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兄妹転生 ~チートだからって調子に乗らず、クラスメイトは1人ずつ私刑に処します~  作者: 榛名丼
第三章.刺客襲来編

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47.父の失踪


 エリーチェさんは戸惑った様子もあったが、俺たちを自分の家まで招待してくれた。


 その家は教会から歩いてすぐの距離にあった。

 見かけから明らかに上流階級に属しているのだとわかるほどの立派な一軒家である。

 客間と思しき広々とした部屋に俺たちを招いたエリーチェさんは、改めて名を名乗ってくれた。


「わたしはエリーチェ・ハヴァス……。父の名はガモン・ハヴァス、といいます」


 ガモンというのが、今回騒動の渦中にある、行方不明となってしまった男性の名ということだろう。

 席についた俺たちを見渡し、エリーチェさんは困ったように小首を傾げた。というより彼女はずっと眉を下げているので、終始おろおろしているような印象がある。


「母は……ちょっと出掛けてて……えっと、ごめんなさい。まずお茶でも用意します」

「私も手伝います」


 ユキノがすぐに席を立つ。

 ちなみにコナツはといえば、エリーチェさんから甘いカステラのような洋菓子をもらったのでかなり上機嫌だ。

 ギルドで冒険者登録ができなかったショックもすっかり忘れてしまった様子である。助かった。


 またその場に四人と一匹が揃ってから、俺は身をテーブルに僅かに乗り出した。


「それで、エリーチェさん。さっそくで申し訳ないんだけど、」

「あ、エリィで……だいじょうぶ」


 ユキノがちらりとこちらを見た気もするが、とりあえず気づかない振りをする。不可抗力だからね、これは。


「それで、エリィは――犯人を見た、ってことだったけど」

「はい……見た、と思います。たぶん。お父さんを攫った……犯人を」


 先ほどより少し自信なさげだったが、エリィは顎を引いて首肯する。


「……七日ほど、前の夜です。わたし、父に頼まれて、今度の聖水式の準備をしていて」

「聖水式?」


 聞き覚えのない単語が出てきた。


「水に月光の光を浴びせて、三日三晩祈りを捧げて聖水を賜る、儀の……ことです。それで、教会の裏手まで、水を運び込んでて……」


 要するに信者に向けたパフォーマンスの一環ってことだろうか。ちょっと怒られそうな解釈だけど。


「そのとき、ふと……誰かの悲鳴みたいなものが、聞こえました」

「誰かっていうのは……」

「はい……おそらく父の声だったと、思います。慌てて教会に戻ったときには、聖壇にまだ乾いてない血の跡が……ついてて」


 声に涙の気配が滲んだ。

 菫色の瞳が潤んでいる。話しているうちにその光景を思い出してしまったのだろう。


「カタンッ、って変な音がして。入口の方に目を向けたら、何か、フードのようなものを被った人が居ました」


 フードのようなもの。

 連想として、当然のことながら第一に浮かぶのは、あの洞窟で見たマエノたちの姿だ。

 彼らは血蝶病に罹った仲間でお揃いにしたのだ、と言っていた。もしそれが黒いフードの集団ならば、自ずと可能性は絞られるのではないか。


「何人? 背格好はわかる?」

「もう、ほとんど外に飛び出してて……暗くて、よく見えなかったけど。でも、唯一ちゃんと、見えたものがあって」


 血蝶病の痣か。

 俺は彼女の口からその言葉が出るのを少なからず期待していた。


「そのうちの一人は、女の子だったと思う」

「女……」

「髪が、すごく長かったから」


 エリィの最後の言葉に関しては、正直、アテにしていいか微妙なところだった。

 もちろん、髪の長い女だった確率は一番高い。しかし髪の長い男だった確率の話もしてしまえば、あまり有力な情報とは言えない。

 俺はクラスメイトたちの顔を一人ずつ思い浮かべる。髪の長い人といえば、候補自体は限られるのだが……。


「この話は俺たち以外の誰かには?」


 そう問うと、エリィは左右に力なく首を振った。


「一度、町の憲兵には話した、けど……まともに、取り合ってもらえなくて」


 同時に、ギルドで聞いた話が思い出される。

 確か受付の男性は、僅かな嘲笑を滲ませてこう言っていたはずだ。


 ――『それに街中では、()()だ、という声も少なからずありましたから』


「失礼な質問なんだけど……お父さんは、誰かに恨みを買ってたりとかは……?」


 大概こういう質問は、「あの人はそんな人じゃありません!」とか関係者から撥ね除けられるヤツだけど。

 エリィは一瞬、戸惑った風に見えたが、やがてきっぱりとこう答えた。


「かなりあったと思う」


 あったんだ。

 しかもかなりあったんだ……。


「わたしたち、余所者で。……シュトルで信じられる海の神とは、別の神を信奉していて」

「信仰上の衝突があった、ということでしょうか?」


 ティーカップを置いたユキノが柔らかく尋ねると、エリィがこくこく頷く。


「そう。特に町の漁師たちと、いろいろ……父は、揉め事もあったみたい。」


 それが天罰、などという例えをされていた理由だろうか。

 もう少しその件について詳しく話を聞きたい気もしたが――まずはマエノたちが本当に関与しているかどうかを調べたい。

 俺は少しばかり声のトーンを上げた。


「俺たち、あまり教会の仕事とかに詳しくなくて。

不届き者が司祭を攫うとしたら、その目的ってどんなものが考えられるのかな?」

「うーん……例えば……」


 視線を泳がせながら、のろのろとエリィが答え出す。この独特の話し方にもちょっと慣れてきたぞ。


「司祭の仕事のひとつ、として……やっぱり代表的なのは、リブカードの作成、かな。

あとは……病気の治癒祈願、とか」

「病気の?」

「そう。たまに、病人の休む家に行って、祈りを捧げたり、とか。そういう仕事にも、何回かついていったことがあります……」


 引っ掛かった。

 もしマエノが――マエノたちが、血蝶病になった自分たちの身体をどうにかしたいと足掻いているなら。


「それって……実際、どれくらいの効果があるのかな」


 そのせいで、若干、というかかなり失礼な質問を口にしてしまった。

 さすがに聖職者の家系にまつわる人間に対して、デリカシーなさすぎかもしれない。

 しかしエリィは怒るでもなく、「うーん……」と再び悩み出しながら答えてくれる。


「わたしの父の場合は、結構有名で……向こうの通りに住む三歳の男の子が、原因不明の高熱を出したときとかも、父が訪問したら、次の日には治ったり……とか」

「すごいお父さんだったんだね」

「うん……そう、なの」


 思わず感想を言うと、エリィの表情筋がほんの少し緩む。

 町の人とどんな対立があろうと、彼女は自分の父親のことが好きなのだ。

 俺が失礼なことを言っても気にした素振りもないのは、彼女自身は、父のことを信じ続けているからなのだろう。


 そして同時に――そのガモンさんの評判が、マエノたちの耳に入ったとするなら。

 血蝶病を治癒できる、と期待したマエノたちが、ガモンさんを攫った――という可能性も、考えられるのかもしれない。


 視線を向けると、ユキノも考え込んでいる様子で唇に指を当てている。


「あの……それで、ごめんなさい。改めてちょっと訊きたい……ですけど」

「うん。何だろう?」


 思考を深める俺に、エリィはもじもじしつつ、その問いを口にした。


「騎士に頼まれたって……あなたたちは、その、どういう……?」


 まあ、疑うよねそりゃ。

 むしろあんな眉唾話を信じてくれてホイホイと家に入れてくれたエリィの不用心さがちょっと心配かもしれない。いや、おかげで助かったんだけども。


 さてどう躱そうか、と考える俺の隣、ユキノが「こほん」と咳払いした。

 な、何言うつもりだろう妹よ。




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