。


 だがその疑問はそのすぐ後に解決することになる。

 俺たちが今後のことを決めようと話し合っていた最中、ハヴァス家の客間に颯爽とその人物が姿を現したからだ。


「おー、シュウ」

「レツさん!」


 気軽に俺の名を呼び、頼りがいのある赤髪の騎士が片手を挙げる。

 そんなレツさんの後ろにはもう一人、見知らぬ人物が立っていた。

 エリィが椅子から立ち上がり、その女性のことを呼ぶ。


「お母さん!」


 ああ、なるほど。

 やはり思っていた通り、すでにレツさんはこの事件を追っていたのだ。

 俺たちが被害者の娘に出会っていたように、その妻と接触していた。


 エリィとよく似た顔立ちの垂れ目の女性は、俺たちの顔を見て「まあ」と目を丸くする。


「この方たちは、エリィの友だち? それにあなたはもしかして……ボーイフレンドかしら?」

「違いますよ」


 言葉尻を遮る勢いでユキノが否定していた。素早い。

 それぞれの自己紹介を手短に終えると、さっそくレツさんが言い放った。


「おまえがここにいるってことは、そういうことか。お互いの情報を照らし合わせたいとこだな」


 さすがに理解が早い。レツさんの提案に俺は頷き、母親の近くに立つエリィに目線を向けた。


「エリィ、レツさんにもさっきの話、話してもらってもいいかな?」

「う、うん。シュウくんがいうなら、もちろん」


 なんか、俺の知らないところで謎の信頼を獲得しているようだ。

 レツさんが短く口笛を吹き、エリィの母は「まあまあ」と口を覆い、それからユキノはまた超絶な微笑で俺を見つめていた。

 うーん、できれば早めに逃げ出したい。




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