43.成長しました
それから一週間が経った。
俺はレツさんたち、近衛騎士団や兵士と共に日夜訓練に明け暮れた。
血蝶病の調査があり、何日かレツさんたちが抜けることもあったが、基本的にはほぼ一週間毎日訓練に励んでいたと思う。
片手剣と短剣くらいしかまともに使ったことのない俺に、レツさんや騎士の人たちは熱心に様々な武器の使い方を伝授してくれた。
レツさん曰く、「いついかなる状況でも目の前に転がる何かを武器にできる人間は強い」とのこと。
オトくんとはまるっきり正反対の考え方ではあるが、その考えに賛同した俺は、あらゆる武器の使い方を彼から教わったのだった。
最終日には、
「もう何も教えることはないぜ……」
と太鼓判を押してもらったくらいである。
ちなみに最終日の俺のリブカードの内容はこんな感じだ。
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鳴海 周 “ナルミ シュウ”
クラス:剣士
ランク:D
ベーススキル:"言語理解"、"言語抽出"
アクティブスキル:"片手剣中級"、"小剣上級"、"大剣初級"、"槍初級"、"弓中級"、"斧初級"
リミテッドスキル:"略奪虚王"、"魔物玩具"、"矮小賢者"、"泥屑人形"
習得魔法:《略奪》、《魔物捕獲》、《分析眼》、《土人形》
パーティ:鳴海 雪姫乃 “ナルミ ユキノ”
テイムモンスター:暴風大猫 “ハルトラ”
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鍛錬の結果、大剣に槍と弓、斧に関するアクティブスキルを手に入れることができた。
それに大きかったのは、短剣――即ち小剣のスキルを"上級"まで成長できた点である。
《略奪》の回数をなるべく増やすために短剣を使うようになった俺にとって、これは非常に大きな変化だった。
これは上級スキルを取得して初めて知ったことなのだが、武器には厳密なものではないがそれぞれ扱うのに必要なスキルレベルの程度があるらしい。
ゲームでいうレア度設定、みたいなものだろう。錆びついた武器なんかは誰だって扱えるが、格式高く威力の強い武器に関しては、それなりの技術を持つ者でなければ持ち上げることもできない。
しかし俺は"小剣上級"を手に入れることができたので、片手剣以下のサイズの剣に関しては、どんな物であっても実用レベルで扱える状況にあるということらしいのだ。
ちなみに"上級"のスキル持ちでも、伝説級の武器に関しては持ち運ぶのも困難らしいが……まぁゲットする機会も今のところは特にないし、それは今考えずとも良いだろう。
――そして現在、だ。
「…………」
「…………」
「…………」
「……ニャア」
俺たち三人(と一匹)は、一週間前の朝と同じように宿屋の一室で顔を見合わせていた。
ちなみに俺はといえば、レツさんの誘いでハルバニア城で寝泊まりしていたので、この一週間はこの宿にはまったく帰っていない。ユキノたちと会ったのも、一週間前、彼女たちが俺を迎えに城までやって来て以来、久々である。
この期間中、新しい技術を学んだり武器の使い方を会得するのがとにかく楽しくて、あまり思考時間を割くこともなかったのだが……棚上げにしていた問題が今さらながら目の前にぶら下げられている。
俺はコナツに、孤児院に入るか、それとも危険を承知で俺たちの旅に同行してくれないか提案し。
ユキノはそれに思いっきり反対し、コナツのパーティ入りを拒絶し。
コナツはといえば、俺の提案に乗った様子だったのだが、ユキノの拒否に驚いて部屋を飛び出してしまい……。
完全に意見がわかれてしまっている状況である。
俺は椅子に座り込みつつ、まず最初の一言目をどうしたものか考えていた。
最も優先すべきはやはりユキノの説得だ。彼女がオーケーを出してくれさえすれば、つまり問題は大体解決するのである。
しかしユキノははっきりと「嫌」と口にしていた。今さら俺が説得しようと試みても、心動かされるかどうかは微妙なところだ。
それでも、やはり、コナツが望んでくれるなら――パーティ入りしてほしいと思う。
どんなに見込みが薄くても、俺がどうにか言葉を尽くして説得するしかない。その覚悟を改めて固めたのだが、
「……おねーちゃんッ!」
発言しようとした俺の前に、思い詰めた顔で寝台から立ち上がったのはコナツ張本人であった。
え、と驚いて目を向ける。コナツは服のポケットからいそいそと何かを取り出し、それを椅子に座るユキノにずずいっと勢いよく差し出した。
「これね! あのね、ぷれぜんと……なの!」
ユキノは明らかにびっくりした様子で目をぱちくりとさせている。傍から見ている俺も同じ反応をしてしまった。
コナツはどこか泣き出しそうな顔をしていたが、ぎゅうっと目を瞑ると、思い切りよく頭を下げた。
「こなつがんばるから、ぱーてぃにいれてくださいっ!」
「…………!」
やっぱり、コナツは――パーティに入りたいと思ってくれている。
俺は密かに安堵していた。回復魔法を使うことができるコナツの存在は、今後の旅には必ず必要になってくる。
そしてコナツが勇気を振り絞ってくれた以上は、言い出しっぺの俺が黙って見ているわけにはいかなかった。
「ユキノ、俺からも改めて頼むよ」
「……兄さま」
黙っていたユキノがようやく言葉を発した。落ち着かない様子で目線が俺とコナツの間を彷徨っている。
「俺がコナツにパーティに入ってほしいと思ったのは、この先やっていくにはユキノの怪我を治せる仲間が必要だからだ。俺が弱いから、コナツの力を借りたいと思った」
あの日、コナツが宿屋を飛び出したとき。
私が弱いからですか、とユキノは呟いたようだった。
あのときは応えられなかったが、それは違う。
ユキノじゃなくて俺が弱いのだ。
自分がユキノを一人で守りきれる自信がないから、俺はコナツに可能性を見出したのだ。
それに俺は、ユキノにずっと伝え損ねていたことがある。
ユキノが俺を、黙って許してくれるからこそ……甘え続けて、言わなかった言葉だ。
「それと――トザカのリブカードを受け取ったのも。ハルトラにテイムモンスターとして同行してもらったのも、そうなんだけど」
ユキノは瞬きもせず、俺を凝視したまま硬直している。
そんな真剣な表情をした妹に、どういう風に伝えたものだろう、と迷う。
それでも迷った結果――できるだけ率直に、自分の気持ちを伝えることにした。
「二人で行こう、って約束を勝手に破ったのを、一度も謝ってなかった。ユキノの気持ちを蔑ろにして、ごめん」
未だ頭を下げ続けたままのコナツの隣に並び、俺もユキノに頭を下げた。
「でも、俺にとっては、「この世界で幸せになる」約束は――今でも変わってないんだ。それは信じてほしい」
「…………わかりました」
ほとんど嘆息じみた声音を吐いて、ユキノが眉を下げて微笑む。
「……これで断ったら、私が悪者になってしまいますね」
「じゃあ……!」
「嫌です」
……マジか!
俺とコナツはユキノの前振りを聞いて同時に頭を上げていたが、またも同時にしゅんと項垂れた。
「嫌です、って……言いたいです。言うつもりでしたけど」
しかしユキノの言葉には続きがあった。
「でもこの一週間、私もただ遊んでいたわけではありません。コナツとも何度もダンジョンに行き、連携の練習なんかもして、ちょこっとだけは成長できたような――」
「え、ちょっと待って。俺抜きでダンジョンに行ったの?」
聞き捨てならないセリフが出たので片手で制してしまった。
次は俺ではなく、ユキノとコナツの表情が同時に固まった。
「……い、いってない! だんじょんじゃないよ! あのね、ふたりで、えっと……い、いめーじとれーにんぐ? したの!」
「そ、そうなのです。コナツの言う通りです」
「ユキノ、コナツに嘘つかせて俺にも嘘つくの?」
「あう――」
話題が話題なだけに、厳しい口調で詰問するとユキノは呻き声を上げてその場に倒れた。
「……行きました申し訳ございません。しかし兄さま、ユキノも成長したかったのですどうかお許しを……!」
わっと顔を覆うユキノ。その痛ましい姿に戸惑い気味に声を上げたのはコナツだった。
「えー! おねーちゃん、あんなにないしょだって! ふたりのひみつっていったのにぃ!」
「面目次第もありません。でも押しの強い兄さまにキュンとしてしまって、隠し事などできそうもないのです!」
「だめだこいつはやくなんとかしないと!」
なんかこのふたり、俺のいないうちにだいぶ仲良くなってる……?
――しかしそれはそれ、これはこれだ。
兄として、そしてパーティの一員として、ちゃんと注意はしなくては!




