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兄妹転生 ~チートだからって調子に乗らず、クラスメイトは1人ずつ私刑に処します~  作者: 榛名丼
第二章.兄妹の成長期編

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35.嫌です

 

「とりあえず明日城に来いよ。エノモトクルミに会わせるから」


 レツさんは最後にそう言い残すと、すたこらとハルバニア城に帰っていってしまった。


 取り残された俺は、とりあえずユキノの様子を見に行こうかと思ったが、タイミング良くそのユキノが三階から下りてきた。


「兄さま」


 心持ちか、先ほどより顔色は良さそうだ。声にも張りがある。


「ご心配をおかけしました。もう大丈夫そうです」

「そっか。良かった」

「騎士の方……レツさんとお話しはできましたか?」

「うん。あとでユキノにも話すよ」


 ハルトラを連れて一階に下りると、そこにはアンナさんとコナツの姿があった。

 店自体は閉めているようだが、店番するようにカウンターに並んで座っている。コナツはどうやら眠っているらしい。


 まず声を掛けたのはユキノだった。


「アンナさん、お世話になりました」


 アンナさんが振り返りざまに首を傾ける。


「何だもう帰るのかい。泊まっていけばいいのに」

「いえ、宿をとってあるので。ほらコナツも」

「う~……」


 ユキノが呼びかけるものの、コナツはもぞもぞしている。

 仕方ない。俺はコナツの小さな身体を抱き上げた。

 そうすると、子ども体温の塊はすぐ寝息を漏らし始める。

 その上にぴょんとハルトラまでが飛び乗ってきた。横着だ……。


「ダグとダルくんは?」

「あの二人なら横の鍛冶場で特訓中。しばらく出てこないよ。

 それとシュウ、気になってたんだが……アンタ、短剣を使ってるね」


 武器屋なだけあって目ざとい。俺は頷いた。


「俺の能力と相性が良いというか。片手剣は一対一とか、限られた場面では使ってますけど」

「そうか……ちょっと見せてくれるかい」

「はい、もちろん。えっと……」


 コナツを抱えていたのですぐには頷けない。

 ユキノが「失礼しますね」と俺の腰から鞘ごと短剣を抜き、アンナさんに渡してくれた。相変わらず気が利く妹だ。


 アンナさんは慣れた手つきで剣を抜くと、しばらくいろんな角度からそれを眺めまわした。


「こりゃあ……物が良くないね」


 ですよね。


 アンナさんは呆れたような嘆息をし、ユキノに短剣を返すと立ち上がった。


「アタシも鍛冶場に潜ってくるよ」

「え?」

「また近いうちに立ち寄っとくれ」


 にやりとアンナさんが悪戯っぽく笑う。

 俺はその言葉の意味を正しく理解し、頭を下げる。


「お願いします」



 +     +     +



 その日は疲れもあり、宿に戻るなり三人とも寝てしまった。


 その翌日である。

 宿屋で朝食を済ませた俺は、ユキノにレツさんと話したことを語り直していた。


 考えないといけないのはまず大きく三つ。


 一つは、生け捕りされたエノモトに会うかどうか。

 二つ目は、レツさんに誘われた剣客の件。

 そして三つ目は、コナツの今後のことだ。


 このうちの一つ目に関しては答えは決まっている。


「この後にでも城に行くつもりだ。ユキノはどうする?」

「私もお供します。エノモトさんには言いたいこともありますし」


 ユキノはあくまで笑顔だったが、それを額面通りに受け取るほど俺は鈍感でもない。

 エノモトたちの罠によって実害を被ったのはユキノである。

 あの場では意識を失ってしまっていたが、そのぶん怒りも一際強いのだろう。


「じゃあ、次。レツさんから誘いを受けた剣客の件なんだけど」

「賛成です」

「そうだよね、じゃあこれは何とか断……っえ?」


 聞き間違いだろうか。

 ユキノは眩いほどの美貌を煌めかせ、うっとりと語った。


「素敵だと思います、剣客のお役目を務められる兄さま。城中の兵士の目線を釘づけにする兄さまの圧倒的かつ華麗なる剣さばき……」


 何言ってるんだろうこの妹さん。


「俺そもそも剣術とかわからないし、素人だし。城に行っても馬鹿にされるだけだと思うんだけど」

「そんなことありませんっ!」

「うわっ」


 前のめりにずいずい迫ってきた。だから近いって!


「兄さまは戦うご自身の姿を見たことがないから、そんな風に思うのです」

「そう……かなぁ」

「ねぇコナツ。コナツもそう思うでしょう?」


 おお、珍しくユキノがコナツに話題を振っている。

 寝台でハルトラを抱き上げて遊んでいたコナツがおもむろにこちらを見る。


「うん、おもー! おにーちゃん、こなつにめろめろだよ!」


 うん、絶対に話聞いてなかったよね。


「それに兄さまも。……本当は少し、ご興味があるのでしょう?」

「えっと……わかる?」

「兄さまのことですから」


 剣客、とレツさんは言っていたものの。

 俺が誰かを指導するのではなく、おそらくレツさんが稽古をつけてくれるということなのだろう。


 ユキノの指摘した通りだ。正直に言うと、やはり興味があった。

 レツさんの戦い方も見てみたいし、何より自分の腕が少しでも上がるならそれに越したことはない。


「……じゃあ、しばらく行ってくるよ」

「はい。その間ユキノは、街で血蝶病のことを調べてみます」

「ありがとう。じゃあ、最後。コナツのことなんだけど」


 ようやく、コナツが寝台から上半身を起こした。


「こなつのこと?」


 無垢な瞳に見つめられると、どう話したものか迷ってしまう。

 しかし避けて通れる話題でもない。俺は「そうだよ」とコナツに返した。


「コナツを孤児院に預けないかって、レツさんから提案を受けてる」

「こじいんって……なに?」

「身寄りのない子どもを預かる施設です」


 言い淀む俺を慮ってかユキノが淡々と説明する。

 コナツはしばらく黙っていた。それからぽつりと、


「おにーちゃんとおねーちゃんが、いるのに?」


 そう零す。桃色の瞳は見開かれたまま、瞬きもせず固まっている。

 でも俺も、その方法はできれば取りたくないと考えていた。

 回復魔法を使える人材を求めていたところでコナツに会えたのは、偶然じゃないと思っていたのだ。


 もちろん選ぶのはコナツなので、強制することはできないけど。

 俺は寝台の傍に腰を下ろすと、呆然とするコナツに話しかけた。


「コナツが望むなら、俺たちのパーティに入るって方法もある。危険な旅にはなると思うけど」

「ほんと!? じゃあこなつ――」

「嫌です」


 コナツは俺の提案に明らかに喜色を見せていたが、その言葉が中途半端に萎んだ。

 俺は視線を背後に向ける。

 椅子から立ち上がったユキノが、俺ではなく――コナツを見下ろし、冷たい声で重ねて言った。


「嫌です。コナツに、パーティに入ってほしくありません」

「ユキノ……」


 たぶん、「なんで」、とコナツの小さな唇が動いた。

 でもユキノは答えなかった。もうそれで話は終わったとばかりに椅子に座り直し、窓の方を向いている。


「えっと……」


 俺は二人の間で目線を右往左往させてしまう。どちらをフォローするべきか判断できない。

 戸惑っているうちに事態は悪い方向に進んでしまった。立ち上がったコナツの目には涙が浮かんでいた。


「――おねーちゃんのいじわるッ!」


 吐き捨てるように叫び、コナツは勢いよく部屋を出て行ってしまった。

 ばたばたばたっ! と騒がしい足音が遠ざかっていく。ユキノは素っ気なくそっぽを向いたままだ。


「ユキノ、追いかけよう」

「嫌です」

「ユキノっ?」

「私は行きません」


 ユキノは頑なだった。

 コナツは心配だが、この状態のユキノを置いていくこともできない。


「ハルトラ、コナツを追ってくれ。何かあれば巨大化してもいい」

「ミャア」


 応じるように甲高く鳴いたハルトラが、窓の隙間から飛び出していく。

 俺は手前の寝台に腰を下ろした。先ほどまでコナツが転がっていたシーツは雑然と乱れていて、妙に物悲しい。


 一分に近い沈黙の時間が流れた。

 それからユキノは囁くような声音で言った。


「私は嫌な子です。でもそれで良いのです。兄さまと二人でいられるなら」

「それは……本心?」

「はい。だって、約束しましたから」


 ユキノは顔を上げて俺を見た。

 縋りつくような目だった。見ていたいと思わないのに、目を離すことができない。


「二人きりだって、兄さまは頷いてくれました。二人きりで、世界の果てまで行こうって……あの湖で」


 その誓いは俺も覚えている。そのために今まで頑張ってこられた。

 でも、恐らくは、根本的に違っている。

 俺はユキノを幸せにしたい。それは決して嘘じゃない。

 そのためなら、俺は、どんな道を選ぶことも厭わないのだから。


「今もユキノはあの言葉を信じています。だから、」

「……無理だよ」

「……え?」


 懸命に言葉を紡いでいたユキノの表情が、ぎこちなく硬直する。


「二人じゃ、駄目なんだ。俺はユキノを守りきれない」

「…………」

「毒にやられたユキノを助けたのも、傷を癒したのもトザカだ。彼女がいなければユキノは死んでたかもしれない。それにハルトラの力がなければ今まで生きてだってこられなかった。

 戦力は必要だよ、ユキノ。コナツは回復魔法も使える。きっと俺たちの力になってくれるから」

「……それは、私が……」


 ユキノは弱々しく首を振る。


「……いえ。何でもありません」

「ユキノ……」

「城に向かいましょう、兄さま。きっとレツさんも兄さまを待っています」


 早口で言い切ると、ユキノは足早に部屋を出て行ってしまった。


 きっと、聞き間違いではなかった。

 確かにユキノはこう言ったように思えたのだ。



 それは私が、弱いからですか――と。




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