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兄妹転生 ~チートだからって調子に乗らず、クラスメイトは1人ずつ私刑に処します~  作者: 榛名丼
第二章.兄妹の成長期編

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38.レベルアップの機会 ~兄ver~

 

 ハルバニア城の裏手――レツさんに連れられ、俺は湖が広く見渡せる芝生の広場までやって来た。


 ハルバニア城の周囲は思っていた以上に敷地面積が広かったようだ。平坦な道をしばらく進んでいくと、何やら鎧の一団が密集して待ち構えていた。


「待たせたな、みんな」


 レツさんが片手を挙げると、何人かが「ふくだんちょー」と手を振ってくる。

 俺はおずおずと問うた。


「あの、これは……?」

「ああ、この時間はオレ直属の近衛騎士たちと対人戦闘訓練を行っててな。それとこの城常駐の兵士で希望したヤツも一部参加してる。この城には訓練場も何もないからな、毎日青空教室なんだけどよ」


 注視してみると、青い鎧を纏う騎士たちの後ろに数人、街でも見かけた兵士の姿がある。

 そうか、レツさんと周りの兵士とだと格好が違うと思っていたが、そもそも所属する部隊が異なっていたらしい。

 後ろの兵士の中には先ほど別れたばかりのアダンさんの姿もあった。な、なんかまた睨まれてるし……。


「今日の訓練には一人新顔が加わるぞ。《来訪者》のナルミシュウだ」

「ナルミです。皆さん、よろしくお願いします」


 とりあえずレツさんの隣で頭を下げてみる。

 最初に知り合ったアダンさんが険悪だったので、他の騎士たちの態度も心配していたのだが、


「シュウ! よろしくな!」

「お前か~副団長殿のお気に入りは!」

「細いなァ! ちゃんと食ってんのか!?」

「オレの息子くらいの歳なんじゃ……!? え、言い過ぎ?」


 レツさんに似て……というべきか。年上の騎士たちはかなり好意的だった。

 ドカドカ寄ってきた背の高い一味にバシバシ陽気に肩を叩かれ、俺は曖昧に笑って応えた。

 完全に体育会系のノリだ。苦手だけど、悪い人たちじゃなさそう。


「さーて、それじゃいっちょ始めるとするか」


 王国直属の近衛騎士団といっても、この城で現在最も権限を持つのは目の前のレツさん。

 というわけで騎士団の皆さんもわりと態度が緩い。レツさんの言葉に、ヘイとかハイとか適当に頷いている。


 そして俺はといえばようやく安堵していた。

 やはりレツさんは俺を見せ物にするのではなく、俺を騎士たちの特訓に参加させてやろうと気遣ってくれただけなのだ。

 そういうことであれば安心して参加できる。思う存分学ばせてもらいたい。


「今日の訓練一つ目、まずは1対1でルール無用の殴り合い!

 このナルミシュウなんだがオレの見立てだとかなりの腕前だ。オレ的にはとりあえずコイツの実力が見たくてな。不様に負けてもいいよってヤツ、挙手しろー」

「まま待って待ってくださいレツさん」


 おかしい! 何かもう最初からいろいろおかしい!

 俺はレツさんの肩をそっと叩いてから騎士たちに背を向けた。大人しく続いて振り返ってくれるレツさん。


「逆です逆。負けるのは俺です」

「お前こそ何言ってんだ。相手との力量差くらい計れんだろ?」


 どこか呆れた様子のレツさん。しかしそれはこっちのセリフである。


「この人たち超精鋭集団でしょ!? 素人の俺が勝てるわけないんですけど!」

「確かにオレが育てた精鋭たちだが、オレに比べるとそう強くもないぜ。お前なら勝てそう」

「んな適当な!」


 レツさんは今まで出会ってきた中でもトップレベルでまともな大人だと信じていたのに!


 裏切られた気分でわなわな震える俺だったが、知らぬ間に事態は進行していた。


「フォード副団長、自分にやらせてください」

「ン? アダンか」


 まっすぐに挙手したのはアダンさん。妙に俺に対して敵愾心を抱いている様子の彼である。

 そして彼が立候補するであろうことは俺も予想していた。断ったら断ったでますます捻れそうで気が滅入ってくる。


 その敵意の理由は大方察しがつく。

 ハルバニア城の常駐兵士ということは、彼はわざわざ希望してこの青空教室に参加しているということだ。


 では、それは何故か?

 考えるまでもない。彼は近衛騎士団副団長を務めるレツさんに憧れているのだろう。

 だからこそ、俺みたいなのがレツさんの近くに居るのが気に食わないのだ。すなわち嫉妬。


「そうだな……いいだろう。シュウ、いけるか?」


 つまり俺としては別にアダンさんの申し出を、相手にせず断ってもいい。


「わかりました」


 が、結局俺は頷いていた。

 俺も、レツさんに肩入れしてもらって喜んでばかりじゃ居られない。

 よく理由は分からないが、レツさんの期待に応えられるよう、()()()()のところは見せなければ。


「よっし、そうこなくちゃな」


 火花を散らす俺とアダンさんの間で、レツさんは脳天気に仁王立ちして頷いている。


 観客――もとい、騎士団の皆さんも一様に盛り上がった顔を見せる。

 そりゃそうだ。異世界だろうと何だろうと、火事と喧嘩は江戸の華、ってのは共通なんだろう。


「では、両者前に」


 レツさんの指示で、アダンさんと俺は芝の真ん中に進み出る。


「《分析眼(アナリシス)》」


 さっそく無声音で呟き、目の前に立つアダンさんのステータスを密かに確認してみる。

 まだ開始の合図前だが、デバフを仕掛けるわけでもないのでまぁセーフだろう。


 ――――――――――――――――


 アダン・タイナー


 クラス:兵士(ソルジャー)

 アクティブスキル:"魔力探知"、"槍初級"、"弓初級"、"片手剣中級"

 習得魔法:《小回復(エイド)》、《中回復(ヒール)》、《大回復(キュア)》、《異常回復(リカバリー)》、《光源玉(ライト)


 ――――――――――――――――


 アダンさんも、レツさんと同じようにステータスにランク表記がない。ギルドの冒険者登録を解除しているからだろう。

 魔法一覧を眺める限りは、彼は回復魔法を得意とする支援タイプだ。

 この青空の下では《光源玉(ライト)》の使い道もないだろうし、殴り合いという言葉通りにおそらく剣での決闘のみを考えているだろう。


 アダンさんは腰から片手剣を抜き、左手には小盾を構える。

 俺も同時に武器を構えた。


 すると騎士たちから小さなどよめきが起こる。レツさんも首を捻っていた。


「ン? シュウ、得物は片手剣(ソッチ)じゃないのか」


 俺が構えたのは刃渡り十センチの短剣である。しかも見た目通りにボロい。

 俺の腰にはもう一本、アンナさんから買った片手剣がぶら下がっている。レツさんもてっきりそれで戦うと思っていたらしい。


「えっと、せっかくなので練習したくて」


 今までそれなりの数の魔物と戦ってきたが、俺には対人戦の経験は明らかに不足している。

 しかしマエノたちと戦うと決めた以上は、そうも言っていられない。

 そういう意味で、短剣で相手により多くの傷をつけながら《略奪(スティール)》を成功させる――という戦法の練習にしたかったのだが、


「そんなちっぽけな短剣なんかで、おれに勝てると思ってるのか? 舐められたもんだな」


 あ、なんか勘違いされてる。

 というかアダンさん、結構キレてるようだ。片手剣を握った右手が小さく震えている。

 でも訂正するのも失礼な気がして、俺は言い返さず沈黙した。


 数秒、風が過ぎるだけの沈黙を挟み。


「はじめッ!」


 レツさんが試合開始の合図を放つ。


「――はっ!」


 最初に動いたのはアダンさんだった。


 鋭い突きの構え。

 迫る白刃。しかし一瞬の思考にさえ余裕があった。


 この速さなら問題なく横に避けられる。

 でも、それだけじゃなくて、せっかく試すなら――


「おっ」


 観衆の中にあるレツさんが声を上げる。


「……っ?!」


 アダンさんの表情が驚愕に塗り潰される。

 俺が片手剣の軌道を避けた上で、手にした短剣で彼の肩口を叩いたからだ。


 たぶんこの一瞬では、彼は自分に何が起こったかも分からなかっただろう。

 狙い通り、自分の攻撃の勢いを殺せず、アダンさんは足をもつれさせ転倒しかけた。

 が、そこは兵士のプライドか、すんでの所で堪える。

 振り返った表情は俺への憎悪に充ち満ちていた。


「……ックソ!」

「アダンの攻撃をいなしたのか。やるな」


 レツさんが口笛を吹く。


 先ほどの二の舞を嫌ったのか、アダンさんはすぐに向かってはこない。

 それも計算通りだった。

 彼が剣を構えるより早く、俺は地面を蹴って駆けだしていた。


 まさかリーチの短い相手が自分から接近してくると思わなかったのか、アダンさんは明らかに動揺している。

 申し訳ないが隙だらけだ。

 まず通り抜けざまに肩口を狙う。


「――――ッ!」


 切りつける瞬間、心の中だけで《略奪(スティール)》、と唱えておく。

 この人はさすがに、トーマやユキノのように失敗するだけの《略奪(スティール)》を笑って済ませてはくれないだろう。それくらいの分別は俺にもある。


「ぐっ……!」


 浅い斬撃だが皮膚は確実に裂いた。アダンさんが苦し紛れに片手剣を振るう。


 絶好の機会だ、と俺は目を光らせる。

 もう一つ、俺にはやってみたいことがあったのだ。

 新しい魔法を覚えたら、どうしても試したくなるのは人の性か。


 意識を集中させれば、すぐに必要な言葉は頭の中に浮かび上がる。

 あとはそれを詠めばいいだけだ。


 一撃目は後ろに飛び退いて避ける。

 続けての攻撃。片手剣を大きく持ち上げた瞬間、大きな隙が生まれた。


「大地よ――厳の加護にて我が身を覆え。《土人形(ゴーレム)》!」


 《土人形(ゴーレム)》は本来であれば、地面を隆起させ人形の形に切り抜き、自在に操る魔法だ。

 しかしエノモトのリミテッドスキル――"泥屑人形(クラァド)"の影響で、魔法の効果自体が大きく変化している。

 エノモトは、死にたくないがために傷ごとその身を土に纏わせていた。

 それを見たときに思いついたのだ。


 それを試すため、全身ではなく……俺は右腕だけに、ギプスのように太く土を纏わせた。


 その右手を頭の上にかざす。

 役割としてはそう、即席の盾だ。

 ガギ! と耳障りな音を立てて、土の盾は振り下ろされた片手剣を弾く。


「なァッ……!?」


 アダンさんが目を瞠る。同時に俺はといえば目を輝かせていた。


 いいかも、コレ。

 多少重いが、魔法を解けばすぐに土も振り落ちるから関係なし。

 盾以外にも、いろいろ工夫すれば使い方がありそう……。


「――勝負あり! そこまでッ!」


 レツさんの掛け声により、俺は後ろに離れて短剣を鞘に収めた。

 しかしアダンさんは違った。茫然自失としていた彼だったが、レツさんの言葉の意味を理解した途端、必死の形相で言い放つ。


「ま……まだ自分はやれますッ!」

「アダン、オレが気づいてないと思ってんのか?」


 レツさんは落ち着いて首を振る。それから彼は人差し指でアダンさんの手元を指差した。


「剣。ヒビ入ってんだろ」

「……!」


 えっ。


 レツさんの言葉に驚いて見遣ると、アダンさんはすぐに片手剣を後ろ手に隠すようにしたが、確かに見えた。思いきりヒビが入っている。

 人の武器を破壊するつもりはなかったのに。


「す、すみませ……」


 謝ろうと近寄ったが、アダンさんは涙目で俺を睨み、そそくさと立ち去ってしまった。

 どうやらトコトン嫌われてしまったらしい……。


「まぁ気にすんな。アイツ近衛騎士団に憧れてるみたいでな、オレたちの前で良い格好見せたかったんだろうが……ちっと力量差がありすぎたな」


 オレたちというか、あなたの前で、だと思いますよ。

 と伝えたところでレツさんは「そうなのか!」とか元気に頷くだけだろう。少しばかりアダンさんが不憫に思えた。


「シュウ、今の戦い見事だった。おまえ普段はどういう戦い方してるんだ?」

「強い敵の場合は……ユキノにとにかくバフを盛ってもらって、敵に特攻ですね。傷を負った場合も大概は《自動回復(サルベージ)》で治りますし」

「そっか、あのベッピンの嬢ちゃん、確か回復魔法がえらく得意だったもんな」


 得意というか、ユキノのそれはもはや絶品である。

 いろんな人に一度味わってほしいくらいだが、彼女の回復魔法は俺にしか作用しない。ちょっと残念。


「嬢ちゃんが居ないときはどうする?」

「……なるべく傷を負わないように特攻?」

「はっは、そうなるか。お前ら二人パーティだもんな」


 なはは、とレツさんが朗らかに笑う。やけに楽しそうだ。


「お前はかなり強い。つまんねぇスキルやら魔法やらの影響じゃない、狭い選択肢の中で最大限に戦術を駆使する人間の戦い方だ。オレが太鼓判押すんだ、自信持っていいぜ」

「レツさん……」

「これなら剣客として招いた甲斐あったってモンだ」

「そんな……そん……うん?」


 あれ? やっぱり俺って剣客として招待されてたの?

 唖然とする俺を放置したまま、レツさんは怒鳴るような調子で騎士の皆さんを囃し立てる。


「おいお前ら! いつも言ってっけどこうやって頭使って戦うのが戦術っつーんだ! シュウを見習ってもちっと脳味噌動かしてけ!」


 ユキノもそうだけど、お願いだからあんまり持ち上げないでほしい……。


「次はオレと()ろうぜシュウ!」

「俺が先だ俺が!」

「いやオレ! その次おまえ! 今オレ!」

「あの最初の転ばせるヤツどうやんだ!? 教えろください!」


 だがレツさんを押しのける勢いでギャンギャンと吠え立てるのが騎士の人たちだ。

 迫力に圧倒されて一歩後ろに下がると、レツさんがカラカラと笑う。


「まぁこいつら基本はバカだが、クソ性格悪い団長にしごかれても五体満足で生き残ってきた、力の強いバカたちだ。今日はとにかく全員と戦ってみろ」

「は、はい」

「力は、自覚してこそ使いこなせるモンだからな」

「……! はい!」


 もしかして、それを俺に伝えるために、この場を設けてくれたんだろうか――?

 俺は尊敬の眼差しでレツさんを見つめる。

 彼は俺の瞳に何かを感じ取ったのか、フッ……と口元を笑ませると、


「つーわけで、次はオレと一騎打ちでどうだ」


 良い顔と良い声でそんなことを言い出した。


 ……あれ、結局それが目的?




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